第9話

 ズーが繰り出してくる突進を回避すると同時に、カウンターの斬撃を浴びせるも、ズーの攻撃を完全に避けきれず少しだけ身を掠めてしまう。


 一瞬で消失するHPに心底肝を冷やしてしまったが、即死に至らなかっただけ僥倖といえるだろう。


「ふう……今のは危なかった。ダメだ、集中がなくなりかけてる」


 やっていることは単純ではあるが、一撃まともに食らった時点でアウト、という極限状態で同じ行動を何度も繰り返しているうちに、動きに精細さが欠けてきている。

 ただ、その代償を支払ったおかげか、ズーのHPをついに三割以下にまで削ることに成功していた。


 戦闘が始まってから既に20分が経過しようとしている現在、ダメージを受けたのは、一番最初に飛びかかってきたのを避けきれなかった時と、今の少しだけ掠めてしまった2回だけ。

 本人に自覚はないかもしれないが、投擲主体で攻撃を組み立てていることを考慮しても、ここまで被弾回数を少なくできているのは異様としか言いようがなかった。


 ズーから離れながらソウジンは、ショートカットからポーションを取り出し、失ったHPを全快させる。


 ポーション自体はまだ幾つか残っているが、これ以上はないものとして考えた方がいいかもしれない。

 まだ回復できるからと甘えた行動をしてしまうと、今度こそ取り返しのつかない事態に陥りかねない。


 早々に回復を済ませた後、ソウジンが攻撃を再開するべく手裏剣を投げ放とうとした瞬間、ズーの動きに変化が起きた。


 飛びかかる直前の特有のモーションとして一度大きく翼を羽ばたかせるのだが、それから飛びかかりに移行しなかったのだ。

 代わりに少しだけ浮かび上がり、滞空しながら後ろに下がって溜めを作ると、両脚の鉤爪をソウジンに突き立てようと強襲を仕掛けてきた。


「嘘っ……!?」


 元より攻撃に備えて避ける体勢は整えていたので、回避が間に合わないという事態にはならない。

 しかし、急に想定外の攻撃をしてきた上に飛びかかってくるよりも速度が出ていた為、ハリウッドダイブさながら地面に飛び込むように身体を投げ出す形の避け方に変えざるを得なかった。


 顔から地面に突っ込んでしまったからか、口の中にじゃりじゃりといった不快な感触が入り混じる。

 どうやら土や砂といったところまで細かく再現されているようだ。


 この事実を知るのは違うタイミングが良かったのだが、無事に命を繋いだだけよしとしよう。


「うぇ、口の中が変な感じがする。……でも、なんで急に動きが変わったんだろう?」


 急にズーの行動が変化したのは、HPが一定の値を下回ったからだ。

 ボスエネミーや一部の通常エネミーにHPの割合によるモーション変化が設定されていることはよくあることなのだが、それをソウジンが知る由もない。


 とりあえず分かることとしては、ズーの行動に合わせて立ち回りを改める必要があるということだけだ。


 急降下による強襲を外したズーは、ソウジンのことを一瞥するが追撃には移行せず上空へと飛んでいく。

 攻撃が一度だけで止まったことに内心、胸を撫で下ろしてから頭上を見上げ、ズーの次の行動に注意を払う。


「降りてくる気配はないけど……でも、またさっきのあれやってくるよね?」


 地上からおおよそ20メートル辺りで、ズーはゆっくりと旋回しながらこちらを静かに見下ろしている。

 恐らくもう一度、強襲を仕掛けるタイミングを窺っているのだろう。


 だが、すぐに攻撃をしてくることはないと思う。

 これまで戦ってきて気づいたことだが、ズーが攻撃を繰り出してくるのはソウジン側の攻撃が外れたり、意識がズー以外のところに向いた瞬間だった。


 僅かな隙を見せた途端に攻めてくる狡猾さを持ち合わせているが、見方を変えれば確実に攻撃を通せるタイミングを慎重に見極めてきているとも言える。

 だから、いつ攻撃されてもいいように最大限の警戒を払っている現状では、向こうから攻撃を仕掛ける可能性は限りなく低いだろう。


 本当なら積極的に接近してきたのに合わせてスイッチブレイカーによるクリティカルでの反撃を狙っていきたいところだが、強襲の速度に反応してカウンターを決めるのは今のソウジンには至難の技だ。

