296話 ファンブル

「さて、と」


 狂太郎はまず、ぐにぐにと腕をストレッチしながら、《すばやさ》を起動する。

 その後、フレックスカフ(※13)で彼らの両手両足を拘束し、それぞれ《ブック》を奪い取った状態にして地面に転がした。

 いま、暗闇の中でぽっかりと浮いているように見える四人に向かって、狂太郎は宣言する。


「悪いが、こっちも時間がない。質問に答えてもらうぞ。――きみらの依頼人の外見的特徴、などなど。気づいたこと全てを」


 だが、返事はなかった。

 悪党どもはそれぞれ、苦悶の表情で狂太郎を見上げるだけだ。


 狂太郎は嘆息して《天上天下唯我独尊剣》を抜き、……彼らのうちの一人、ジャックを使役していた男の太ももに当てる。

 男は、挑むような目つきでこちらを観るだけで、無言だった。


「誓って言うが、先ほどぼくがいった話は事実だ。きみらの依頼主はたぶん、ろくなやつじゃない。忠誠を誓うような相手じゃないぞ」

「…………」

「ぼくは、きみを殺したりはしない。だが、足の腱を切って、二度と自分の力で立てないようにしたって構わないんだぜ」

「ひえっ」


 男が、ぎょっとして身じろぎする。

 顔面が、脂汗でびっしょり濡れて、こちらをじっと見つめた。呼吸が浅くなり、歯の根ががちがちと合わなくなる。


――この、感じ。


 狂太郎は知っている。

 これは、覚悟が固めたが故の感情の爆発である、と。

 やはりこの男、命を捨てている。

 考えてみれば、当然かもしれない。《フォース・フィールド》内にいたのは、この男だけだ。と、最初から覚悟が固まっていたのだろう。


「やれやれ。参ったな」


 狂太郎が深く嘆息していると、いつの間にかよし子が隣に立っていて、


『ハロー、マスター(^^)』


 と、鋼鉄の顔面をこちらに向けた。


「どうした?」

『モシ オコマリノ ヨウナラ。ワタシガ《言いくるめ》ヲ、ココロミマスヨ?(*^^)』

「なんだ、《言いくるめ》って」

『55%ノ、カクリツデ、アイテカラ、ジョウホウヲ、ヒキダシマス。(^_^)v』

「……情報を、引き出す? 強制的に?」

『ハイ(^^)』


 それ、死ぬ覚悟の定まった相手に、通用するものだろうか?


