304話 長旅

 次の日、日が照っている時間帯にジムへと向かった狂太郎たちは、すでに出来上がっていた推薦状を受け取って、


「これで、救世主ヒーローは、三枚(※16)の推薦状を手に入れたことになる」

「そうだな」

「これはつまり、チャンピオンの挑戦権を得た、ということだ。すでに、これのコピーがチャンピオンへと送られている。――次は、スカーレットに会うのかい」


 狂太郎は、少し悩んだ後、


「そうだな。こうなってはもう、当たれる人脈は全部当たっていきたい」

「……ふむ。――それは構わないが、推薦状を受けてスカーレットに会う場合、それは実質、チャンピオンへ挑戦状を叩き付ける、という格好になる。たぶん会うと同時に、バトルが始まってしまうぞ」

「個人的には、さっさとサレンダーして話し合いに持ち込みたいところだが」

「それは、止めておいた方がいいな」


 チーフはそこで、皮肉っぽく笑って、


「あいつ、弱いサモナーにはぜんぜん興味がないから」

「そうなの?」

「うん。根っからのバトル狂。強者には惹かれるが、弱者には見向きもしない。そういうやつなんだ。スカーレットは」

「ふーん」


 それなら少し、考えなければならないかもしれない。

 せめて、良い試合ができる程度には仲間を強化しなくては。


「……うん、わかった。きみにはいろいろと世話になったね。ありがとう」

「おいおい、救世主ヒーロー。世話になってるのは我々と、この世界そのものじゃないか?」


 狂太郎は首を横に振る。


「ぼくは、仕事で来ているだけだ」


 それに狂太郎は、こう思っていた。

 結局のところ、”終末因子”に侵された世界が救われるかどうかは、――その世界の住人の、心の有り様だ、と。

 ”救世主”は常に、善き協力者を必要とする。憎悪に満ちた世界では、仕事ができない。

 例えそれが、無敵の力を与えられた”救世主”であっても。



 イー・シティにて。

 狂太郎は、旅行者向けの店で買い物カゴを携えて、旅の準備に備えている。


「さて。次は少々、長旅になる」

『長旅? ……なんで?』

「きみたちを、チャンピオンに通用するレベルのモンスターに育成するためだ」

『……ふーん』


 小柄な少女は、ちょっぴり疑わしげに自身の身体をちょっと見て、


『ちょっと前まで、喧嘩一つしてこなかったあたしが、チャンピオンと、ねえ』


 と、小枝のような二の腕を撫でる。


『ムッキムキになれるかな?』

「いや。きみの場合、いくらレベルを上げても大して攻撃力は上がらないだろうし、見た目はそう変わらないだろう」

『なーんだ、ざんねん。暴力でショタっ子を屈服させるタイプのプレイは望めないってことか(力が強くなったら、いろいろとできることが増えると思ったのですが)』

「きみみたいなのが”力づく”を覚えると、世が乱れそうだな」


 苦笑しつつ、狂太郎はハイカットの登山靴と携帯用のテント、雨具、生地の厚い靴下、手袋、帽子、行動食などを買い込んでいく。

 予算はすべて、イー・シティジムのチーフ持ちのため、今度の買い物はかなり豪勢だ。

 この世界の文明が、我々の世界のそれに勝るとも劣らない点には助けられている。実際それらは、長く愛用できそうな製品ばかりだった。


――最強装備が揃った気分だ。悪くない。


 そして、買い込んだ雑貨を《マジック・ポケット》に突っ込むと、手ぶらの登山家が出来上がる。


「それでは、――また、今日中に移動を開始するぞ」

『はいはい』


 そろそろ、ヴィーラもこちらのペースに慣れてきたらしい。特に我が儘をいうこともなく、


『そんじゃ、次の目的地を教えてよ』

「向かうのは、――ゼット・シティだ」

『ぜっと……って、……いまいるイー・シティからすっ飛んで、いきなりゼット?』

「うん」


 実際そこは、ゲーム的にも『クリア後に行ける街』という扱いの場所だ。

 当然、その辺りに生息しているモンスターの平均レベルは高めに設定されているし、何よりその辺りでは”クリア後”でなければ解禁されない、最高率のレベルアップ法が存在する。


