292話 ランチャー団

 滝の音が涼やかな草原を、疲れ果てた男が一人、どたどたと走ってくる。

 ”疲れ果てた”というのは、いま、ぜいぜいと息を切らせていることを指している訳ではない。――彼はどうにも、自分の人生そのものに、疲労困憊しているようにみえた。なんともいえない、中年の哀愁を感じるのだ。


「へえ……へえ……へえ……! お、おまえ……、おまえ……!」

「水、飲むかい?」

「あ、どうもっす……」


 そして男は水筒を受け取って、組み立ての泉の水を飲み干し、その後ちゃんと飲み口を綺麗にしたあと、会釈とともにそれを返してから、


「……おまえ!」


 びしっ! と、狂太郎を指さした。


「ここは俺たち、ランチャー団の縄張りだぜ! ここのモンスターを狩ったなら、金を払ってもらう! 使用料、百万ゴールドだ!」

「え?」


 狂太郎は眉を吊り上げる。

 これは実際、”異世界あるある”なのだが、――効率的な”レベル上げ”地点には、権益が発生していることが多い。彼もその一人ということだろうか。

 するとワトスンが、平坦な声色に若干の侮蔑を滲ませて、


『嘘です。この地点に関して、そのような話は聞いたことがありません』

「だまってろ、ボール野郎!」

『ぼ、ボールですと……?』


 怒っているのであろう、――カメラアイをチカチカ点滅させる彼を宥めて、


「よくわからんが、もしここの所有権を主張するなら何か、法的根拠になるものを提示してくれないか」

「法的根拠、だあ? そこをみろ!」


 狂太郎が視線を向けるとそこには、よく注意しなければわからないほど小さな立て看板に、下手な字が書かれてある。のちに翻訳したところこれは、『ランチャーだんのもの』と読むらしい。


「ふむ。それは悪いことをした」

「は! こちとらそれじゃあ、すまねーんだよ! ……ああ、可哀想に俺の”金ドラ”ちゃんたち! あんなに痛めつけられちまって!」

「怪我は大したことないはずだ。手加減したからな」

「アホか! 手加減したからって、動物を傷つけて良い理由にはならんだろ!」

「……たしかにな」


 それは、常々思っていたことではあった。

 時折、動物虐待を生業とする異世界人と出くわすと、その倫理観の違いにショックを受けることがある。連中は時々、近所の野良猫を虐めるようなやつが強かったりするのだ。


 狂太郎が、ちょっぴり胸が悪くなるような想いに囚われていると、


「な、なんだ。そんな顔して。――お、俺を脅すつもりか?」

「いや別に、そんなつもりは」


 ない、と言いかけた言葉を打ち消して、二匹のモンスターが反論した。


『そうですね。私の陽電子頭脳には、このようにインプットされています。――街の外で難癖を付けられた場合、モンスターを使ったバトルで解決すべきだ、と』

『そーよそーよ! こちとらお触りNGだっつーの! そのあんたの、くっさいくっさいチ●ポシコったばかりのイカくせー手をしまって、消えろ!(私たちに構わないで下さい。どっかいけ!)』


 すると男は、「待ってました」とばかりに不敵に笑って、


「くっくっく。――言ったな、暴力にものを言わせる、ならず者め!」


 その時だった。周囲に隠れていたと思しき、三名の男女が狂太郎を取り囲むように現れる。


――ばかな。こいつら、突然現れたのか?