「まさかとは思うが、暴力に訴えたり、とかは」

『シマセンヨ(^^;』

「そうか。では、試してみてくれ」


 もし彼女の言葉が事実なら、とんでもない能力だ。ほとんど洗脳レベルではないか。


『デハ、イキマース。(·∀·)』


 そして、からから……からん……と、何かが転がるような音がして(※14)、


『アッ、アッ、アッ! シマッタ!(><)』


 と、金切り声が上がる。


「どうした?」

『ファ、ファ、致命的失敗ファンブルガ デチャッタ!( ノД`)』

「……すると、どうなる?」

『コウナリマス。( ノД`)』


 そしてそのメイドロボは、わざとらしくその場でたたらを踏む。


『オットット……。^^;』


 そのまま、よし子は倒れている男の顔面を、踏み潰す――


「――ひっ……」


 その一瞬前に、《すばやさ》を起動した狂太郎が、彼を救った。

 救った方も救われた方も、そろって顔面を蒼白にして、


「何をする!? きみみたいなのに踏みつけられると、死んでしまうぞ!」


 すると少女は、なんだか哀しげにこちらを見て、


『ワルギハ、ナカッタンデス。致命的失敗ファンブルガ、デタノデ。(;▽;) 』


 のちのち確認したところ、どうやら彼女のスキル、強力な反面、5%の確率で”ファンブル”という現象を引き起こし、予期せぬ不幸をもたらしてしまうらしい。


 5%。

 正直、深刻な状況下で使うには、無視できない確率である。


――彼女の利用には、失敗のリスクがつきまとうな。


 早いうちに気づけてよかった。


『ワタシ、シバラク ハンセイシテマス……。(*_*)』


 よし子、がっしゃん、がっしゃんと音を立て歩き、ちょっと離れたところで三角座り。


「悪い子じゃないようだが……」


 と、その辺りで、”ランチャー団”の一人が口を開いた。

 チヅコを使役していた、女性サモナーだ。


「……なあなあ、みんな。この人やっぱり、嘘を吐いてるようには見えないよ。いっそ全部、話してしまわないかい?」


 すると、残った二人も、一斉に口を開く。


「そういう訳にはいかないだろ。前金をもらってるし」「だからその前金は、無駄金になりそうってことだよ」「なんで?」「世界が滅びたら、お金の使いようがないだろ」「世界が滅びる? それ本当か?」「わからんけど」「このおっさんが嘘を吐いてるようには見えないのよね」「ってことは、このおっさんは正義の味方ってことじゃないか?」「え」「それはまずいんじゃないか? だってさ、ずっと昔から、正義の味方と俺たち、敵同士だったじゃん」「まあ、私たちは悪者だからね」「だったら、手伝わない方が良いんじゃね」「……いや。どうだろう。でも私たち、世界を滅ぼす手伝いがしたい訳じゃないし」「どういうこと?」「ええとつまり、私たちは正義の味方じゃないけど、それほどの悪者でもない、っていう?」「ふーむ。つまりどういうこと?」「私らが3とか4の悪者だとするなら、あの依頼人は10の悪者だから、同じ悪者でも仲間じゃない、的な」「チョット待て。もっと混乱してきた。俺たちは悪者だから、悪者らしく振る舞わなきゃ。1とか10とか関係なく、悪の味方をしなくちゃいけないんじゃないのか?」「いやだから、悪っていっても、いろいろと段階があって……」


 なんだかコイツら、一周して哲学的なレベルの話をしていないか。

 一瞬、口を挟むべきか迷ったが、結論はすぐに出た。

 トボけたやり取りの末、女性”サモナー”がこう言ったのである。


「つまり私たちは、私たちが得になるよう、最高に楽しくなるように動けばいいってこと!」


 この意見には、その場にいる仲間たちも口々に賛同した。


「でも、どうすればそうなる?」

「世界を滅ぼすような奴の味方をしない」

「だが、あの依頼人がとは限らないぜ」

「いや。たぶんそうだよ。このおっさんの言葉は正しい。だって……あたしらみたいな木っ端悪党への依頼として、数百万ゴールドはいくらなんでも高すぎるもの。小さな国なら、一つ買えるくらいの値段だ、それ」


 そこでようやく、この素朴な悪党どもは、一つの結論に行き着く。

 ひょっとすると自分たちは、騙されたのではないか、と。


「なるほど」

「うむ」

「そういうことだったのか」


 彼らはころころと寝返りを打って、狂太郎に向き直る。

 そして、ジャックザリッパーのサモナーが、言った。


「わかった。全部話そう」

「……納得してもらえたようで、何よりだな」

「だが!」


 男は、ひげ面を歪めて、ぴしゃりと言う。


「ぜんぶ素直に話す代わりに、条件がある。――俺たちの《ブック》を返してくれ。……頼む。アレがなければ、どうせ俺たちは生きて帰れない」


 すると狂太郎は、すでに彼らの枕元に並べていた《ブック》を指し示し、


「もう返してる」


 と、言う。


 その時だった。

 がっしゃん、がっしゃんと音を立て、よし子が戻ってきたのは。


『チョット、ジカンガ、タッタノデ。モウイッカイ、《言いくるめ》デキマス。ヤリマスカ?(*゚▽゚)ノ』


 すると、その場にいた四人が恐怖に身をよじらせる。

 狂太郎は慌てて言った。


「いや。いい。きみはもうしばらく、その辺でぼんやりしておいてくれ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※13)

 アメリカの刑事ドラマとかでときどき使われている、樹脂製の使い捨て手錠。

 調べたらAmazonで普通に売ってたので、大人買いしたらしい。


(※14)

 狂太郎は気づかなかったがこの音、さきほど《こぶし》を使用した時もしていたようだ。

 本人にのちに聞いたところ、『ダイスを振ったときの音』とのこと。


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