《Ⅴ》決裂のお時間でございます、お嬢様
クォードの様子が、何だかおかしい。
転移魔法陣の順番待ちの列に並びながら、カレンはチラリと傍らを見上げる。隣にはいつも通り物騒な執事が並んでいるわけなのだが……
『イザ帰ルトナルト 何ダカ名残惜シイネ』
「ああ」
『美味シカッタヨネ ハイディーン特産 フィンネ牛』
「ああ」
『離宮ノミンナヘノオ土産ニ 一頭買付ヨウカナ』
「ああ」
──ほらやっぱりおかしい!
昨日の朝顔を合わせた時はこうではなかったはずなのに、夕飯の席で顔を合わせた時からクォードはこんな様子だった。心ここにあらずというか、何を言っても上の空というか。とにかく何だか反応が薄い。
──昨日のお昼、クォードは出掛けてたみたいだけど……
クォードの協力の下事件が解決してから、カレンはクォード用に同じ宿に追加で部屋を取った。さすがにあそこまでの働きをしてくれたクォードを放置というのもバツが悪かったし、地元役人への引継やら後処理やらで奔走していたから、物騒なりに有能な執事には傍にいてもらった方がありがたかったのである。……と言っても、報告書の作成やら何やらで宿に引き籠もっている時間の方が長くなり、結果カレンがクォードとともに出歩いていた時間はそこまで長くないのだが。
──休みを間に挟んで、逆に気持ちが切れちゃったとか? ……思えばクォード、私の執事になってから昨日が初めてのお休みだったんじゃないかなぁ?
カレンはカレンで真面目に引き籠りをしていたから、別室のクォードが何をしていたのかをカレンは知らない。そこまで監視をするのはお互いに窮屈だし、事件が解決したハイディーンで何かが起きるとも思えなかった。
──んー、でもここまで上の空になっちゃうなら、もっとちゃんと首を突っ込んでおいた方が良かったのかなぁ……?
基本的にクォードと一緒にいる時はど突き回されていたから、クォードが静かだと何だか落ち着かない。別にど突き回されたいわけではないのだが、常に小うるさい人間が静かであるのは居心地が悪いものだ。
そこまで思ってからハタと我に返ったカレンは、クォードの様子ひとつで調子を崩されている己に思わず眉をひそめる。
──私の目標はこの執事のクーリングオフであったはず。静かなら静かでいいはずじゃない。何心配なんかしてるの……!!
悶々と考えている間も順番待ちの列は進んでいく。行きは皇宮内にある魔法円からルーシェ立ち会いの下で飛んだからとてもスムーズだったが、帰りは公共の魔法円を使うとあってスムーズにはいかなかった。皇宮魔法使いとして動いている間は、公爵家令嬢であろうとも次期国主候補であろうともえこ贔屓はされない。今のカレンはあくまで『皇宮魔法使い』という特殊技術公務員。一般人に混じって順番待ちの列にも大人しく並ぶのである。
──ハイディーンを通過する旅人は徒歩が多いと思ってたのになぁ……。案外混むものなんだなぁ……。
地方役場の仕事のひとつに転移魔法円の管理というものがある。いわば魔法によって繋げられた街道の関所だ。転移魔法円は、転移する当人に魔力がなくても、それなりの金貨を積めば専属の魔法使いによって望む先へ飛ばしてもらうことができる。魔法円の内に収まる体積しか転移させられないから荷物を運ぶ行商人には不向きだが、火急の用件で先を急ぐ旅人には重宝されている。一回でかなりの金額になるから、地方にとっては良い稼ぎになるんだとか。
──急いでいるわけじゃないけど、伯母様への謁見もあるし、早く帰りたいんだよなぁ……
ソワソワとカレンは列の先を見つめる。
そんなカレンにようやく気が付いたのか、ピョコピョコと揺れるカレンの頭の上にクォードの手が降ってきた。
「大人しくしてろ、大人しく。『省エネ』はどうした」
ガシッとカレンの頭を掴んだクォードは指先に力を込めながらグッとカレンの頭を押さえつける。おかげで頭も首も結構痛い。
「待ってりゃ順番は回ってくるんだ。ソワソワしたって早くなったりしねぇんだぞ」
