306話 果ての街にて

 クロケルと一杯やって、一晩明けて。


「う――――――――――――――――――――――……」


 少し痛む頭を抑えながら、よろよろと立ちあがる。


『はい、おはよーさん』


 気がつくと、室内では三匹のモンスターが《ブック》の外にいた。

 ヴィーラは、優雅に砂糖水を啜っていて、

 ワトスンは、隅っこの方で新聞紙を捲っており、

 よし子はただ、『ワーイ、ワーイ』と言いながら部屋の一角を行ったり来たりしていた。


 ぱっと見でわかる。

 恐らく昨夜は、ヴィーラの”おままごと”に付き合わされていたのだろう。


『いやー、今夜のセッションも、なかなかクリエイティブな時間だったわねー♪』(ヴィーラ)

『ええ。序盤、中盤、後半と、なかなか隙のないロールプレイができました。貞操観念ゼロの雌個体との共同生活は、ほとんど狂気に満ちています』(ワトスン)

『ワーイ、ワーイ (^^;』(よし子)


 そしてモンスターたちは、開きっぱなしの《ブック》の中へ戻っていく。

 狂太郎は、眉間を強く揉んで、頁の中で休む仲間たちに訊ねた。


「……まさかきみら、夜通し遊んでたのか」

『まーね』

「おいおい。仕事があるんだぞ……」

『じゃ、お仕事の予定は中止ね♪ そーしましょ!』


 その、敢えて突き放したような言葉に、狂太郎も気づく。

 要するに、『少しくらい休んだら?』と言いたいわけだ。彼女は。


――気を遣わせてしまったか。


 狂太郎は苦笑して、


「悪いが、そういう訳にもいかない。もうひと踏ん張りだ」

『あんまり根詰めると、過労で死ぬよ?』

「大丈夫」


 こう見えて狂太郎は、わりと自分に甘い。

 心配されずとも、辛いと感じたらいつでも休む準備がある。


「いずれにせよ、今日の仕事は簡単に済ませるつもりだった。――夜は、みんなとゆっくり食事をしたい。昨日はクロケルと話していて、きみらとゆっくりできなかったしな」


 そういうと、ヴィーラは一応、納得したような顔をする。


『ま、あんたがそーいうなら、別に構わないけどね』


 そういう彼女に、ちょっとした違和感。


――出会った頃なら、これにもう一言二言、下ネタを挟んできそうなものだったが。


 彼女も、彼女なりに気遣いができるようになったのかもしれない。

 あるいは、ヴィーラにそうさせてしまうくらい、自分の顔色が悪いのか。

 そこでワトスンが口を挟む。


『ちなみに、――本日は具体的に、どのように動くおつもりですか?』

「単純だ。……これは実際、ここではない世界ではよくやることなんだが、――日雇いの”クエスト”を受ける」

『日雇いの……クエスト、ですか?』

「うん。この、ゼット・シティが、この国の最北に位置していることは知ってるね?」

『ええ。だからここ数日、ずーっと歩いてきた訳でしょう』

「そう。つまり街から先は、未開の土地なんだ。ここはこの国の、開拓最前基地なのさ。……だからかどうかは知らないが、毎日毎日、手助けを求める依頼で溢れかえっている。――その多くは、モンスター退治や困ったサモナーの逮捕なんかが主だ」

『ふむ』

「ぼくたちはここで、そういうクエストを受けまくって、レベルアップをする必要がある。最低でも全員、レベル30くらいまでは上げたい。それともう一つ。この街では、ドーピングアイテム、と呼ばれるアイテムが売られている」

『ドーピング……?』

「と、いうと聞こえは悪いが、要するに、きみたちの戦闘ステータスをより尖鋭化させるためのものだ。これを利用すれば、――例えばヴィーラの”ぼうぎょ”を下げて”すばやさ”に変換したりすることができる。ヴィーラはいずれにせよ、敵の攻撃を一撃でも受ければ倒されてしまうだろう? それなら、いっそスピードに全振りした方が強くなるからね」

