294話 脱出手段
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおーんっ! ジャックぅー!」
男が駆けよって、ミイラ男を直接、《ブック》の中へと戻す。
狂太郎もそれに習ってヴィーラを休ませて、代わりにワトスンを呼び出した。
周囲を取り囲む三匹のモンスターは、《フォース・フィールド》とやらを展開するのに精一杯、という感じ。
「うううう、うううう………すまん、俺がふがいないサモナーなばかりに……」
「……友情ごっこも結構だが、こちとら急いでる」
そして、打ちひしがれている男を引っ張り起こして、
「もう、そっちに手持ちのモンスターはないんだろ? さっさとぼくを解放しろ」
と、少しキツめの口調で言って、睨め付ける。
「それとあと、依頼者の名前を言うんだ。誰が、ぼくをここに留まらせるように命じた? それを教えれば、命だけは助けてやる」
一度でも狂太郎と会ったことがある者ならわかるのだが、他者を威圧している時の彼は、怖い。般若面のような顔をする。きっとこの時も、そういう顔をしていたに違いない。
「う、う、うううううう…………」
男は、顔をくしゃくしゃにして、――やがて、言った。
「こ、殺せ! 依頼人を売ってまで、生きながらえたくないっ」
「――何?」
そのようなセリフが飛び出すとは思わなくて、少し意外に思う。
「よくわからんが、……そこまで忠誠を誓わにゃならん相手かね、きみの依頼主は」
「前金をもらった恩がある! 一万ゴールドも、だ!」
「ふむ」
金、か。
はっきりいって、狂太郎のような異世界人にとって、その世界の”金”は、宿と食事を得るために使うチケットに過ぎない。
眉を段違いにしていると、そこに軽蔑の感情を読み取ったらしいその男が、叫んだ。
「それに、……成功報酬は、その比じゃないぞ。五百万ゴールドだ……この金があれば、組織を再編することができる! そういう金だ。俺一人の命くらい、吹けば飛ぶような金なんだ」
「ふーん。ぼくは、ぜんぜんそう思わんがね」
目を、逸らす。
もちろん、狂太郎だってわかっている。
お金は大切だ。時に金銭は、命より価値が重い。
特に、文明が未発達の世界においては、物質の価値が重要視される。香辛料の一袋が、人間の命の価値を簡単に上回ってしまうのだ。
だが、――それでも。
この仕事を続けていると、特に思う。
命とは、無限の可能性である、と。
「命を無碍にするのは、バカのすることだ。次のチャンスに頼った方が賢明だぞ」
「ふん。そうやって、先へ先へと見送って、人生を棒に振るやつを山ほど見てきた」
「…………………」
狂太郎は、渋い表情で男の《ブック》を奪い取り、それを遠くへ放り投げ、――辺りを包囲する”サモナー”たちに告げた。
「きみたちはどうだ?」
彼の喉元に、《天上天下唯我独尊剣》を突きつけて。
「このままだと、――仲間が死ぬぞ」
だが、ランチャー団員たちは神妙な表情のまま、言葉を発しない。
「では、十数える。それまでに《フォース・フィールド》を解除しない場合、すぐさまこの男の首を刎ねる。いくぞ……一、二、三、四……」
すると、ランチャー団の一人が叫んだ。
「わ、私たちは! どうしても金が要るんだ! 滅びた組織の復興のために!」
「知らんがな」
狂太郎は呆れて、「五、六、七」と、カウントを開始。
そのまま、三人は、苦しそうに下を向く。それぞれ皆、「組織のためだ」と、小声で自分を納得させながら。
狂太郎は嘆息して、
「八、九……」
とまで数えた後、――その後のカウントを、止めた。
「きみらの依頼人は、きみらが命を張るほど、価値のあるやつじゃないんだよ」
そう言って剣を《マジック・ポケット》にしまい、すたすたと見えないバリアが張られている地点へ向かう。
「さて……」
同時に、バリアを張っているチヅコ、ケイシー、ノストラダムスが身構えた。
このまま《フォース・フィールド》を攻撃し続ければ、破壊することは可能だろうか。
――いや、それはたぶん、難しいだろう。