それでもその力に反発するように頭を上げると不機嫌そうな顔をしたクォードと視線がかち合った。眉間にシワを刻み、寸分の隙なく燕尾服を着込んだクォードはようやく『いつも通り』のクォードに戻ったように思える。
そのことになぜか、ほっと安堵の息が漏れた。
『ネェ、クォード』
列が進む。先に並んでいたのは団体客だったのか、はたまたたまたま移動先が一緒だったのか、結構ゴッソリと人がはけてカレンとクォードが列の先頭になった。この分ならば次の起動でカレン達も移動できるだろう。
そのことにも安堵の息をつきながら、カレンはクイクイッとクォードの袖を引いた。
『離宮ニ帰ッタラ オ茶ヲ淹レテヨ。皆デ飲ミタイノ』
「は? みんなでって……」
『面白イ茶葉ヲ見ツケタノ。離宮ノ皆ト、クォードモ一緒ニ飲モウヨ』
「はぁ? 俺は使用人だぞ? 主と同じテーブルで茶ぁ飲むなんて……」
カレンのクッションに視線を落としたクォードが眉をひそめる。
クォードがそういう反応をしてくることは想定の範囲内だ。
アルマリエを始めとした西方諸国ではどこでも、主と使用人が食事やお茶の席をともにするなど常識外れにもほどがあるとされている。主が食事を口にする場所で使用人は物を口にしてはならないし、逆に使用人の領域に主が足を踏み込むこともタブーとされている。
だがそれは、上流階級に限っての話だ。
『「リリア・カラント」ッテオ茶、知ッテル?』
カレンの実家は公爵家でありながら使用人や家臣との距離が近しい家だった。兄や姉は自身が率いる部隊の兵士達と同じテーブルで飲み食いするし、父は下町の屋台の食事を喜んで食べるような人だ。母もメイド達にお茶を振る舞い、またメイド達のお茶会に招かれることを楽しみにしている。
カレンだってここ数日はクォードと同じ席について食事を取っていたし、クォードに連れられて屋台や食事処を食べ歩いていた。クォードはそれを出先での無礼講と捉えていたようだが、カレンは別にそんな風には思っていない。カレンにとってはハイディーンでの食事スタイルの方が慣れ親しんだものであったから。
「確か、同じ茶なのに入れる物によって
『ソウ。食ベ歩キシテル間ニ見ツケテ、オ土産ニ買ッタノ』
クォードと囲んだ食卓は、楽しかった。豪快でありながらどこか上品なクォードの食べっぷりは見ていて楽しかったし、囲んだ料理にあれこれ言い合いながら取る食事は、いつも以上に美味しく感じられたから。
『私、実物見ルノハ初メテナノ。色ンナ色ニ変ワッタオ茶ヲ テーブルニ並ベタインダケド、一人ジャ飲ミ切レナイジャナイ?』
だから、離宮に戻っても、クォードと一緒にテーブルを囲めないかなと思った。食事の席はさすがに無理だと分かっているから、せめてお茶くらいならどうかな、と。
『ネ? 手伝ッテヨ。クォードガ淹レテクレタオ茶ナラ キット 何ヲ入レテモ美味シイカラ、全部入レテミタインダヨネ』
期待を込めてメッセージを送る。
その瞬間、聞き慣れない声がカレンを呼んだ。
「皇宮魔法円までご移動予定のレディ・ミッドシェルジェですね? 大変お待たせ致しました。準備が整いましたので、魔法円までどうぞ」
呼び声にカレンはパッと顔を上げる。円筒形の建物の床一杯に描かれた魔法円の中に人影はなく、足元に走る線は淡く光を放っていた。どうやらクォードとやり取りをしている間に前にいた一団の転移が完了したらしい。
後ろが詰まっている。グズグズしている暇はない。
『行コウ』
だからカレンはクォードから返事を受け取るよりも早く前へ踏み出す。
その瞬間、パシッと何かがカレンの腕を捕らえた。
──え?
「……クォード?」
驚きに、思わず自前の口が動いていた。
最初は、いきなり腕を取られたことへの驚き。次は、クォードが浮かべた表情への戸惑い。
「クォード?」
魔銃を四丁も身にまとうクォードの手は、白手袋越しに服の上から触れられても硬さと大きさが分かる造りをしていた。その手が、すがるようにカレンの二の腕を掴んでいる。
初めて触れた感触にカレンは戸惑う。だがそんな戸惑いが一瞬で吹き飛んだのは、伝わる手の感触以上にクォードが浮かべた表情に驚いたからだった。
──どうして、そんな泣きそうな顔をしているの?
