298話 イー・シティ
その後、狂太郎は一路、イー・シティを目指す。
――しかし……。
道中、《ブック》を覗き見て。
まるで当たり前のように契約できた新たな仲間、――メイドロボ・よし子の絵を眺める。
彼女はいま、電源スイッチを切ったようになって、ぴくりとも動かない。どうも、仕事がないときはこうしているのが、彼女にとっての”普通”らしかった。
――この娘いったい、どこからきたんだろう。
デザインといい、覚えている戦闘スキルといい、明らかにこの世界の住人ではない。
あるいは狂太郎は、別世界の住人を口寄せしてしまったのかもしれない。
「やれやれ……」
もし彼女が、元の世界の帰還を望んだら? 今のところそういう気配はないが。
――最悪、”金の盾”の悪魔に借りを作る羽目になるかもしれないな。
深く嘆息しつつ、ぴょんぴょんと月面を跳ねるウサギのように進んでいると、ほどなくしてイー・シティへと到着する。
「よし……」
余計な一手間がかかったが、なんとか予定していた工程を走り抜けることができた。
街に近づくにつれ、狂太郎はじょじょに加速度を落とし、その辺りの旅人たちに紛れるように歩く。
一応簡単に、ではあるが、眼鏡と帽子でちょっとした変装をしている。
街に着いたら、もっと本格的に服を変えるつもりだ。
とはいえそれも結局、何もかも無駄に終わるかもしれないが……。
全ては、この世界のどこかに潜む、”敵”の出方次第だ。
▼
イー・シティ、入場口前。
遊園地のエントランスを思わせるその場所で、狂太郎は街を観察している。
街は、ごくごくありがちな作りになっていて、狭い土地の中に背の高い建物が建ち並んでいた。機能性を追求した結果、どのコンビニもある程度内装が似通ってしまうのと同様に、この世界の街の形はどこも、似たような形状になっているらしい。
――”ランチャー団”の男は、ここで”異世界転移者”と出会ったと言っていたな。
うまくすれば、兵子の件も終末因子も、すべてこの場所で解決できるかもしれない。
そんな風な期待を寄せつつ、狂太郎は街の入場口を進んだ。出入り口には”ゴーレム”が二匹、手を振りながら旅人を歓迎している。
狂太郎はまず、イー・シティのチーフサモナーに会うべく、街のジムへと向かった。
一応、その辺りで新たな異常事態が発生していないか気にしていたが、今のところそういう気配はない。
その辺りではいまも、シィ・シティにおける”悪魔島”の一件で話題独占、という感じだ。
人間をモンスター、――しかも、知性の消失したモンスターに変貌させてしまうという未知の病に、この世界の住人は皆、震え上がっている。近々、各街が閉鎖されるという噂も出回っていた。
そうなると、旅人の出入りが不可能になってしまう。
狂太郎は内心、そうならないことを願いながら、ジムの扉をくぐった。
「…………………?」
まず疑問に思ったのは、――建物全体が、しんと静寂に包まれている、ということ。
とはいえ、人の気配がないわけではない。いつものように入ってすぐのカウンターには案内嬢が立っていたし、なんなら数人のサモナーが輪を作って、ひそひそと話をしている。
どこかお通夜を思わせるこの雰囲気には、覚えがあった。
狂太郎は足早に、緑色の制服を身に纏った女性に話しかける。――案内嬢の目元は、腫れていた。どうやら、泣いていたらしい。
「あの、すいません。ここのチーフに話があるんですが……」
すると案内嬢はじっと狂太郎の顔を見て、
「ええと……”
と、小声で訊ねた。恐らく、シィ・シティのチーフサモナーが、そう言伝ておいたのだろう。
「そう。そうです。紹介状も、この通り……」
そう言って紙切れを一枚、彼女に見せようとする。
だが、彼女はその必要はない、とばかりに、
「ちょ、ちょうどよかった! あなた、不思議な事件の解決がお得意だとかっ!」
と、狂太郎の手を握りしめた。
「お、お願いします! チーフの……チーフの仇を、とってください!」
「は?」
厭な予感がする。
間に合わなかった。そんな予感だ。
「まさか、――チーフは……もう……死……」
すると、
「ワタシが何か?」
小太りの男がひょっこり顔を出す。
歳は二十歳かそこらだろうか。若くしてたっぷり肉が付いているが清潔感のある男で、全身の印象はどこか、ゆで卵を思わせるシルエットだった。
「……ええと。あなたが、ここのチーフサモナー?」
「いかにも」
「なんだ。生きてるじゃないか」
すると彼は、粘土でこねたような顔になって、
「見ての通り、健在だ。……半分殺されたようなものだけれど」
「どういうことだ?」
「相棒のモンスターが、殺されたのだ」
仇って、そういうことか。
「ゴレムンは、みんなの友だちだったんです! すっごくいい子で……やさしくて……! それが、あんな……! おねがいします、”
涙ながらに懇願する案内嬢。
狂太郎は人目を気にしつつ、「あの、あんまりヒーロー呼ばわりしないでもらえます?」と注意する。
「とにかく、現場を見せてもらっていいですか。役に立つかどうかはわかりませんが、ぼくなりに手伝えることがあるかもしれない」
「ああ。来てくれ」
チーフに促されて、試合場へ向かう。
イー・シティのジムは、主に”ゲンソウ”属性のモンスターを扱う。
それと関連してか、ここのバトルフィールドは中世ヨーロッパ風の建築になっており、――その試合場も、ローマの円形闘技場を思わせる形状だった。
普段は観客で賑わうであろうその場所に出て、すぐに狂太郎は、殺されたモンスターの姿を目の当たりにする。
”ゴレムン”という名前を聞いた時点で想像できていたが、――そこにいたのは、一匹のゴーレムであった。
想定と違っていたのは、その形状である。
「これは……?」
ぱっとみたところそれは、子供が遊びで作る、砂のお城……のように見えた。
近づいてよく確認したところ、それが一匹のモンスターの死体を念入りに粉砕し、砂状になるまで破壊した上で作られたものらしい。よく見るとその”お城”のあちこちに、かつてそれが人型をしていたと思われる名残が確認できる。
狂太郎がそれに近づくと、ぼこ、と”お城”の一部が音を立てて壊れ、球形のものが足元まで転がってきた。観るとそれは、”ゴレムン”の眼球らしい。
「朝起きたら、こうなっていたんだ」
チーフサモナーは、哀しげに言う。
「試合場のあっちこっちで、ワタシの相棒が戦った痕跡が観られる。恐らくワタシたちが知らない間に、ここで侵入者と、バトルが行われたらしい」
「ふむ。――目的は?」
「これだ」
そう言って彼が取りだしたのは、一台の携帯端末。
そこには、我々の世界でいうところのTwitterと似たアプリが表示されていて、
「ええと……」
狂太郎は一瞬、《万能翻訳機》を取り出すべきか迷う。
その代わりを務めてくれたのは、ワトスンだった。
彼は狂太郎の正体がバレないよう、少し離れた場所に誘導したのち、
『どうやら、脅迫と思しきダイレクトメールが送られていたようです』
「ほう。――内容は?」
『それが、かなりの長文なので……内容を要約するならば、――こうです。「この世界の住人は、モンスターを奴隷として扱い、あまつさえ野蛮にも、それを喧嘩の道具として扱っている。私はこの解放を目指す者である」』
そうして彼は、囁くような声で、こう続けた。
『「私は、全てのモンスターの解放者。
我々のかつての故郷、――すなわち、異界を目指す者である」』
と。
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