 しかしながら、近づかれる頻度が減ったのであれば、もう無理にカウンターを狙う必要も無かった。


 ソウジンは今まで片方の手裏剣は手元に残しながら投擲を行っていたが、ズーが上空に止まり続けてからは、両方同時に投げ放つスタイルに切り替えた。


 この戦闘に関しては斬撃の方がダメージソースになってはいるが、手裏剣の真骨頂とも言える強みは、投擲によって離れたところからでも安定してダメージを与えられるところにある。


 弓のような射程距離も、魔術による範囲も威力も手裏剣にはないが、これら二つと違い攻撃するためのリソースを必要としないおかげで、長期戦になったとしても問題なく殴り続けることができる。

 攻撃力も射程も他の飛び道具系武器の下位互換と言われている手裏剣だが、この一点に関しては確実に秀でていた。


 さっきよりDPSが下がってしまったが、根気よく上空にいるズーに手裏剣を当て、時間をかけて少しずつHPを削っていく。

 時折、翼をすぼめて急降下しながら仕掛けてくる強襲は前転回避を行うことでやり過ごし、また上空へ飛んでいったらまたひたすら投擲を再開するというのを何度か繰り返すうちに、遂にズーのHPを一割以下にまで減らしてみせた。


「あともうちょっと……!」


 ――入団テストの制限時間まで残り3分を切った。


 あと数回攻撃を当てればズーの撃破が見えてきている中、ソウジンは左右の手裏剣を投げ放ち、両手が空いた短い時間でショートカット画面を開く。

 3時の方向にセットしたアイコンをタップしてアイテムを取り出すと、それを腰に吊るした直後だった。


 投げ放った手裏剣がズーに命中すると、ズーが唐突に旋回を止めて更に上空へと舞い上がったのだ。


 投げた手裏剣が手元に返ってくる頃には、ズーの居場所はというと目算にしておよそ高度100メートル近くにまで達していた。

 ズーの巨体が小型の鳥類くらいにまで小さく見えるようになった瞬間、ズーは翼を後ろに引いて流線型の形状を取ると、ソウジンに狙いをすまして驚異的な速度で落下し始めた。


 自身を顧みるつもりがないのか、途中で翼を折り畳んで突撃する姿はさながら巨大な弾丸だ。

 そのあまりの攻撃速度に、ソウジンの現在の身体能力では反応はできても避けきることは不可能だった。


 ズーの自滅覚悟の突撃をもろに食らったソウジンの身体は後方に大きく吹き飛ばされ、そのまま光の粒子となって――散ることはなかった。

 それどころか、ソウジンのHPゲージは1ミリたりとも動いていなかった。


 確かにズーの渾身の一撃はソウジンに命中していた。

 だが、実際にダメージを受けたのはソウジン本人ではなく、ズーの足元に転がっているソウジンによく似た見た目の身代わり人形だった。


 戦闘用アイテム”スケープゴートドール”――つい先ほどショートカットから取り出したこのアイテムは、薫風の街で有り金を叩いて購入したものだ。

 ショートカットから取り出した時には、デッサン人形に似た形状をしていたが、効果が発動すると使用者をモデルにしたデフォルメされたデザインに変わるみたいだ。


 使用時の効果は装着している間に敵の攻撃に被弾すると、一度だけ人形がその受けるはずだったダメージを肩代わりしてくれるというもの。

 使用者のHP以上のダメージを与える攻撃がやってくるなどといった、ここぞという場面で有効ではあるが、ちょっと攻撃が掠っただけでも反応してしまう上に、一度に1個までしか所持できないという制限があるので、使いどころを上手く見極めないといけない難点を抱えている。


 まさかズーが突撃してくるなんて予想だにしていなかったのだが、もしもの時の保険として装着したのが功を奏したようだった。


 尻餅をついてしまうもソウジンはすぐに立ち上がると、渾身の大技を放った反動からか、動けないでいるズーに一気に詰め寄る。


「――これでとどめっ!」


 そして、ズーのガラ空きになった胸元を交差させるように斬り裂き、更に心臓辺りに手裏剣を突き刺したことで、残り僅かになったHPゲージを完全に削り切った。


 最期にズーは地面に力なく倒れると、弾けるようなエフェクトと共に光の粒子となって消滅していくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る