人混みの中に置いていかれた幼子のような。あと一歩、不意を突かれたら泣き出してしまいそうな。
引き結んだ唇と眉間に刻まれたシワは不機嫌そのものであるはずなのに、銀縁眼鏡の向こうにある漆黒の瞳は、そんな表情を映してユラユラと揺れていた。吸い込まれてしまいそうなほど深い瞳の中で、驚きにわずかに目を見開いたカレンがこちらを見つめ返している。
「……っ」
クォードの唇が、何かを訴えかけようと開かれる。
「レディ・ミッドシェルジェ、魔法円へどうぞ」
だがその唇は、何か言葉を紡ぐよりも早く引き結ばれた。
「……悪い」
再度かけられた声を聞いたクォードは、力を失ったかのようにカレンの腕から手を離した。一度引き結ばれた唇が微かに震えてから開かれ、揺れていた瞳は降りてきた瞼に隠される。
再び漆黒の瞳が姿を現した時、カレンがクォードの瞳の中に見つけた感情は綺麗に消されていた。どこかやるせなさを含んだ笑みとともに、カレンの頭にまた片手が載せられる。
「そんなたっかいヒール履いてんだ。コケんなよって言いたかったんだよ」
今度載せられた手は、優しかった。ツインテールの根本に載せられたミニハットを避けて載せられた手は、先程クォード自身の手で乱していったカレンの髪を整えるとフワリと離れていく。
「引き留めて悪かったな。……行くぞ」
カレンは思わずクォードの手が載っていた頭に自分の手を載せた。まるでクォードがそこに残した何かを閉じ込めるかのように。
──クォード?
サワリ、と胸の中が不穏に揺れる。それが不安であることは分かるのだが、一体何が不安なのかが分からない。
だがカレンの心の内が揺れていても、クォードは足を止めてくれないし、この状況もカレンを待ってはくれない。
「っ……」
カレンは頭から手をどけるとクォードの後を追って小走りに魔法円の中を進んだ。先に中心に立ったクォードに並ぶ形で魔法円の中心部に立てば、カレンを行使者として認識した魔法円がわずかに放つ光を強くする。
今回の転移はカレンの魔力で発動させる手はずになっている。専門家に任せても良かったのだが、せっかくカレンの魔力があり余っているのだ。自力で魔法円を行使すれば、その分出張費は安く抑えることができる。皇族たる者、公費の無駄遣いはなるべく避けるべきだ。
──……というのは表向きの理由で、本当は防犯のためなんだけども。
皇宮に直接繋がる魔法円は皇宮内でも重要機関が集まる深部に設置されている。重要機関に直通できる皇宮魔法円は有事の際に役立つが、同時に外部からの侵略の対象とされてしまう諸刃の剣だ。そのため皇宮魔法円に直接アクセスできる人間はごく限られており、女皇の認可が降りた者の魔力が流れた時でなければ、たとえ正しく魔法円が発動されていても通路が繋がらないようになっている。
──まぁそれだけ厄介な所へ飛ぼうとしたから、これだけ待たされたんだろうけども。
「道を開け 汝、世界の通路の監督者 門の主 鍵の翁よ」
カレンはそんな考えを一旦脇にどけると呪歌を詠み上げた。同時に差し伸べた手から魔力を放出すれば、魔法円はより一層光を放つ。
「秘されし通路を我が前に開け 我は汝の神秘を知る者 汝と鍵の契約を交わせし者」
フワリ、と外周円沿いをそよいだ風が渦巻きながら立ち昇る。その風に押し上げられた燐光がブワリと内と外を区切る壁を作り上げる。
世界が、歪む。
「転移接続 開……」
「ハァイ、オヒメサマ」
その瞬間、光と風が作り上げた壁を突き破って何かが落ちてきた。
「アタシもご一緒させてもらうわぁ、ヨ・ロ・シ・ク!」
「っ!?」
それは、三つ揃えの正装の上から漆黒のローブを深く被った人影だった。桃色の髪にも端正な顔立ちにもスラリとした体躯にも見覚えはないが、特徴的な声と口調には聞き覚えがある。
──あの時のオネエさんっ!?
