303話 残酷な仕打ち

 それはどこか、映画のワンシーンを思わせた。

 男はしばし、間が抜けたような表情で目を見開いたのち、


「…………………………え?」


 胸の血を見て、ゆっくりと崩れ落ちる。

 と、そんな彼の身体を、さらに複数の《ビーム》が突き刺さった。


「いや、ちょ」


 まだ辛うじて息があった彼の言葉を打ち消すように、《ビーム》、《ビーム》、《ビーム》。


「お・ま・え……!」


 トドメとばかりに、一際太めの《ビーム》が、彼の額を撃ち抜いた。

 その次の瞬間、彼の心臓に魔法がぶち当たり、――その胸に風穴が空く。

 突然の修羅場に、娯楽室に残っていた無関係の数名が、悲鳴を上げて逃げ出した。


「…………………………」


 狂太郎は、注意深く穴だらけの死体を睨め付ける。

 どこをどう見ても、死んでいた。ここから何らかの奇跡が起こって、蘇生するような気配もない。


「なんてこった。死んじまった」


 狂太郎は、そういうのが精一杯だった。


「ワトスン。きみ、なんで……?」

『必要だから、したまでです。話を聞かせていただきましたが、この男はどう考えても生きているべきではない』

「だとしても、独断にもほどがある。きみはぼくの命令を待つべきだった」

『いいえ。――あなたは彼を、見逃すつもりでした。いまのタイミングでなければきっと、被害はもっともっと広がっていた』


 そして、ワトスンは一拍おいて、


『わかっているのですか。彼は、”悪魔島”にゾンビ病をばらまいた人間なのですよ。何千人もの人間を死なせた男なのです。……血には血を用いて報いねば』

「…………………」


 そう言われてしまうと、その通りかも知れない。


『それに一点、我々は、大きな成果を得ています。――見てください。彼の姿を。……変化が解けていない。彼はやはり、マツバラ・ヒョウゴではなかった』


 言われてみれば、――確かに。


「つまりこいつは、……兵子のふりをした、何者かだったということか」

『ええ』


 そういえば、すっかり忘れていた。

 ”異世界転移者”は、自身の無力さをよく知っている。だからこそ、どのようなことでもする連中だと。


 となると、敵は確実に、こちらを何らかの罠に嵌めようとしていたことになる。

 ワトスンの仕事は、英断だった。


 狂太郎はしばらくの間、その事実を受け入れるのに苦慮したのち、


「……まあ、いい。とりあえず二匹とも、”ブック”の中に戻れ」


 と、ヴィーラとワトスンに命ずる。

 モンスターたちは素直に命令に従って、その身を本の中へと滑り込ませていった。


「すまん、チーフ。まさかぼくも、こんなことになるとは」


 気まずく頭を下げると、ディ・シティのチーフはなんだか、ふやけた親指のような顔をして、


「……うーん。まあ、やってしまったことは仕方ないな」


 と、殺人事件に居合わせたにしては、割と冷静に応える。


「……こいつがその、――一連の騒動の犯人で……間違いは、ないのかな?」

「わからん」


 狂太郎は、率直に言う。


「だが、多分そうだろう。こいつが”転移者”なのは確実なんだから」

「そっか」


 そこでチーフは、浅く呼吸をしながら、男の懐を探ろうとする。


「あ。……気をつけろ! ”転移者”はときどき、服に毒針を仕込んでいることがある。下手にポケットを触るのは、危険かも知れない」

「なんと。そこまでするのか、こいつらは」

「ああ。ぼくも一度、罠にかかったことがある」

「よし、わかった。――ケツァル! 頼む」


 すると、懐に隠れていた一匹の蛇が飛び出して、チーフの代わりに死体を探る。


「モンスターなら、人間の攻撃を無視できるはずだ」


 なるほど。便利なやり方だ。


 やがて、ケツァルと呼ばれたモンスターは、死体のポケットからポケットを這い回り、その中にあったものを順番に引っ張り出していく。

 すると、……出るわ出るわ、物証の数々。

 その中に、『ゾンビ毒です。取扱注意』という実にわかりやすい薬瓶を発見して、狂太郎たちは思わず、嘆息した。


「これで、間違いないな」

「ああ」

「”悪魔島”でのテロと、ゴレムン殺害の一件は、この男が犯人だった」

「そうだな」


