285話 悪魔島の異変
その場で行われたバトルの勝率は、2勝3敗、といったところ。
勝ちすぎもせず、負けすぎもせず。
かといって、わかりやすく手を抜いたそぶりを見せることもなく。
狂太郎は、彼本来の凡人ぶりを遺憾なく発揮してベストを尽くした結果、――バトルを挑んできた”サモナー”と互角の勝負を繰り広げたのである。
――やはり、アドリブで勝負したらこんなもんか。
狂太郎にとって有り難かったのは、契約した二匹のモンスターがよく命令に従ってくれた点だ。
モンスターたちは産まれ持ったその性質から、どれほど傷ついても一切の後遺症なしに健康体にまで快復する。その分、怪我をすることに対する忌避感は、人間より少ない。
とはいえ、怪我は怪我。痛みを受ける不快感がないわけではなかろうに。
《ブック》にモンスターを戻すと、手の早い画家が絵を修正するように、――その、傷ついた身体が癒えていくのがわかる。
狂太郎は、二匹の怪我が回復したところを見計らって、
「ヴィーラ、ワトスン。どちらも、ありがとう。よくやってくれた」
紙面上にて休憩中の二匹に頭を下げる。
すると、
『べつにぃー? この前の戦いに比べりゃ、ハナクソみたいなもんよ』
『こちらも、特に問題なし、です』
ヴィーラとワトスンは、競い合うように答えた。
「助かったよ。これで下手に目立たずに済む」
狂太郎はそのまま、ディ・シティのゲート入り口をくぐって、
「……今日は少々、お高いレストランに入って、この街の経済に貢献することにしようか」
と、仲間に宣言する。
『え? いいの?』
「うん。3敗した分の支出が2勝分の収入を下回ったから(※10)、新しい街で少しばかり贅沢ができそうなんだ」
『わあ! やったね!』
これは決して、無駄遣いではない。
攻略WIKIによると、街の有料施設の利用は、契約したモンスターのステータスと”友好度”を上昇させるらしい。
モンスターは、うまいものを食わせれば食わせるほど従順に、そして強くなるもののようだ。
ディ・シティの有料レストランは、我々の世界で言うところの”ちょっと豪華なファミレス”程度の店構えで、機能性を重視するこの世界の住人の精神性が現れているかのようなところだった。
とはいえ、そこで供される料理は絶品の一言。異世界の料理にはいつも辛口の狂太郎も、これには舌鼓を打ったほどだ。
狂太郎はそこで、名物の海鮮丼。
ヴィーラはフルーツ盛り合わせ。
ワトスンは電池の盛り合わせ……を、それぞれ平らげ、気力と魔力を補給する。
「さて、と。それじゃ、午後も仕事するか」
空っぽの皿を前に、二匹のモンスターに語りかけると、
『ところで、
「ん?」
『一つ、私から提案があるのですが』
「なんだい」
『あなたはいま、人捜し中、なのですよね。――その、マツバラ・ヒョウゴとかいうお方を』
「うん」
一応、ワトスンにもざっくりと、今後の目的については話してある。
『それでは、インターネットを利用してみるのはいかがでしょう』
「……ああー。それな」
狂太郎は渋い表情になって、
「どうなんだろう。ネットの情報って、当てにならないことも多いし」
この世界のネットの民度も、我々の世界のそれとそう変わらないようだし。
『しかし、情報は情報です。巧く使えば、役に立つかも知れません』
「それはそうなんだが、――問題はまだある。
第一に、ぼくはこの国の文字の読み書きが不得手だということ。
第二に、ぼくと兵子は、命を狙われているってこと。下手に目立つような真似は避けたい」
『なるほど』
ワトスンは特に余計な質問をすることもなく、しばしカメラアイを点滅させた後、
『――そうですね。では、こうするのはいかがでしょう。人捜しの情報収集は、私が責任を持って行うこととします。ヒョウゴさんを探している動機に関しては……そうですね。あなたの財布を拾ったので届けたい、というような内容にしましょう。ダメで元々です』
「できるのかい?」
『ええ。今すぐにでも可能です。我々”ドローン”は通信回線がオープンになっている地区であれば、いつでもネット接続が可能なのです』
