305話 進捗報告

 クロケルは、奇岩型の顔をくしゃくしゃにして笑う。


「やあ、やあ! 今日は仕事の進捗を聞きに来たんだ」

「進捗……」


 狂太郎は渋い顔をして、「参ったな」と思う。

 顧客に報告できるような、明るい話題がない。かつてサラリーマンだった時代の記憶が蘇って、胃がキリキリする。


「おや、その顔色。――あまり良い話はないのかな?」

「そんなとこっすねぇ。ぶっちゃけると」

「そうかね」


 クロケルは、少しだけ口角を下げた。


「ふーむ。まあ、積もる話はあるだろうし、街のレストランに行こうか。私が奢ろう」

「いいんですか? ……っていうか、この世界の金、持ってるんですか?」

「支払いは、金か宝石でいいかな?」


 狂太郎は少し苦笑して、


「それだとたぶん、一度どこかで換金する必要があるでしょうね」

「おや。物々交換の時代ではないのか、この世界」

「ぼくが払いますよ。幸い、懐は温かいので」

「悪いね」


 二人はまず、その足で街を歩き、ひっそりとした路地裏へ向かう。

 『ソウル・サモナーズ』は、基本的に子供を対象としたゲームだ。そのためだろうか、あまり目立った場所に酒場はない。二人は、ビルの狭間にひっそりと立てられた店に入って、可能な限り店全体が見渡せるテーブルにつき、酒と料理を注文する。


 ビールとつまみが届く前に、狂太郎は簡単に状況を説明した。


・松原兵子が、この世界の各街に残していった痕跡について。

・この世界の”主人公”役、スカーレットを探していること。

・その道中、”異世界転移者”と思われる男と会い、彼を始末したこと。

・現在、仲間のレベル上げを行っていること。


「……と、まあ。そんな感じかな」

「ふむ。なるほど」


 クロケルは、狂太郎の仕事を「可もなく不可もなし」という感じに頷いて、


「ではその、”主人公”役との邂逅が、兵子を見つけ出す鍵になる訳か」

「今のところ、そうですね」


 言いながら、狂太郎は半ば、諦めかけている自分を発見している。

 もし、彼が本当に無事ならば、連絡が途絶えている理由がわからない。

 すでにあの、”普通の男オーディナリー・マン”に始末されてしまっている可能性の方が高い。


「ぼくはあの、”異世界転移者”が”終末因子”の可能性もある、と思っていたのだけれど」

「それは違うな。もしそうなら、まず我々が気づいている。”エッヂ&マジック”でもそういうときは、あの天使どもがすぐ駆けつけていただろう?」

「たしかに」


 ”終末因子”は、まだ消えていない。

 病魔はなお、この世界を蝕んでいる。


「……ちなみに、もし兵子が殉職していた場合は……」

「当然、この世界の”因子”の除去を頼むことになる。いま、”終末因子”に最も近い”救世主”は、君だからね」


 当然の判断だろう。


「それと、もう一つ聞きたいことが」

「なんだい」

「兵子のその、”チートスキル”というのは、どういう力なんすか?」

「あれ。それ、言ってなかったっけ」

「聞いてないっすね」


 クロケルは、単純にこういう。


「《鑑定》スキルだよ」


 「ほう」と、狂太郎は思う。

 意外、というか。かなり渋い能力だ。


「まあ少なくとも、私が最後に彼を見た時は、の話だが。”金の盾”では、”救世主”が好きにチートスキルを入れ替えていいことになってるから」

「兵子がいまも、《鑑定》持ちである可能性は?」

「かなり高いと思う。彼は、あのスキルをことのほか気に入っていたようだから」

「……ふむ。それでその、《鑑定》スキルというのは……魔法の武器やアイテムの性能を調べるような能力ですか?」


 もしそうなら、攻略WIKIを読めば事足りる。

 とてもではないが、”ゲームの天才”が必要とするスキルとは思えないが。


「もちろん、そういった使い方をすることもできる。だが、当社の”救世主”が使う《鑑定》スキルの強みは、ことにある」

「本質?」

「うん。例えば、……」


 と、そのタイミングで二人分のエールが運ばれてくる。

 クロケルは、”ロボット”族の給仕に少し会釈して、


「この、飲み物だ。兵子がこの飲み物に《鑑定》をかけた場合、この飲み物に関する、有りと有らゆる事実がわかるだろう。

 これの生産者や原材料、作成に必要な工程や、飲むことで得られる栄養素、生産者とその顔……エトセトラ、エトセトラ」


 黄金色の酒を口に含み、旨そうに唸った。


「なんかそれ、便利なのかどうかわからんスキルだな」

「いや、そうでもない。特に《鑑定》は、その世界の住人がまだ気づいていない、新たな可能性に気づくことができるスキルだ。……例えばこのスキルをその辺の山々に使用すれば、簡単に未発見の金鉱や油田、温泉などを発見することができるだろう。この世界の住人が当然のように消費している食物の中から危険物質を見つけ出すこともできるし、殺人鬼の正体を見抜くことだって難しくはない」