 思えばこの男、大したやつだった。

 話術一つで、敵の人材をまるごとかっさらおうとしたのだから。


「……これから、どうする?」

「通常、モンスターを使った殺しは、その契約者が裁判にかけられる決まりだが、――とりあえず、ここでのことは気にしなくて良い。ワタシが証言しよう」

「助かる」


 良くしてくれている、……というよりは、彼なりに察しているのかも知れない。狂太郎を、この世界の法律で縛り付けるような真似はむしろ、トラブルを招くだけだと。


「それでは、……悪いんだが、案内状にあったとおり」

「わかってる。推薦状がほしいんだろ? それに関しては、一晩待ってくれ。あれは手書きじゃないと駄目な決まりだからさ」

「何から何まで、すまん」


 狂太郎が頭を下げると、チーフは苦笑した。


「いーっていーって。――その代わり、頼むよ。この世界のこと。ワタシはまだ、人生に未練があるんだ。たっぷりね」



 そして一晩、狂太郎はイー・シティでの滞在を余儀なくされた。

 為すべきこともなく、ただ待つだけの夜だ。

 とはいえ、狂太郎にとってそれは、必要な休息であったといっていい。

 ここのところ彼は、根を詰めて動きすぎている。

 そろそろ、長丁場の仕事に備える必要があった。


 以前も少し書いたが、長期にわたって不慣れな世界での冒険を余儀なくされる”救世主”は、ストレスと友だちにならなければならない。

 彼らは、望めばいつだって、残酷な仕打ちに手を染めることができるのだから。


 狂太郎はその日、宿を取った後、20時間ほど死んだように眠って、旅に出る英気を養う必要があったという。


 たっぷり食事を摂って、風呂と有料のマッサージ施設(※15)なんかで気力を回復したりして。


 そうして狂太郎はようやく、ワトスンを呼び出した。


『なんでしょう、人間マン。私の初めての友だち』


 そこで狂太郎は、「誰かを叱るって、どういう感じなのかな」と思い悩んだ後、


「なあ、ワトスン。ぼくの初めての……ロボットの友だちよ」

『はあ』

「きみには一つ、言っておかなくちゃいけないことがある。……なるべく、人間を傷つけないでくれって話だ」

『先日の、普通の男オーディナリーマンを撃った件、ですか?』


 自分でもわかってるじゃないか。


「知っての通り我々は、きみらモンスターよりもか弱くて、死にやすい。だからできれば、人間の脳みそを《ビーム》で焼きたくなった時は、一言ぼくに断ったあとにしてくれないか」

『……ふむ』


 ワトスンは、アイカメラを天井に向けて、しばしふわふわした後、


『それ、あなたが眠っている間、ヴィーラ嬢にも注意されました』

「なんて?」

『「正直、引いた」とかなんとか』

「それだ。ぼくもそう思った。正直、引いたよ」

『しかし、何故です? 私の行動は、全て正しかった。いまでもそう思っています。恐らく、もう二、三分交渉を長引かせていたら、殺されていたのは狂太郎さん、あなたの方かもしれません。です』


 今日だけで二度目となる、「説得する言葉を持たない」案件だ。

 公平に言って、ワトスンの意見には、はっきりした正当性がある。

 だが、狂太郎は究極的に、このように思っていた。


――誇りのない人生を送るくらいなら、虫けらのように死んでしまった方がいい。


 それが、チートスキルを与えられた者の義務である、と。

 自重を忘れた”救世主”は化け物に早変わりする。

 あるいは”救世主”の仕事には、明文化されたルールブックが必要なのかもしれない。


「……………………………」


 とは、いえ。

 この感情を言葉で説明するのは難しい。


「理屈じゃないんだよ、相棒」

『いいえ。全ては理屈でございます』


 頭を抱える。

 この頑なさが、良くない方向に転ばなければいいのだが。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※15)

 「もちろん健全な奴だぞ」、とのこと。

 ヨシワラに行って以来、狂太郎は妙にそのことを強調したがる。

 女遊びもたまになら、物語のアクセントになるかもしれないのに。


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