第6話

 それに気がついたのは、萌芽の街を抜けて、次の拠点”薫風の街”へ続く街道の途中だった。


 上空から突如として襲いかかってきた大型の蜂のようなエネミー――キラービーを何体か投擲と斬撃を交互に命中させながら撃破した後、出現したリザルト画面に視線を移すと、獲得経験値とドロップアイテムの他に見慣れない表記が書かれていた。


「あれ、なんだろうこれ?」


 画面を閉じようとした手を止め、書かれている内容をよく読んでみると[スキル【スイッチブレイカー】を習得]と表示されている。


「スイッチブレイカー? ……ああ! そうか、これがスキルか!」


 一瞬、なんのことかピンとこなかったが、説明書に書かれていたことを思い出して一人頷いてみせた。


 ドラテの人気要素の一つであり、最大のやり込み要素であるスキルシステム。

 総数が1000を超えると言われているスキルは、主に2種類の獲得方法に分かれている。


 1つは、レベル15まで成長することで解放されるスキルツリーにポイントを与えることで獲得するグロウアップ方式。

 もう1つは、今のソウジンのように戦闘中や探索時に特定の条件を達成することで習得できるようになるラーニング方式だ。


 スキルツリーで獲得できるスキルは戦闘系、探索系、生産系といったように何種類にも分かれており、レベルアップ等で得られるスキルポイントには限りがあるため、例えレベル上限に達したとしても全てを網羅するのは不可能だという。


 ただ、スキルツリーは1年半という時間をかけた検証班による尽力のおかげで総数がどれくらいなのかが判明しつつあるが、それよりも厄介なのがラーニング方式によって取得できるスキルだ。


 発売してから現在に至るまでずっとラーニング方式のスキル開拓は日々行われているのだが、グロウアップ方式と対照的にまだ全てのスキルを発見するには至っていないらしい。


 理由は習得するための前提条件があまりにも限定的であったり、複雑過ぎたりするスキルがあるせいだ。

 だが、そういうスキルであるほど獲得した際の恩恵が極めて強力で、前提条件としてステータスを特化させることが大半なので、結果的に環境トップに特化型が多くなる要因にもなっていた。


「そういえばこのスキルってどんな効果をしているんだろう?」


 リザルトに表示されているアイテムやスキルはタップすることで説明画面に切り替わる。

 ソウジンはスイッチブレイカーの文字欄をタップして、スキルの効果を確認してみることにした。


————————————

【スイッチブレイカー】

 取得条件……近距離武器と遠距離武器を切り替えた合計数が300回。切り替えた直後の攻撃でエネミーを50体撃破。

 発動効果

 ・遠隔武器から近接武器に移行した1度目の攻撃時に会心率が30%上昇。

 ・近接離武器から遠隔武器に移行した1度目の攻撃時に威力が1.1倍上昇。

————————————



「へえ、こんな効果なんだ。でも……これって強い、のかな? どうなんだろう」


 イチロウであれば有用かそうでないか判断がつくのだろうが、今の自分ではその判断ができるほど目が利いていない。

 説明文を読む限りは、与えるダメージ量が上がることに繋がりそうなので、慢性的に火力不足に陥っているソウジンにとってはありがたいスキルだった。


「うーん……まあ、使っていればそのうち分かるか」


 試運転している余裕はないので、ぶっつけ本番になってしまうがそこは仕方ない。

 そう割り切って、ソウジンは先を急ぐことにした。




 荒鷲の丘の近くにある拠点――薫風の街は、街を横断する大きな川とあちこちに巨大な風車が建てられているのが特徴だった。

 拠点の面積は始まりの街と同程度ではあるが、こっちは自然と調和した開放的な印象が強い。


「わあ、風がすごく心地いい。気温もなんだか暖かいし昼寝したら気持ち良さそう」


 街に到着する辺りから頬を撫で始めた穏やかな風と、春先のような柔らかく暖かな陽の光を浴びてソウジンは大きく伸びをする。

 まるで現実と同じような感覚を得ることができるのは、”MWFシステム”と呼ばれる技術によるもので、設定一つで灼熱から極寒まで自由にあらゆる気候を再現できるという話だ。