狂太郎本人の攻撃は無効。ワトスンの力を借りたとしても、モンスター三匹分の魔力を削りきるのは難しい。
かといって、この場に留まり続けて、”依頼主”の手にかかる訳にもいかない。
「やむを得ないな。……あれを使うか」
そして狂太郎が取りだした、最後の手段。
それこそが、――《無》だった。
かつて、『ファイナル・ベルトアース』の世界にて発見した、異界取得物である。
しかし狂太郎は、これを使うに当たって、少し懸念があった。
かつてローシュは《無》について、こう説明している。
――よくわからない”何か”を引き起こすアイテム。
と。
つまり、これの使用には多大なリスクが伴うのだ。
《無》は、あらゆる”バグ”を意図的に発生させる力を持つ。
この”バグ”は、――《無》の所有者である狂太郎も、制御することができない。
「さて。うまく作用してくれるといいんだが」
狂太郎は、じっと《フォース・フィールド》を眺めた。
《無》を脱出に利用できるかどうかは、五分五分、――いや、二割もあれば良い方か。
まず、根本的な《無》の欠点が、一つある。
これを使用すると、ある種の”ミーム汚染”が発生することがある、ということ。
”ミーム汚染”。
”精神汚染”あるいは”常識改変”と言い換えても良いだろうか。
かつて狂太郎も、『ファイナル・ベルトアース』で経験がある。あの時は、自身を14歳の少年だと思い込む羽目になった。
その際、彼が目にしたはずの中年の身体や、つんつるてんな学生服などはまるで意識の外に追いやった上で、だ。
正直、狂太郎は、”ミーム汚染”の恐ろしさを、死と同等に感じている。
基本的に、”ミーム汚染”の影響は、時と共に癒えるものだ。
しかし一度でも《無》の影響を受けた異世界人は、のちの人生を狂人として過ごす羽目になってもおかしくない。その世界の常識では考えられない事態に見舞われたことには変わりないのだから。
狂太郎は、少しだけ迷った後、
「はっきりといっておく。きみらが護ろうとしているやつは、……悪魔だ」
と、その場にいる全員に告げた。
「取引の時、報酬の交渉が、ずいぶんとぞんざいじゃなかったか? それもそのはずだ。そいつにとってこの世界の金は、紙くずと同じなんだよ。……なにせそいつは、――この世に終焉をもたらすものなんだからな」
そう宣言すると、――ジャック・ザ・リッパーの使い手だった”サモナー”が、不思議そうな表情を向けた。
「終焉……? 何言ってんだ、おまえ」
「まあ、信じてもらわなくても結構。一応、何も知らないまま犠牲になるのは気の毒から、一応そう教えてあげたまでだ。……悪いことはいわん。今後一切、”異世界転移者”とは関わるな」
「いせかい……?」
答えず、狂太郎は《無》を使用する。
”使用する”、といっても何か、天へ掲げたり、どこかへ向かって投げてみたりする訳ではない。
一時的にとはいえ《無》を所有したことのある筆者にはわかるのだが、《無》はただ、「やるぞ」という意志さえあればその効果を発動させるのだ。
その時、彼が《無》を起動したのは、ほんの一秒だけ。それだけだった。
それ以上やると、たいていろくでもないことが起こるとわかっていたのだ(※12)。
「………………よし」
呟く。
辺りの雰囲気は、特に変化がない。
”ゴールデンドラゴン”の住処。
”ランチャー団”四人の男女。
そして、敵対する三匹のモンスターと、《フォース・フィールド》。
狂太郎が、進行方向にそっと手をかざす。見えない壁が、行く手を遮る。
――失敗かな?
そう思った、次の瞬間だった。
突如として、世界が暗転する。
この世から、光が消えた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(※12)
狂太郎曰く、下手な使い方をすると、その辺一帯が「不条理系ギャグ漫画みたいになる」らしい。
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