なぜ彼……彼女? がここにいるのかが分からない。カレンが一味を壊滅させた時、このオネエさんだって捕縛されたはずだ。なぜそんな人間が今、カレンが発動させた転移魔法円の中に現れるのか。
……そう、転移魔法円だ。
「っ!!」
魔法円はすでに起動してしまっている。カレンの魔力は正しく認識されているから、このまま何の問題もなく皇宮魔法円に転移してしまうはずだ。この、明らかに敵であるオネエさんをくっつけたまま。
──今更停止は難しい……。でも私の魔力をぶつけて魔法円自体を壊せれば完全な転移はできないはず……っ!!
カレンは考えるよりも早く魔力を爆発させようと意識を集中させる。
そんなカレンの耳にカチッと、不穏な金属音が響いた。
「止めるな」
次いで、首に圧がかかる。さらに続けてゴリッとこめかみを滑る硬い何か。
冷めた声音は、それらの後に聞こえた。
「このまま俺達を連れて飛べ」
──クォード?
一瞬、何が起きているのか分からなかった。一瞬どころか、数秒経っても分からない。
目の前の景色が歪み、舞い踊る燐光に視界が焼かれる。全てが曖昧になった後、まず足が石床を捉えた。役場の荒い石床ではない。滑りそうなほどに滑らかな、磨き込まれた石材が使われていると立っているだけで分かる床だ。それから己の体の輪郭が鮮明になり、風が止むのに合わせて視界が下から紡ぎ直されていく。
「お初にお目にかかります、アルマリエ帝国女皇のルーシェ陛下。歓迎、痛み入りますわぁ」
カレンの視界が復活した時、カレン達は先程とはまったく異なる景色の中に立っていた。
グルリと高い回廊に囲まれた底。滑らかな石床とステンドグラスがはめ込まれた高い天井。緩やかな曲線を描くドームの下、回廊を埋め尽くさんばかりに衛士と魔法使いが詰めている。足元にはまだ燐光の残滓が踊っていた。正面には広い階段があり、その上に表情を掻き消したルーシェが立っている。
アルマリエ帝国魔法管理局内に設置された、皇宮魔法円。
皇宮の心臓部とも言える場所に、カレン達は立っていた。
「アタシは『
奇襲を仕掛けられたはずであるのに完璧に迎撃態勢を整えていた女皇に対し、カレンに無理やりついてきたオネエさんは恭しく頭を下げる。
「……クォードの同僚か」
「ヤァダァ!
冷めた声音のルーシェに対してオネエさん……ジョナはどこまでもテンションが高い。どう考えても奇襲は失敗していて窮地に立たされているのはジョナの方であるはずなのに、ジョナはこの状況を楽しんでいる節さえある。その不敬な態度に場を囲んだ衛士の方がざわめき立った。
「要求を聞こうか」
そのざわめきを軽く上げた片手だけで鎮めたルーシェが端的に問いかける。そんなルーシェの言葉にジョナがニマリと唇を釣り上げた。
「アタシ達がオヒメサマの命と引き換えに欲している物はね、『
伸ばした人差し指を片頬に添え、ジョナは愛らしく小首を傾げる。そんなジョナにもルーシェは表情らしい表情を見せない。
──私の命と引き換え?
だがカレンの意識を掻っ
──何それ。そんな言われ方、まるで私が人質に取られてるかのような……
純粋な疑問にカレンは目を
その瞬間、現状を知らしめさせるかのように首にかかる圧が増した。
「……っ!!」
「歴代最強と名高い陛下でも、後継者にと見込んだカワイイ姪っ子ちゃんの命は惜しいはずよね?」
勝手に開いた唇が酸素を求めて悲鳴を上げる。そんなカレンの様子に気付いたのか衛士がもう一度ざわめいた。そこまできてようやくカレンはこのざわめきが奇襲に対するものだけではなかったことを知る。
──何とか……何とかしなきゃ……っ!!
酸素が足りなくて朦朧とした意識の中、カレンは必死に己の喉を締め上げる腕に指をかける。上質な黒服に包まれた腕の力は馬鹿みたいに強くて、身体強化が効いているはずであるカレンの腕力をしても引き剥がすことができない。
──クォード……!! クォード、どこにいるの……!?
意識が霞んでいく。その中でとっさに思い浮かべたのは、物騒で凶暴なのにいざという時は頼りになる仮初の執事のことだった。
──ちょっと、ここまでのピンチなら助けてくれてもいいんじゃないの……っ!?
