第5話
始まりの街を発ってからおおよそ30分。
ばったり出会してしまったエネミーと最低限の戦闘だけ重ねながらも、無事に次の拠点”萌芽の街”に辿り着いた。
「ふう、なんとか無事に来れた。とりあえず一安心ってところかな」
本来なら全逃げをしたいところではあったが、荒鷲の丘に辿り着くまでに使い切ってしまっては元も子もないので、金策も兼ねて戦えそうなエネミーとの戦闘だけは行っていた。
幸いにも中距離から投擲によるヒットアンドアウェイを主軸にして戦えば、回復アイテムや煙玉の使用数は抑えられる上に、手裏剣は他の飛び道具系の武器と違って攻撃に矢やMPといったリソースを必要としない。
おかげで最終的に少ない消耗でエネミーを倒すことができたまま、フィールドの移動を終えることができた。
とはいえ、新しく武具を購入できるほどお金は貯まっていない。
回復アイテムである”ポーション”を補充するのが精々といったところだ。
購入するとまた一文無しに戻ってしまうが、イチロウと一緒に購入した時は所持数いっぱいまでは買えていなかったので、これくらいの出費は許容範囲内ではあった。
「折角、新しい街に来たんだから、色々中を見て回りたいけど……ここは我慢我慢と。えっと、ショップはどこにあるんだろう?」
マップを開き、ショップを探しながら街の中へと入っていく。
萌芽の街は始まりの街と比較すると面積は狭く緑の割合が多いが、NPCの数は多く活気に満ちている。
それとプレイヤーもかなり見られ、殆どが初期装備から脱却し、各々の個性が出始めるようになっていた。
ある系統の防具で統一している者。武器だけが極端に強くなっている者。
あるいは、違う種類の防具を組み合わせた所謂キメラ装備に身を包んだ者。
まさに十人十色といったところか。
その中ではソウジンは間違いなく変わった部類に入っており、すれ違うプレイヤーからはしばしば奇怪な視線を向けられていたりした。
理由は言うまでもなく、左右の腰に下げた二振りの手裏剣であり、恐らくソウジンのことは何も知らないまま残念武器を装備している初心者だと思っていることだろう。
実際、未だにソウジン以外に手裏剣を使っているプレイヤーは誰一人として見ておらず、イチロウが言っていた通り、いかに手裏剣が不人気武器であるかが窺えた。
個人的には結構使いやすいんだけどなあ、と内心呟きながら歩いていた時だ。
「ねえねえ、そこのお兄さん。ちょっといいかな?」
ふいに隣から明るい女性の声が聞こえてきた。
すぐに声がした方に振り向てみるが、声の主らしき人物はどこにも見当たらない。
「……あれ、気のせいかな?」
少し立ち止まって辺りを見渡してみても、やはりそれらしきプレイヤーが見つからない。
気のせいかと判断して歩き出そうとすると、また同じ声が聞こえてくる。
「……あ、もしかしてわたしのこと見えてない?」
少女の問いかけに頷いた直後、突如として目の前に黒いマントを纏ったプレイヤーが現れる。
腰には深緑色のクロスボウと短剣を携えた、太陽みたいに快活な笑顔が印象的な亜麻色の髪の女の子だった。
「ごめんごめん! 姿を隠してたままだった。どうも、初めまして! わたしはロビン。通りすがりのプレイヤーです!」
「ど、どうも。俺はソウジンっていいます」
「へえ、ソウジンくんっていうんだ! よろしくねー!」
ロビンはぐいっと迫るようにソウジンの手を取ると、がっちりと握手を交わしてくる。
なんか押しが強い人だな、と思いはしたが、不思議と嫌な気はしなかった。
「ふんふん、本当に手裏剣装備してるんだ。……なるほどなるほど、君が例の彼かー」
「えっと……俺に何か用が?」
「んー、特に用があるってわけじゃないんだけど、ちょっと風の噂でね。気になったからここまでやって来たんだ」
他のプレイヤーと同じく、ロビンの視線も手裏剣に向けられるが、そこに訝しむような様子はなく、純粋に興味本意として見てきているように感じた。
「ねえ、キミはなんで手裏剣を使ってるの? 言葉は悪いかもだけど、手裏剣ってあまり人気がある武器じゃないけど」
「あはは、みたいですね。でも、使うと案外面白いですよ。どのくらいの距離で戦ったらいいかの判断とか難しいけど、逆にそれが良いっていうか。状況に合わせて戦い方を変えられるのが使ってて楽しいんですよね」
ドラテのことについてまだ全然分かっていない初心者の言葉であるが、ロビンはただにっこりと笑みをたたえてソウジンの話を聞いていた。
それからうんうんと何度か頷くと、満足げな表情を浮かべて口を開く。
「うん、キミのことを気に入ったよ、ソウジンくん! またどこかで会うことがあったら、その時はフレンド登録しようね。それじゃあ、入団テスト頑張ってねー!」
くるりと踵を返し、大きく手を振ってからマントについていたフードを深く被ると、たちまちロビンの姿が背景と同化していく。
そして完全に透明になった彼女は、そのままどこかへと去っていくのであった。
「……行っちゃった。嵐みたいな人だったなあ」
ひとり残されたソウジンはぽつりと呟く。
彼女が何者なのかは一切分からなかったが、まず悪い人ではないであろう。
それと通りすがりと自称してはいたが、一般的なプレイヤーでもないような気がする。
姿を消す能力を持つマント――あれは誰でも入手できるような代物とは思えない。
加えて、マントの内側にちらりと見えたクロスボウと短剣も今まで見てきた武器と造りがかなり異なっており、数値で比べたとしても、ここいらで入手できる武具よりも遥かに凌ぐ性能を誇っていると思われる。
恐らく、かなりこのゲームをやり込んでいるプレイヤーでなければ入手なんてできないだろう。
「あれ……? そういえば、俺が入団テストを受けてるってなんで知ってたんだろう?」
更に疑問が浮かび、少し考えてみるも答えは見つからない。
「……まあ、いっか。それよりも今は入団テストに集中っと」
疑問を解消させるのは、この挑戦が終わった後だ。
意識を荒鷲の丘攻略に切り替え、ソウジンはショップへと向けて歩き出した。
――ギルド『ラウンドテーブル』入団テスト、タイムリミットまで残り約2時間。
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