第8話

 煙玉の効果時間は想像以上に長く、一度当てることができさえすれば確実にトウテツだけではなく、上空から襲撃してくるランホークからも逃げる時間を確保することができた。

 これも投げた煙玉を安定して当てられるDEXとそれなりのAGIがあったことで可能になったことであり、もしどちらかでも数値が足りなかったら既に拠点送りにされていたことだろう。


 探索も素材集めも全部そっちのけで一心にエリアを駆け抜け、用意していた煙玉を使い切る頃には、頂上はもう目前に迫っていた。


 ミニマップを見てみると、今いる坂道を登った先にある頂上の手前には大きく開けた空間が確認できる。

 きっとそこがボスが出現するフロアのはずだ。


「よし……もうちょっとだ。頑張るぞ」


 自らを鼓舞して、ボス戦に意識を集中させる。

 ボスはとても強い敵、というくらいの認識しか持ち合わせていないソウジンではあるが、余計なことを考えて動きが鈍ってしまうことと比べれば、むしろこのくらいで丁度いいのかもしれない。


 煙玉のおかげで、ポーションは殆ど使わずに手元に残っている。

 一撃を耐えられるかどうかの怪しいところではあるものの、回復に関しては気兼ねることなくボス戦に挑むことができる。


 長かった坂道を登りきり、開けた空間に足を踏み入れる。

 瞬間、空間を取り囲むように半透明の光の壁が出現すると、上空から黒い何かがソウジンの目の前に降りてきた。


 翼に生える黒い羽毛は炎のように揺めき、鮮やかな橙色の大きな嘴が特徴の3メートル近い体長を持つ怪鳥型のエネミーだ。


 このエネミーこそが、荒鷲の丘におけるボスエネミー――ズーであった。


 ミニマップには光の壁のリンクするように赤い線が空間を囲んでいる。

 恐らく、この戦闘が終わらない限り、光の壁が消滅することはないだろう。


「――やろう!」


 戦う覚悟を固め、手裏剣を強く握りしめると、ソウジンはすぐさまズーに向かって手裏剣を連続で投げ放った。


 放たれた手裏剣は両方ともズーに命中するが、HPゲージに変化はほぼない。

 ソウジンの火力が低いのは勿論なのだが、ズーの体力が多過ぎて大したダメージになっていないのだ。


「ええ……あんまり効いてなさそうだけど、倒せるのかな?」


 戦闘開始から早速、心を折られそうだった。

 だが、だからといってそう簡単に諦めるわけにもいかない。


 ソウジンは戻ってきた手裏剣をキャッチすると、ズーから距離をとったまま周囲をぐるぐると回るように歩き始める。

 まずは様子見の為に少し離れた位置をキープしたかったのが理由の一つではあるが、それよりもその場に立ち止まって戦うのはなんだか危険に思えたからだ。


 今の所、向こうから積極的に攻めてくるような気配はないのだが、姿を現した時からズーの鋭い眼光は常にソウジンを捉え続けている。

 ソウジンが隙を見せるその瞬間を虎視眈々と狙っているようだった。


 互いが睨みを利かせながらも、ソウジンが手裏剣の投擲による攻撃でちまちまとダメージを積み重ねる中で、ついにズーが攻撃を仕掛けてくる。


 投擲した手裏剣が外れてしまい、ソウジンが一瞬だけズーから視線を外した時だった。

 ズーはその僅かな隙をつくと、即座に翼を羽ばたかせ、急加速しながら飛びかかってきたきたのだ。


「やばっ……!!」


 急いで回避をしようとするも反応が遅れてしまい、足を動かすよりも先にズーの嘴がソウジンを捉える方が早い。

 せめてもの対処として、手裏剣を盾代わりにしてズーの攻撃をどうにか受け流してみせるが、嘴がぶつかった時の衝撃に身体が耐えきれずに後方へと飛ばされてしまった。


 ズーの攻撃はまだ終わらない。

 勢いを殺しきれず倒れてしまっているソウジンに追い討ちをかけるように再度飛びかかってくる。


 ソウジンは咄嗟に地面を転がってズーの追撃を避けると、これ以上の追撃が来ないことだけ確認して、急いでショートカット画面を開く。

 円形に配置された12個あるアイコンの中から一時の方向にあるアイコンをタップして空色の液体の入ったガラス瓶のアイテム――ポーションを取り出すと、すぐに中身を全て一気に飲み干した。