『ほほォー。そんなやり方があるとは』

「ん? この世界の住人なら、当然みんな知ってると思っていたが」

『いいえ。いまネットで調べましたが、あまり一般的なやり方ではないようですね。一応、科学的な裏付けは存在していますが、それをわざわざ実行しているサモナーは少ないようです』

「へー、そうなんだ」


 考えてみれば我々の世界でも、山ほどある健康法のせいで、その中のどれが本当に効果があるかわからなくなっているところがある。

 この”ドーピング法”も、その手の情報に埋もれてしまっているのかもしれない。


『それに、一部のドーピングアイテムは、美容に悪いとされていますので』

「まあ確かに……”みりょく”値が下がるものもあるからな」


 その場合、飲むのがためらわれるのも無理はない。

 ブサイクが加速する代わりにマッチョになれても困るし。


『ユーモアに影響がある、というのは、恐怖ですよ。誰しも、話していてつまらないやつだとは思われたくありませんから』

「………………。安心してくれ。一応、きみらには”みりょく”が下がるドーピングアイテムは使わないつもりだから」

『そうしていただけると、大変助かりますね』


 そういうことになった。



 その後、狂太郎たちは”クエスト”が張られている掲示板に向かって、その中でももっとも適当と思われる仕事から順番に済ませていく。


「いくつか、紙が黄色くなってるクエストがあるな。――攻略WIKIによると、その中に簡単にやれるものがある」

『ホウホウ。グタイテキニハ?(^-^)』


 助手役を務めてくれているよし子が、クエストボード上の紙を順番に眺めている。そのたび、カラカラと頭の中で、何かが転がるような音がしているのが少し不気味だ。


「ぱっと見たところ、『鏡は横にひび割れて』とか『終局的犯罪』あたりがお手頃かな」

『「踊る人形」ナドハ?(^_^)/』

「んー……どうだろう。――良さそうなのかい?」

『ハイ。――ナニセ、”決定的成功クリティカル”デミツケタ ジョウホウデスカラ(^_^)/~』

「ふーん。まあよくわからんが、わかった」


 一日に、三つの依頼。

 狂太郎にとっては、まあまあスローペースな仕事配分である。

 今日は一日、それだけで終える予定だった。



クエスト名『鏡は横にひび割れて』

依頼内容:恐ろしい天然痘ウイルスに掛かってしまったおばさんに、特効薬の注射を受けさせて欲しい。ただしおばさんは街から離れた小屋に住んでいて、大の注射嫌いである。

結果:依頼人から話を聞いた時間含めて、五分で完了した。

 注射を打った証拠として、スマートフォンで撮影した写真を提出。

 ちなみに注射は、文字通り音速で行われた。

報酬:1000ゴールド


クエスト名『終局的犯罪』

依頼内容:とある地図職人が、北の山にいる岩石型のモンスターの駆除を依頼してくる。なんでも、連中は火薬に似た性質を持つモンスターで、夜な夜な爆発を起こしてはこの辺りの地形を変えているらしい。

 そのため、精度の高い地図が描けず、困り果てているのだという。

結果:モンスターの群れは、ヴィーラが《魅惑のダンス》で惹きつけただけで、次々と崖下へと落ちていった。

 最終的に、目に目映いほどの爆発が発生し――それが恐らく、この辺りで行われる最後の地形改造となった。

 報酬:800ゴールド、ゼット・シティ周辺の正確な地図


クエスト名『踊る人形』

依頼内容:とある資産家に、最近敷地内に現れる泥人形型のモンスターを駆除して欲しいと頼まれる。

結果:泥人形型のモンスターは、以前クビにした庭師の嫌がらせであった。

 庭師は”チュウチュウネズミ”という麻薬に似た物質で意識がもうろうとしており、泥まみれの格好で庭園内に潜み、訳もなく踊り狂っていたのである。

 狂太郎が注意したところ、枝切りバサミで襲いかかってきたのであえなく御用となった。

報酬:2000ゴールド



 ここまで進めて、本日の仕事は終了。

 それからしばらくは、――ゼット・シティにて、クエストを消化する毎日となる。


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