 驚く。

 恐らく、何らかのスキルを使ったに違いない。


 ……と、同時に、気づかずにはいられなかった。

 どうやら、罠に嵌められたようだ、と。


「いけ! チヅコ!」

「がんばれ! ケイシー!」

「いまだ! ノストラダムス!」


 三名の男女が繰り出したのは、三匹とも”ニンゲン”属性のモンスターたちだ。

 一匹は、キツネの面と紺色の着物を纏った女性型モンスター。残った二匹もそれぞれ、無感情なデザインの面を被っている。


「おい、ちょっと……」


 狂太郎は眉をしかめて、周囲を見渡した。


「安心しろ。バトルのルールは守る。――勝負は、一対一だ!」


 そう叫んで、ランチャー団員を自称する男が、《ブック》を取りだした。


――犯罪者のくせに、妙なところで礼儀正しいんだな。


 そう思いつつ、狂太郎は相手の出方を見ている。

 こういう時、勝負を仕掛けた側が、先にモンスターを選ぶ決まりなのだ。


「よーし。では、行け! ジャック・ザ・リッパー!」


 さらに現れたのは、包帯でグルグル巻きにした顔面に、ぼろぼろのコートを身に纏った男性型のモンスターだ。

 ジャックは、包帯の隙間から覗き見える目をギラつかせ、


『ひ、ひひひ……絶望に身をよじれ、虫けらども……』


 とかなんとか、サイコパスキャラっぽいセリフを言っている。


「……ふむ」


 狂太郎は眉をしかめて、


――付き合ってられないな。


 と、《すばやさ》を起動。

 即座にヴィーラとワトスンを《ブック》に戻して、その場を後にする。


――相手が、詐欺師まがいの犯罪者なら、逃げ出しても法律違反にはならんだろう。


 そう思ったためだ。

 だが、その目論見は失敗に終わった。

 というのも、


「……うぎゃ」


 その場から離れる途中、見えない壁にぶつかる羽目になったためだ。

 鼻をごつんと打って、


「いってえ……!」


 と、両手で顔を押さえる。

 ランチャー団の連中が、こっちを指さして笑っているのを観て、(きっと嫌な気分になるだろうなとわかっていたが)《すばやさ》を解除。


「イーヒッヒッヒヒ! ! あんたは面倒ごとを嫌うから、すぐ逃げようとするってな! だからこのへんは、俺の仲間が《フォース・フィールド》で囲わせてもらった!」

「聞いてた? ……誰に?」


 狂太郎が不思議そうに訊ねると、目の前の男は一瞬、「あ、しまった」という顔を作った後、


「なんのことやらァ!」


 と、わかりやすく誤魔化した。


――あるいはこいつら、《異世界転移者》の関係者か。


 もしそうなら、話が変わってくる。インタビューが必要だ。


「よし。わかった」


 狂太郎は、すばやく《ブック》を開き、


「ではヴィーラ。やつらをわからせろ」


 と、低い声で言う。


『あいよっ』


 少女はというとにっこり笑顔で飛び出して、空中で身を解す。

 すると、敵モンスターはにやりと笑い、


『へ、……へへへ。ちょうど、堕落した雌を切り刻みたかったんだ!』


 と、ナイフを振り回した。

 こういう時、普通の女の子なら震え上がりそうなものだが、


『はぁ――――――――――――――――あ、自己中こじらせたタイプの童貞くんさぁ……なんできみ、地球上に存在する全ての女の子に嫌われてるかわかる? ”毎日風呂に入って陰部を清潔にする”。とりあえずこれな?(失礼ですけどあなた、その怒りのエネルギー、自分の人生をより良くするために使うべきでは?)』


 少女の方も負けてはいない。

 むしろ敵を煽る始末である。

 ジャックはと言うと、ガソリンに火を点けたかのようにカッと燃え上がり、


『てめぇえええええええええええええええええええええええええええぶっ殺す!』


 ”サモナー”の命令を待つことなく、こちらに襲いかかった。


「あっ、ちょ……! ジャック落ち着け!」

「ヴィーラ、冷静に相手をの動きを見て。回避を」


 前者はランチャー団のサモナー。後者は狂太郎。

 ヴィーラはぴょんと跳ねて空中3メートルへ移動。ジャックはそれに合わせるように跳ねる。


「えーっとえーっと! ジャック、《切り裂く》攻撃!」

「ヴィーラ、《水系魔法Ⅱ》。相手の顔面に」


 ナイフを持って斬りかかるジャックに、ヴィーラは両手をかざす。彼女の両手の中心に、10センチほどの水球が生み出された。

 ただの水風船に見えて、――これをぶつけると、鉄球を投げつけたような威力が発生する。


『あら……よっと!』


 攻撃というのは基本的に、遠距離から当てられるものの方が強い。

 ジャックザリッパーは顔面に水球を叩き付けられて、空中でくるくる回転し……ばたんと倒れた。

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