293話 格下狩り

 正直に言って筆者は、これ以上”ジャックザリッパー”との戦闘を書くのは気が進まない。

 というのも、ヴィーラのレベルは18。ジャックのレベルは15というこの戦闘、はっきり言ってすでに、格下狩りの様相を呈していたためだ。

 この戦闘がヴィーラの勝利で終わることは誰の目にも明白だし、――実際、


 物語を書くに当たって、どう考えても勝つに決まっている勝負を微に入り細に入り描くというのは、少し気が滅入る作業である。

 だから単純に、私はこの後、こう書きたかった。

 ジャックとの戦いは、ちょっとした攻防ののち、ヴィーラの勝利に終わった、と。


 とはいえ今回の勝負は、仲道狂太郎くん自身による特別な要請でもって、ほんの少しだけその描写を詳細に行いたい。

 というのもこの敵、――狂太郎がすこし感心するほど、のである。


 《水系魔法Ⅱ》を顔面に受けたジャックは、頭の一部が物理的にヘコんでいるような状態で、とても生きているようには見えなかった。

 だがそれでも、彼はむくりと起き上がり、


『よ、………よくも……よくもっ! 殺して辱めてやるッ!』


 いかにも悪役っぽい、不穏な台詞を吐く。

 すぐさま、二人の”サモナー”は叫んだ。


「ヴィーラ。やつに《水系魔法Ⅱ》を、もう一度」

「ジャック! 《雲隠れ》のあと《縮地》!」


『――!』


 瞬間、ジャックの全身から、しゅーっと煙が出現。すぐさまその場から姿を消す。ヴィーラが放った《水系魔法Ⅱ》はむなしく、煙の中で空を切るだけだ。


「これは……?」


 狂太郎はすぐさま《すばやさ》を起動。加速した状態で、落ち着いて敵位置を探る。――いた。正面を向いて三時の方向。


「ヴィーラ。《剣の舞》」


 言うと、少女の両腕に紫色のオーラを纏った魔法の短剣が出現。そして少女は、舞うような所作でくるくると回転し、ジャックを切り刻む。

 その一連の動きは、「お見事」と表現するほかにない。

 ゲームのシステム的には”みりょく”と”こうげき”の値を参照するというその技は、敵の心と体を同時に堕とす技だ。

 この技の特徴は、倒した敵が点だという。

 攻撃を受けた敵は、芸術品に見惚れるような表情で気を失うのだ。


――ただでさえ、レベル差のある勝負だ。もはや、動けまい。


 という狂太郎の希望的観測は、すぐさま裏切られることになった。


『ふふふふふ、――ははははははあ! た、楽しくなってきたぁ!』


 ジャックは、全身を傷だらけにしてなお、けらけらと笑いながら立ちあがる。

 この変態ぶりにはヴィーラもドン引きで、


『え、ええぇー。きも………』


 と、素の反応を見せるばかり。

 高笑いを上げたのは、ジャック・ザ・リッパーだけではない。その契約者もそうだ。


「ふはーはははは! 俺のジャックは、魅力の高い敵に対して、防御力を増幅させるスキルがあるのだッ!」


 解説どうも。


「よーしジャック! まず、《猛毒の刃》を武器にセット! 再び《縮地》して、《不意打ち》攻撃!」


 男が叫ぶと、ジャックが持つナイフがドス黒い液体で濡れる。恐らくアレが、”猛毒”ということだろう。


「ヴィーラ、空中まで退避。その後、周囲を警戒」


 《縮地》。

 先ほど一度見ただけだが、これはある種の瞬間移動術だと思われる。

 わからないのは、《不意打ち》とかいう謎の攻撃だ。


――そもそも、事前に知らせてしまっては、不意打ちにならないのでは?


 狂太郎が首を傾げていると、


「バカめっ。油断したな……!」


 男が叫んだ。阿吽の呼吸で、ジャックが走り始める。狙いは、――明らかに、狂太郎であった。


「む」


 やる気か。そう思う。


「おまえさえ止めれば、が金をくれるんでな!」


 ありがたいことに、わかりやすく動機も説明してくれて。

 だがこの展開、むしろ好都合だ。向こうがこちらに引きつけられている間は、ヴィーラは自由に攻撃することができる。


 俊敏な小猿のように懐に潜り込んだジャックと、一瞬だけ目が合って。


『狂太郎!』


 ヴィーラが悲鳴を上げるのと同時に、


『……なーんてな!』


 その背後に、ジャック《縮地》する。


――しまっ……!