「ふーん。――ってことは、兵子にとって、”異世界転移者”を見抜くのは訳ないってことかい?」

「いや、残念だがそれはない。《鑑定》スキルでわかるのは、あくまでその世界における情報だけなんだ」

「その世界……というと?」

「例えば、――そうだな。きみたちの仲間の、愛飢夫くんというのがいるよな?」

「はい」

「彼の《まりょく》は、その世界ごとに能力が違うだろう? それと似たようなものでね(※17)。わかるのは、その世界のルールの範囲内だけなんだよ」


 狂太郎は納得して、……自身がもつ《無》の有用性を再確認する。


「実を言うとそもそも、”救世主”たちが使うスキルはどれも、ある程度その世界の『ルールブック』に則るような形で、若干だけ性能が違ったりするんだよ」


 そしてまた、エールを一杯。

 良い飲みっぷりだ。狂太郎もそれに習ってジョッキを傾ける。


 うまい。疲れた身体に、アルコールが染み渡っていくかのようだった。


「というか……そもそも、《鑑定》スキル一つで”異世界転移者”を見抜けるのなら、沙羅に《無》を探させる理由はなかったからね」


 確かに、それもそうか。



 仲道狂太郎は、あまり酒に強くない。仕事中に、好んで一杯やるタイプでもない。

 しかしその日は、不思議と酒が進んだ。


 契約したモンスターたちにはずいぶんとつまらない想いをさせてしまったが、結果的に狂太郎とクロケルは大いに語り合い、酒場を後にする。


「結局、兵子に関しては大した情報はなかったな」

「はい。――面目ない」

「仕方ない、……とは言わない。はっきりいって私も、”金の盾ウチ”の連中を抑えておくので大変だよ」


 とはいえ、それをさせる訳にはいかない。

 どの”救世主”もそれぞれ、担当している世界がある。そちらの世界を蔑ろにするわけにはいかないのだ。


――管理職も、結構大変なんだな。


「とはいえ、私は信頼しているよ。……仮に、社員を全員で動かしたとしても、きみ一人で動いた方がよほど良い結果になる、と」


 酔ったクロケルは、へらへらと笑いながら狂太郎をおだてる。

 いかにもなお世辞に、狂太郎は少し笑いながら、


「最大限、努力しますよ」


 これで明日一日、だらだら過ごすわけにはいかなくなったな、と思った。

 ある意味で彼は、実に効果的なタイミングで現れたと言えなくもない。


「……あ、そうそう」


 別れ際、クロケルはふと、思い出したように言った。


「一応、一つ付け加えなければならんことがある。――いぜん、兵子の失踪が遅れた理由は、グレモリーのやつが、交尾にかまけていたせいだ、と話したよな」

「あ、ああ……そういえば」


 水色の髪の彼女が、髪の色に負けないくらい真っ青な顔をしていたのを思い出す。


「どうやらあれ、――”転移者”の罠だったらしい」

「は?」

「つまりグレモリーは、”転移者”の手先に、いいように操られていた、ということだ」

「な…………!」


 さすがに、驚く。


「それ、かなりマズいんじゃ。……大丈夫だったんですか?」

「それに関しては、上司が処理済みだ。少なくとも、社内で傷つくものはいなかった。……グレモリーの心を除いてな」

「はあ」

「敵は、我々の想定していたよりも、よっぽどあちこちに根を張っているらしい。お互い、気をつけて仕事をしよう」


 そうして彼は、《ゲート・キー》を使って去っていった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※17)

 『かいぶつの森』の世界の話の際も少し説明したが、飢夫の《まりょく》は、『その世界に存在する、ありとあらゆる魔法を自由に使えるようになる』スキルだ。『ありとあらゆる魔法を自由に使用できる』スキルではない。

 それと同様に、《鑑定》スキルの能力にも”その世界ごと”の制限があるということだろう。 

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