297話 普通の男
ガキの頃、みんな一度は思うんだよな。
「サモナーチャンプに、俺はなる!!」
ってさ。
仲良しのモンスターと一緒に冒険して、色んな人と出会って、……そんで、バトルの賞金で、でっかい部屋を借りてさ。毎日毎日、街で配られるタダ飯じゃねえ、豪勢な酒と料理を喰らって、楽しく暮らすわけ。
そういうのを夢見てたけどさ。結局、現実はうまくいかない。
気づきゃあチンピラ同然の暮らしを余儀なくされていてよ。
そりゃあもう、毎日毎日、弱そうなサモナー探してはカモにするしかない日々だった。
そんな、ある日のことさ。”ランチャー団”と出会ったのはな。
”ランチャー団”には一つ、でっかい夢っつーか大義っつーか。
しょーじき難しいことはわかんねーけど、そーいうもんがあった。
俺たちの大義?
単純さ。
世界中に存在する強いモンスターとの契約を”ランチャー団”が独占して、みんなは弱いモンスターとだけ、契約してもらうって寸法よ。
そしたらみんな、平等な暮らしができるはずだろ?
俺たちみたいなのが国のリーダーやってた方が、きっと幸せなはずさ。
……へ? ぜんぜんそうは思わない? そうかなあ?
まあ、当時の俺たち、色んなことをして回ったもんさ。
ちょうど、さっきあんたにしたみたいに、レベル上げ地点を独占したり、――強力なモンスターの住処に張って、通行料をせしめたりな。
でも、そんな日々も長くは続かなかった。なんでって? そりゃもう、あの恐ろしいクソガキ、スカーレットのせいだよ。
あのガキ、ある日突然現れて、俺たち”ランチャー団”を壊滅にまで追い込みやがった。
まるで、道ばたの小石を払いのけるみたいにな。
「月給出ないなら、こんなことやってられねー」っつって、仲間もちりぢりになっちまった。
そんで、数年経って、……いまから、一ヶ月くらい前のことかな。
あの、奇妙な男と出会ったのは。
俺たち”ランチャー団”の残党はそのころ、日々を生きてくのがやっと、って感じの状態だった。
道行くサモナーに勝負を挑んでは、……勝ったり負けたり、引き分けたり。
はっきりいって稼ぎとしては、全員の賞金合わせても、まるで活動資金には足りてなかったよ。
だってそうだろ? 俺たちゃ自慢じゃないが、平均くらいの実力しかねえ。つまり、バトルで勝てるかどうかは五分五分がいいとこ。だってのに、勝負を挑んだ側の支払いの方が多くなきゃいけないってお国の命令でさ。
もちろん、街に行けば無料の宿泊施設と食いもんがあるけどよ。
生きるってさ。衣食住だけじゃあ事足りねえだろ。
俺だってときどき、酒を飲みてえ。枕も買い替えたいし。新作アニメのデータ・ディスクだってほしいし。
え? 大義のためなら、それくらい我慢しろ?
無茶言うなよ。アニメは大義よりも重要だろ。
……まあ、とにかく。
俺たち、すっかり参っちまってた。
そんなある日のことさ。
あの男と出会ったのはね。
イー・シティの街角に、俺たちがよくたむろしてる、しょぼくれたBARがあったんだ。そこで、奇妙な男と出会った。
あいつは……そうだな。
別に、ここで話す情報すらないくらい、目立たないやつだ。
”
髪は黒で、目の色も黒。頭が禿げ上がっていてて、なんだか少し、疲れたような顔をしていたな。
強そうだったかって? やつのモンスターが? ……ああ、本人が、かい?