「ちょっと調べてみたが、ゼット・シティまでに向かうには、3000キロほどの道のりを進まなくてはならないらしい」

『さん……っ。そりゃちょっぴり、つらいわねえ』


 狂太郎は、渋い表情で頷く。


――北アメリカ大陸横断レースは、6000キロだっけ。あれの半分くらい……と考えても、大した慰めにはならないな。


「流石に今回は、一日で踏破することはできない。野宿が必要な旅になるだろう」


 狂太郎が、この旅に二の足を踏んでいたのは、そういう理由もある。

 この地方から大きく離れてしまっては、もし”終末因子”が活性化した場合、対応に間に合わない可能性があったためだ。


『移動用のモンスターと契約したら?』

「いや。もはや仲間を増やすのは、遅すぎる。少数精鋭がもっとも効率良い。……それに、いまさらどのようなモンスターと契約できても……音速で移動出来るぼくより早いとは思えんな」

『そっかぁ』


 ヴィーラは、まるで他人事のように宙空を眺めつつ。


「だから、たっぷり準備をして進もう」

『はーい』

「なんか、道中食べるお菓子とかも……買っていっていいぞ」

『わーい!』


 などとやり取りして、準備を整えて。

 攻略WIKIを確認しながら、ふと思う。


「しかし、――何ごとも無ければいいのだが」



 仲道狂太郎、3000キロの旅。

 ……と、こう表現すると、もうそれだけで一冊の小説ができあがってしまいそうなくらい壮大な冒険が始まりそうなものだが、実際のところ狂太郎が移動に使った時間は、たった三日のできごとである。

 道に関しても、大して語るべきことは少ない。この世界には、遠隔地に接続された高速道路に似た通路が存在していて、そこをただ、とことこと歩くだけで事足りたためだ。


 ゲームにおいて”ムゲン道路”と呼ばれているゲーム内コンテンツであるその道は、定期的に現れるサモナーとの対戦と、宿泊所代わりのパーキングエリアがあるだけの、いわゆる”クリア後やりこみ要素”と呼ばれる類のものである。


 狂太郎たちは、ただひたすら道を行き、そして休憩がてら立ち止まったパーキングエリアで旅行者たちと戦い、――レベルを少しずつ上昇させながら、ゼット・シティへと向かう。

 その際、上がったレベルとスキルは、以下のような内容だった。


『個体名:ヴィーラ

 レベル:23

 こうげき:51

 ぼうぎょ:21

 まりょく:88

 みりょく:123

 すばやさ:156

 うん:18


 覚えているスキル

 《キュートなキス》

 《体当たり》

 《魅惑のダンス》

 《剣の舞》

 《水系魔法Ⅰ》

 《水系魔法Ⅱ》

 《水系魔法Ⅲ》

 《飢餓耐性(強)》』



『個体名:ワトスン

 レベル:18

 こうげき:129

 ぼうぎょ:51

 まりょく:13

 みりょく:9

 すばやさ:118

 うん:4

 

 覚えているスキル

 《ビームⅠ》

 《ビームⅡ》

 《ビームⅢ》

 《体当たり》

 《電磁波》

 《スキル鑑定》

 《防御力Ⅲ》

 《飢餓耐性(強)》

 《雷系魔法Ⅰ》』



 三日。

 その行程を歩き終えた頃には、狂太郎の脹ら脛は、すっかりカチカチになっていたという。


「つ……疲れた……」


 狂太郎が、ゼット・シティのゲート入り口に到着すると……疲労もそうだが、主に気疲れの方で気が滅入ってしまっていて、最低でも丸一日はぐっすり身体を休めたい気持ちでいた。


 だが、――案外、そういうときに限って、仕事の予定が入るものなのかもしれない。


「やあ。お疲れさま」


 ゼット・シティで待ち受けていたのは、一人の悪魔。

 この仕事の依頼主、クロケルであった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※16)

 ビィ・シティ、ディ・シティ、イー・シティのチーフサモナーから受け取ったもの。なお、ビィ・シティのチーフに関しては、後日ネットを通じて連絡したところ、郵送で送ってくれたらしい。

 

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