Wi-Fiのようなものだろうか。
「助かる。さっそく始めてくれ。ただし目立つことは避け、慎重に。探す動機は『以前遊んだ少年、ボドゲの再戦求む』にしよう」
『了解』
その後、数分もせずに作業は完了したらしく、
『とりあえず、釣り餌は垂らしました。やがて何らかの情報が入ることでしょう』
仕事が早い。実に優秀な”助手役”だ。
「よし。……それではそろそろ、ディ・シティのジムに挨拶に行こうか」
言って、席を立つ。
すると、なんだかワトスンとの間に割り込むような格好でヴィーラが肩に乗っかり、
『また、ジムのチーフとち○こチャンバラキメるわけ?(また、ジムのチーフと戦うんですか?)』
「そのつもりだ。そうして名前を売っていくのが一番、チャンピオンに近づく手段だからな」
言いながら、内心では苦笑している。
妙な感じだ。目立ちたくないのに名を売る必要がある、というのも。
『敵のキンタマを握りつぶせる自信は?(勝算は?)』
「相手の手持ちを見て作戦を決めるが、――きみの力があれば、余裕だろう」
すると少女は、『うえっへっへっへ』と気持ちの悪い笑みを浮かべて、さっと《ブック》へと戻っていく。
――まあ、実際にヴィーラを使うとは一言も言ってないけど。
実際、今回のバトルはワトスンをメインで使うつもりだった。
彼の《ビーム》攻撃がどこまで通用するか、試して見たかったのだ。
とはいえその機会は、しばらくお預けになってしまうのだが……。
▼
「えっ。――いない? 外出中なんですか? ここのチーフは」
ジムに到着して早々、受付嬢からそう知らされて、狂太郎は眉をひそめる。
――ボスキャラがいつも同じ場所にいるとは限らない、か。
「彼は、どこへ?」
「彼女、ですけどね。立派なお方です。ディ・シティのチーフは」
受付嬢は少し鋭い口調で訂正した後、
「チーフなら、海を進んだ先にある”悪魔島”へ向かいました」
「……”悪魔島”?」
「はい。そこで現在、異変が発生していて、――モンスターが暴れているらしいのです。死者も出ているらしく。……チーフはそのモンスター騒ぎを鎮めるため、向かいました」
「へえ。チーフサモナーは、そんなことまでしなくちゃいけないんですか」
「ええ。強者の務めですから。チーフには治安維持活動が義務づけられているのです」
「ふーん」
なるほど、個人的に兵力を保持できるような世界だ。
強者が弱者に頼られるのは、当然の成り行きかもしれない。
「それじゃ、ぼくもその、”悪魔島”に向かおうと思います」
すると受付嬢は、ぱっちりとした目を瞬いて、
「えっ。あなたも?」
「はい。せっかくなので」
狂太郎があまりにもしれっと言うものだから、少し驚かせたらしい。
「しかし、――何故ですか? あなたに何のメリットもありませんが」
「? 人を助けるのに、理由がいるんですか?」
言いながら、今のセリフ、ちょっと気障すぎるかなと思っている。なんかのキャラクターのパクりっぽいし。
しかし、受付嬢はそれにいたく感心したらしく、
「そういうことでしたら、とっても助かります!」
と、ぱたぱたと船乗りに連絡を取って、渡航の段取りを進めてくれる。
腕を組み、彼女が関係各所に連絡を取るのを見守っていると、『ちょっとちょっとちょっと!』と、《ブック》から飛び出したヴィーラが耳打ちしてきた。
『あんた、いくら交尾目的だからって、そこまでする? 戻ってくるの、待ってればいーじゃん』
「ばか。そういうんじゃない」
狂太郎、顔をしかめて。
「兵子くんのことも気になるが、――異変調査も仕事のうちだ。そもそもこの世界が、終末に瀕していることを忘れてはならない」
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(※10)
サモナー同士のバトルは、勝負を挑んだ方が多めに報奨金を支払うルールらしい。
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