295話 メイドロボ・よし子

 黒、黒、黒。

 一面の暗黒。

 滝の音涼やかな”ゴールデンドラゴン”の住処は、丸ごと消失してしまった。

 いま、ここはただ、――”なぞのばしょ”、とでも言うべき空間に成り果てている。


「…………ふむ」


 狂太郎は一時、天を見上げた。

 ただただ、暗闇が広がっているだけの空を。

 ほんの一瞬前まで、青空が広がっていたはずの、その場所を。


「ああ。この現象を引いてしまったか」


 渋い表情で、後ずさり。

 《無》は、その場に存在する様々なものに異常な影響を与える。何か、役に立ちそうな異常現象を引ければ、状況を打破することができると思ったのだが。


 振り向いて”ランチャー団”の面々を見ると、その辺りから光源がまったく消失しているにも関わらず、彼らの姿だけ、陽に照らされているかのようにくっきりと見えた。


 なお、これほどの異常事態が発生しているというのに、彼らの表情に変化はない。おかしなことが起こっていると、認識すらできていないのだ。


――しかし、これだと……。


 狂太郎は改めて、進行方向に手を伸ばす。《フォース・フィールド》は消えていない。


「参ったな。無駄なことをしたか」


 小声で呟いて、もう一度を使うべきか迷う。あまり気は進まないが……。


 と。


 そこで狂太郎は、《フォース・フィールド》の向こう側にもう一つ、《無》の影響を受けたと思しき、不可思議な存在が顕現していることに気がついた。


 魚人を思わせる、丸くて大きい目。

 特徴的な頭部からにょっきりと生えた、昆虫めいた二本の触覚。

 服装は、ボディラインにぴったりと張り付いたような、そんな奇抜な格好だ。

 そのがこちらに気づくと、彼女は口をぱくぱくと開閉し、甲高い声で話し始めた。


『ワタシハ、よし子ト、イイマス。m(_ _)m』


 口を開け閉めするのは、声を発するのにそうする必要があるからというより、その方がより人間っぽく見えるからそうしているだけ、というような感じ。


 狂太郎は、この不可思議なモンスターの正体を知っている。


――こいつ……メイドロボか。


 しかも、かなり不出来なデザインのロボットだ。1990年代の流行だった”萌えキャラ”の記号的なデザインを、そのまま三次元に投影したような姿をしている。


――参ったな。妙なモンスターを口寄せしてしまった。


 あるいは、もう一つ可能性がある。

 狂太郎はいま、この場に彼女を産み出してしまった。

 もしそうなら、その責任は狂太郎にある。


「ええと、――よし子さん。きみ、どこからきたの?」

『フト キヅケバ、ココニイマシタ。ッテカ ココドコ? ッテカンジ。(^o^)』

「家は?」

『アリマセン。(^_^)v』

「家族は?」

『イマセン。(*_*)』

『帰るべきところは?』

『フメイ デス。(;_;)』


 狂太郎は、眉間をぐにぐにと揉む。


「ってことはつまり……身寄りはないってことか」

『ソウ ナリマスネ。^^;』

「それでは、仕方ない。きみ、ぼくと契約しないか」


 おずおずと、訊ねる。

 すると彼女は、カシャ、カシャ、と、まるでカメラのシャッターを切るような音を立てて瞬きしたあと、


『アラ。ダイタンナ コクハクデスコト!(〃▽〃) 』

「ん? ……う、うん」

『ワタシ、ホントハ、ミモチガ カタイホウ ナンデスケド……マ、イイデショ。( ´艸`) 』

「ありがと。それで、悪いんだが、この見えないバリアの向こう側から、ぼくを手助けしてくれないか?」

『オテツダイハ、メイドノ、ホンブンデス。ε=┏(·ω·)┛』

「よしわかった。ところできみ、レベルはいくつだ? 覚えているスキルは?」

『レベル……? チョット ナニイッテルノカ、フメイ。( ๐_๐)』

「おや。レベルに聞き覚えがないのか?」

『ハア。(°A°`)』


 あるいは。

 彼女、この世界の住人ですらない可能性がある。

 狂太郎は少し顔をしかめて、傍らにいる”ドローン”族の相棒に、声をかけた。


「なあ、ワトスン。目の前のこの……不思議なモンスターに、《スキル鑑定》を頼めるか」