 九割近く吹き飛んだHPのほとんどを回復させた後、念の為もう一度ポーションを取り出し、今度は自身に振り撒いた。

 回復アイテムは経口摂取が最も効果量が高く、なるべく飲んで使用した方が望ましいが、回復量よりも手っ取り早く回復することを優先させたいのなら、このように直接身体に振り撒いた方が良かったりする。


「はあ……危なかった。ギリギリ生き残れた」


 これでHPを全快させることには成功したので、ひとまず九死に一生を得ることはできたが、次はもう無いと思った方がいい。

 さっきの攻撃は奇跡的に直撃を免れただけで、また同じ状況になってしまったら今度こそ避けることができず拠点送りにされることになるだろう。


 もう一瞬たりとも気を抜くことは許されない。

 だけど、これで攻撃の手を緩めてしまったら、ズーを倒す前にタイムリミットが来てしまうし、何よりソウジンの集中力が保ちそうになかった。


 この状況から勝つ為には、戦術を考え直す必要がある。

 今まではどうやってなるべくリスクを減らすかを重視してきたが、これからは逆にリスクを冒してでも攻めた動きに変えるべきだ。


 とはいえ、ただ闇雲に攻撃の手数を増やしてもあまり有効ではない。


「……危ない橋を渡ることになるけど、やるしかないよね」


 そこでソウジンはぶっつけ本番、ある1つの賭けに出ることにした。


 まず基本的な動きとして、常にどちらかの手裏剣を投擲し、微々たるものだとしても継続してダメージを出し続ける。

 いくらソウジンの低い火力だとしても、いずれはHPを削りきることができるはずだ。


 このまま動かずにいてくれたら、それに越したことはないが、できることなら向こうからまた攻撃を仕掛けてきて欲しい。

 さっきは気を取られた隙を突かれたせいで回避が間に合わなかったが、攻撃がやってくると心構えさえできていれば対処はできる。


 何度も投げ続けているうちに、痺れを切らしたのかズーが翼を強く羽ばたかせると、三度目の飛びかかりを仕掛けてきた。


(――きた!)


 一気に緊張が最高潮にまで達する。

 だが、この瞬間を待ってもいた。


 ソウジンは襲いかかってくるズーの嘴をすれすれのところで躱してみせると、すれ違いざまにずっと手元に残していたもう一振りの手裏剣でズーの胴体を斬りつけた。


 通常、手裏剣の斬撃による威力は投擲で攻撃するより劣っているのだが、今の攻撃は投擲のそれよりもズーのHPゲージを減少させていた。


 原因は薫風の街に向かう途中で手にしたスキル、スイッチブレイカーにあった。

 スイッチブレイカーの二つある効果のうちの1つ”遠隔攻撃から近接攻撃に移行した一度目の攻撃時、会心率が30%上昇する”によってクリティカルが発生したのだ。


 クリティカルは攻撃の威力が25%上昇するのに加えて、敵の防御力を無視してダメージを与えられるようになる。

 この2つの恩恵を受けたことで斬撃の方がダメージを叩き出せるようになっていた。


 おまけに斬撃から投擲に切り替えた際にも、スキルの効果が発動して僅かに与ダメージが増加する。

 こちらに関しては元の威力が低いので、あまり効果的とはいえないのだが。


 問題はスキルの性質上、被弾するリスクを背負ってでも接近して攻撃をしなければならないのと、会心率が30%と決して高い確率とはいえないのでクリティカルが発生するとは限らないことか。

 しかし、そのデメリットを天秤に掛けたとしてもスイッチブレイカーの発動を狙う価値は大いにあった。


「よし、これならいけるかも」


 一回でもまともに攻撃を喰らえばデスに繋がる状況は依然として変わらないが、それでも絶望的だった戦況に微かな光明が見え始めていた。

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