 萌芽の街と同じく、ここものんびり街中を見て回りたいところだが、残念ながら今はそうも言ってられない。

 入団テストが終わったらどっちの街もゆっくり観光しようと心に決めて、アイテム補充のためにショップに寄ることにする。


 ショップ自体はすぐ近くにあるのを見つけたので、そこに向かって歩いていると、近くで装備の乏しいプレイヤー3人組が大きなため息を吐いて項垂れている光景が目に入った。


「はあ……マジで無理ゲー過ぎんだろ。あんなん勝てるわけねえだろ」

「そりゃあ、俺たちレベル12、13くらいだからな。ここに来るまでに必死こいてレベリングして来たけど、ボスに着く前に呆気なく倒されちまったよ。あいつら足速すぎだって……」

「だよなあ。俺、AGI特化で見ての通りナイファーなんだけど、全速力で逃げても普通に追いつかれちまったし」

「マジかよ。俺はSTRぶっぱで道中の敵をワンパンで仕留めようにも攻撃が当たらなくて、その間に逆にワンパンされて返り討ち。大盾のあんたはどうなんだ?」

「俺はHPとVIT特化で、お前さんと逆で何発かはどうにか耐えられたんだけど、ダメージを与えられなくてジリ貧になって拠点送りにされてしまったよ」

「素早くても駄目、攻撃力が高くても駄目、硬くても駄目ってどうすりゃいいんだよ……詰みじゃねえか」


 会話の内容といくつか初期装備が残っているところをみると、彼らも入団テストに挑戦しているプレイヤーなのだろう。

 3人はまた顔を見合わせると、もう一度盛大にため息を溢す。


「どうするよ、もっかい挑んでみるか? 俺は全然できる気がしないから諦めるけど」

「俺も無理だ。さっきの戦闘で回復アイテム全部使った上に、所持金も無くなっちまったからな」

「俺はもう一度だけ挑んでみるとするよ。今度こそ雑魚敵から逃げ切ってボスまで行ってみせるさ」

「そうか。頑張れよ」


 STRぶっぱだと言った大剣使いのプレイヤーが短剣使いの肩を軽く叩いて激励を送ったのを最後に、3人はお通夜のように重苦しい空気のまま解散していった。


「へえ、ボス戦っていうのもあるんだ。……けど、なんか俺まで不安になってきちゃったなあ。このままで大丈夫なのかな?」


 メニュー画面からステータスを開き、現在のレベルを確認する。


 レベルの欄に表示されている数字は8。

 道中の敵が強くなったことで少ない戦闘でも着実にレベルは上昇していたが、それでも彼らよりもレベルが低いことを考えると、今のままでは心許ないのは確かだ。


 だからといって装備にお金を費やしたとしても付け焼き刃でしかなく、あまり良い効果は望めないだろう。

 そうなると欲しくなるのは戦闘に役立つアイテムになるのだが、果たして低いステータスを補えるだけのアイテムがあるんだろうか。


 考えが纏まらないままショップに入りNPCに声をかけて購入画面を開き、とりあえずポーションを補充しておく。

 それから何か有用そうなアイテムがないか探していると、ふとあるアイテムが目に留まる。


 始まりの街と萌芽の街のショップでは売っていなかったそのアイテム名をタップして説明画面に切り替え、効果を確認してソウジンは、あ、と声を漏らした。


「もしかしてだけど……このアイテムなら使えそうかも。一回きりしか使えないみたいだけど、買ってみる価値はきっとあるよね」


 スイッチブレイカーと一緒でこれもぶっつけ本番で使うことにはなるが、ここはもう賭けるしかない。

 残りの所持金を全て叩いて、そのアイテムを購入するのだった。

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