 すると彼、数秒の間を置いた後、


『……え? ……ええと……あ、はい』


 と、ずいぶんらしくない態度で、応えた。

 無理もない。”ミーム汚染”の影響はこの、”メイドロボ”よし子にも働いている。恐らく狂太郎が指摘しなければ、よし子の存在すら認識できなかっただろう。


『ただいま……お待ちを』


 ワトスンの目が青く輝き、《スキル鑑定》が発動する。

 《ブック》を通じて彼女の能力を確認したところ、そのステータスは以下のような内容だった。


『個体名:よし子 性別:♀ 種族名:メイドロボ 属性:???

 契約者の言うことをなんでも聞いてくれるメイド型ロボット。

 B:99.9センチ、W:55.5センチ、H:88.8センチ。身長は167センチ、体重は50キログラム(峰不二子と同じ)。

 家事全般が得意で、料理の天才でもある。好きなことは人に喜ばれること、苦手なことは運動。

 太陽光発電で動くため食事などは必要ないが、食事をすることでもエネルギーを蓄えることが可能。


 STR:16

 CON:13

 POW:13

 DEX:12

 APP:9

 SIZ:8

 INT:17

 EDU:11

 年収:900万

 財産:4500万

 

 覚えているスキル

 《言いくるめ》:55

 《応急手当》:60

 《聞き耳》:75

 《製作:料理》:55

 《目星》:40

 《ナビゲート》:66

 《こぶし》:80

 《回避》:24

 《マーシャルアーツ》:80

 《変装》:31』


 この結果にはワトスンも、目を疑っていたようだ。


『……なんでしょう、これ? こんなステータス、見たこともない』

「細かいことを気にするな。頭がおかしくなるだけだ」


 《無》によって発現する現象は、はっきりいって予測が付かない。狂太郎がこれの多用を避けるのは、そうした理由のためだ。


「では、よし子」

『ハアイ。(^^)』

「そこにいる着物を着たモンスターに、《マーシャルアーツ》と《こぶし》だ」

『オーケー。イリョクハ、1D3×2ニ、ナリマス。ヨロシイデスカ?ヾ(*`Д´*)ノ"』

「……うん。それでいい」


 許可を出すと、ロボはがっしゃんがっしゃんと間接を鳴らしながら、”チヅコ”と呼ばれていたモンスターへと接近。――そして、その横っ面を、鋼鉄の拳でぶん殴る。


『オラァ! クタバリヤガレェ!(`_´) 』


 どぐしゃ、と肉を打つ音が響き渡り、チヅコは空中を三回転半し、漆黒の大地に倒れ伏した。


「――――――――!?!?!?!?」


 そこでようやく、その場にいた全員が、よし子の存在に気づく。

 彼らは一様に目を見開いて、この――いかようにも名状しがたい敵に驚いた。


「なっ、なんだこいつ!? いつの間に!?」


 そう言われても、残念ながら狂太郎自身、その答えを知らない。

 慌てた”サモナー”たちが、それぞれ叫ぶ。


「……くっ! ケイシー、《念動力》!」

「ノストラダムスもそれに続け!」


 だが、これには狂太郎の対応の方が早かった。


「よし子、《回避》!」

『ハアイ。(^^ゞ』


 ちなみに狂太郎自身、彼女の覚えているスキルの効果をしっかり理解して命じているわけではない。だが、よし子は狂太郎の思惑以上に立派に戦った。


 彼女は、モンスター二匹の攻撃をひょいひょいと回避し、――そして、ケイシーとノストラダムスの顔面にそれぞれ、一発ずつパンチをお見舞いしたのである。


 結果的に彼女は、全てのモンスターをワンパンで叩きのめしたのだった。


『イエーイ。(^^)』


 その戦闘力は、規格外、と言って良い。

 狂太郎はなんだか、不正に強キャラを獲得したような気分になって、ちょっぴり後ろめたい気分になっている。


 もちろん、――そんな気分など、この世界の平和に比べれば屁でもないが。


 狂太郎は苦笑いして、あまりの出来事に震え上がっている”ランチャー団”の面々に向き直った。


 彼らにはいくつか、聞くべきことがあるのだ。


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