普通かな。たぶん殴り合えば、俺とどっこいどっこいってとこじゃないか? 別に、試したわけじゃないから知らんけど。
そいつは、馴染みの席に座ってくだ巻いてる俺たちに、こう話しかけた。
「金次第で、なんでもやるやつを探してる」
ってさ。
俺は、……どう答えたっけな。
たしか、ちょっぴり酔っ払って、こう答えたはずだ。
「金をもらってなんでもしない奴なんて、この世にはいないさ」
って。
ちょうどその時、テレビ番組でコメディアンが、ワザビを口いっぱいに頬張ってたところだったからね。
そしたらそいつ、俺の言葉にちょっと笑って、
「みんな、そうだったら楽なんだが。この世の中は、金と、女と、酒で動かないやつもいるんだ。――何を隠そう、俺の敵は、そういうやつでな」
ってさ。
「性欲、食欲、睡眠欲。それら全ての欠乏を、よりよく解決できれば、世の中は万事うまく治まるものさ。それ以外に人生の意味を見いだそうとするのは、生命への侮辱だ。そうは思わねえかい?」
そんで彼は、どすん、と一万ゴールドが詰まった革袋を放り出した。
「これは前金だ。受け取れ」
って。
その後は、さっきあんたに話した通りさ。
――この後、とある場所に、とある男が現れる。
――きみたちには、その男の捕縛をお願いしたい。
――成功報酬は、500万ゴールド。
当然、俺たちは最初、納得しなかった。
なんでそんな真似をしなくちゃならんのかってさ。何か裏があるんじゃないかって。
すると野郎は単純に、こう答えたんだ。
「俺の仕事の、邪魔になるから」
って。
鼻で笑ったね。嘘だと思ったんだ。500万ゴールドも支払って取り除くのが、たった一人の邪魔な人間って。
その金がありゃ、もっとデカい組織の連中だって動かすことができそうなもんなのに。
下手すりゃ、チャンピオンだって動かせるんじゃないか、って。
だが、彼は笑ったんだ。「やつを始末できるなら、五百万は安い」って。
なにせ、――
「あいつは、俺の仕事を侮辱した」
だ、そうだ。
その時はなんとも思わなかったが、――よっぽど個人的な恨みがあるんだな、と思うよ。
だってそいつの目、ずいぶんと血走ってやがったもんな。
そんなこんなで俺たち、ここんとこずっと、この辺りを見張ってたってわけ。
金色の可愛いドラゴンが棲む、この、綺麗な湖の……湖の……。
……。
………………。
………………………………。
あれ?
この辺、なんでこんな、殺風景な感じになってるんだ?
っていうか、ちょっとおかしくね?
真っ黒……っていうか……え……えっ。
嘘だろ。
怖っ。
▼
と、そこまで情報を聞き出した狂太郎は、無言で立ちあがる。
――”
特徴らしい特徴のない、語るべき要素の少ない男。
――敵は少なくとも、こちらの動きを、ある程度把握でいる立場にいるらしいな。
厄介なのは、……奴の手がどこまで長いかはわからないため、どこまで動くのが安全牌かわからない点にある。
つまり、ここから先へ進むのは、常に賭になる、が。
「わわ。わわわわわわ! ど、どうなってんだ、この辺! おかしいぞ!」
そこでようやく、《無》の影響から解き放たれたらしい”ランチャー団”の面々が悲鳴を上げ始めた。
「落ち着け」
狂太郎は、斬りつけるように鋭い声で言って、
「敵を放っておくと、こういうことが世界中で起こりうるということだ。それが厭なら、ヒントになる情報をもっとくれ」
半分、口から出任せみたいな説得だったが、
「え、……ああ……」
男は引きつった表情で納得して、最後に一つ、このようなことを言った。
「そ、そ……そうだ! あいつ、秘密の合い言葉を教えてくれた!」
「なんだ」
「『この門をくぐるもの、一切の望みを棄てよ』って」
「なるほど。――合い言葉は、どのように使う?」
「わ……わからん!」
「はあ? わからんって……」
「向こうから連絡があるときは、このワードを合図にするってさ。……有名なのか? この言葉」
答える必要はない。
代わりに狂太郎は、
「ねえ、きみたち。悪いことは言わないから、今日、これっきりで、このことに関わるはやめにするんだ。――たぶんここから先は、地獄が待っているから」
と、答えた。
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