クォードならば、この腕の主をぶん殴るなり射撃するなりしてカレンの窮地を救えるはすだ。あるいは魔術で助けてくれてもいい。クォードならばカレンを救える。
だって、執事として出会ってから、何だかんだ言いながらもクォードはカレンを助けてくれたから。
──死ぬから。これ以上はさすがに死ぬから……!!
「ク……ォー……」
途切れ始めた意識の端で、締め上げられてしゃがれた喉から勝手に声が漏れているのが聞こえてきた。
その瞬間、なぜか喉を締め上げていた圧が弱まる。
「……っ」
曖昧になっていた視界が瞬時に像を結ぶ。
その真ん中にいたルーシェが、真っ直ぐにカレンを見つめていた。
「……お前は、それで良いのかえ?」
なぜ自分がそんなことを問われるのか、分からなかった。
「お前は口で言う以上に聡明じゃ。己の立場を分かっていようて」
──違う。私に言われてるんじゃない。
カレンはわずかに緩められた首を捻って、己を拘束している腕の主を見上げた。
「抜け出そうと思えば、道はいくらでもあったはずじゃ。……何がお前をそこまで駆り立てる? 何がお前をそこに縛り付ける?」
癖のない漆黒の髪。燐光の残滓を弾く銀縁の眼鏡。強い意志を宿した漆黒の瞳。整った容貌は、表情が消えるとその美しさを増す。
「なぁ、クォード」
クォード・ザラステア。
カレンを拘束し、こめかみにリボルバーの銃口を突きつけていたのは、カレンが頼りにするようになっていた、カレンの執事だった。
そのことに気付いた瞬間、カレンは思わず目を見開いていた。
──……どうして?
どうしても何も、クォードは自分から言っていたではないか。
自分は秘密結社『ルーツ』の幹部であると。アルマリエ皇宮には、国家転覆を目的として潜入したのだと。
最初から分かっていたことだ。
この男は敵で、大罪人であるのだと。
……それでも、分かっていたはずなのに、カレンは問う声を止められなかった。
「……どうして」
カレンの声は、音になっていたのだろうか。
一瞬だけ漆黒の瞳が揺れて……次の瞬間、漆黒の瞳から全ての感情が死んだ。
「一時間以内に、『
クォードの言葉にさらに唇を釣り上げたジョナがバッと片手を振り上げる。その瞬間、転移魔法円に魔力が巡り、風と光の壁が立ち上がった。
「アタシが魔術しか使えないなんて、だぁれが言ったのかしらぁ?」
慌てて阻止しようと動き出した魔法使い達にバチンッとウインクを送ったジョナが舞台役者のように大きく両腕を広げる。その様をルーシェだけが変わらず無表情に見つめていた。
その唇が、動く。
「それが、お前の答えだな?」
カレンに聞こえた声は、クォードにも届いていたはずだ。だがクォードはその問いには答えない。
「要求に応じない場合、こいつの命はないと思え」
ただ冷めた声が一方的な要求を締めくくる。
その言葉を最後に視界は役に立たなくなった。魔術師であり魔法使いであるという切り札を隠していたジョナにより転移魔法円は発動され、カレン達は皇宮魔法円から切り離されていく。
「たとえ、道が他にあろうとも」
全てがグシャグシャに混ざり合って遠ざかっていく。もしかしたら首を絞められ続けてついに限界が来たのかもしれない。
「俺はもう、この道以外、選べねぇんだよ……っ!!」
だから、血を吐くように紡がれた言葉も、もしかしたらカレンの幻聴だったのかもしれない。
──クォード……
遠のく意識の中、カレンはなぜか少しだけ、笑っていた。
──そんなカッコつけてなくていいから、押しかけ執事。
もしかしてクォードは、カレンの腕を掴んだ時と同じ、あの泣き出しそうな表情を今でも浮かべているのではないだろうか。大人の男の人だって泣きたい時はあるのだろうが、あんな顔で、こんな声で、そんな言葉を吐き出していたのであれば、やっぱり様にはなっていない気がする。
──そんな悲壮な覚悟、似合ってないから。だから、……だから、さ。
消えていく意識の中に、独白が転がっていく。とりとめもない、それでいて今口にできない言葉が、いくつも、いくつも。
──……泣きそうになってるなら、逃げたっていいんだよ。
そんな自分の声も、なぜか泣いているように聞こえて。
──良かったんだよ、クォード。
こんな状況なのにカレンは、そんな自分がおかしかった。
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