 指示を出す暇はなかった。

 少女の背中に、ざっくりとナイフが振りかざされるのを、ただ見ていることしかできない。


『――あぎゃ!』


 ぱっと斜めに、ドス黒い毒が散った。ヴィーラの身体が、糸が切れたあやつり人形のように落下する。


「く…………!」


 狂太郎が唸って、落下する少女を受け止める。

 背中を見ると生々しい切り傷があり、その傷はいま、《猛毒の刃》の効果で黒く変色していた。


「なんてこった。大丈夫か!」


 心配する狂太郎をよそに、


『はーっはっはっは! いくら俺たちが悪党だからって、”サモナー”に直接攻撃するわけないだろーが! ルール違反だからな!』


――ルールを遵守する悪党って、どうなんだよ。


 内心、そう思いつつ。

 ゲームの仕様的に、毒の効果は《ブック》に戻すことで自然回復する。

 すぐさまそうすべきかと悩んだが、


『まだ、いける』


 ヴィーラは気丈にも、そう言った。


『だから、べたべた触らないで。ドーテイが感染するわ(心配は不要。これまで通りに命令を)』


 狂太郎は眉をしかめた。

 彼女が戦うつもりでいる理由は、単純だ。

 ヴィーラが倒れたら、次に戦うのは必然的に、残ったワトスンになる。

 だが、そうなるとかなり分が悪い。”キカイ”属性のモンスターは、”ニンゲン”属性のモンスターの相手が苦手であるためだ。狂太郎の”サモナー”としての腕では、この場を切り抜けるのは難しいだろう。


「……くそっ」


 結局、この少女の力を借りるしかない無力さに、渋い想いになりつつ。


「一応、きみのパラメーター的には、すぐさま即死するような状態異常ではないはずだ。もう少しだけ踏ん張ってくれるか」

『うん』


 そして少女はまた、再び空中に浮き上がる。

 だがそれは、明らかに精彩に欠ける飛行動作であった。


「ヴィーラ。わかっていると思うが、今後、”みりょく”を参照する技は禁止だ」

『うん』

「つまり、きみが使える有効な攻撃手段はもう、《体当たり》と《水系魔法Ⅱ》しかない」

『……うん』

「頼むぞ。ここでまた踏ん張ったら、いっぱいキスしてやる」

『きもぉおおお! 二度と話しかけないで、歯磨き経験ゼロ系口臭ウンコ激キモおじさん(気色悪いことを言わないでください)』

「よし。その調子だ」


 文句を言える程度の気力は残っているらしい。

 その後の戦いは、――まさに、泥沼の勝負、といったところか。


 低レベル・悪相性のため決定力に欠けるジャック。

 毒を受けて気力を削られながらも、必死に戦うヴィーラ。


 水球を投げ、回避され、体当たりをし。

 空中を飛び回り、ナイフを回避。

 時折敵は、先ほどの《不意打ち》攻撃を試したが、さすがに二度、同じ手に引っかかるほど、狂太郎も甘くはない。


――これは……。


 狂太郎はかつて遊んだ様々なゲームで発生した、”千日手”を思い出している。

 たいていの場合、レベル上げを十分に行わなかった時に発生する状況だ。


――がんばれ、ヴィーラ。さすがにぼくも、こういう負け方は厭だ。


 狂太郎は歯がみして、少女が勝つのを願うしかない。


 とはいえ、戦いは結局、ヴィーラの勝利に終わった。


 猛毒によるダメージを受けても、レベルによる基礎戦闘力の差が明暗を分けたのだ。


『ご…………ふ…………っ』


 ジャックは結局、トドメの一撃(普通の《体当たり》)を受け、どさっとその場で、大の字になって倒れる。

 格下相手の勝負であったが、――彼はよくやった。

 狂太郎がのちに、「手に汗握った」と表現する程度には。

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