284話 ディ・シティへ

 結局、新たな友人を作るのに掛かったのは、2、3時間ほどだったろうか。


――思ったより、よっぽど早く終わったな。


 仕事が順調に進むのは、実に気分が良い。

 なんだかほくほくした気分で、次の街へと向かう。


『そんで? ――次は、どこで股ぐら押っ広げるつもり?(それで、次に向かう場所はどこですか?)』

「まず、ディ・シティを目指す。引き続き、兵子くんの足取りを追うためにね」


 と同時に、スカーレットと出会うべく”サモナー”としての名声を求める必要がある。

 ”サモナーチャンピオン”である彼と出会う方法は、簡単なようで難しい。


 この世界のあちこちにある、サモナー・ジム。

 そこを統べる、”チーフ”クラスのサモナーたち。

 彼らに、自身の有能さを示し、――推薦状を書いてもらうのだ(※9)。


 そうすることで、自然とスカーレットに辿り着くことができるはず。


――もちろん、そこまでせずとも、全部問題が解決してくれるのが理想だが……。


 きっと、そうはならない。

 そういう、狂太郎なりの直感があった。


「ヴィーラ、ワトスン。どちらか、ディ・シティの情報を持っているものはいるか」


 ページをめくりながら声をかけると、


『それでは、私が』


 と、本の中にいるワトスンが応えた。


『ディ・シティは海辺の街だそうです。この辺りには主に”カガク”系のモンスターが生息していて、サモナー・ジムも”カガク”系のモンスター使いが多いようですね』

「ふーん」


 海辺に、”カガク”系か。


「錆びたりしないの、きみたち」

『錆びませんよ。我々は別に、金属製という訳ではないので』

「そうなんだ」

『それっぽく見えるのは、否定しませんが……』


 そこでワトスン、こほん、と咳払い。話を続ける。


『また、名物の海鮮丼は、その日に穫れた新鮮な魚が使われるようですね。こちら無料宿泊施設のレストランに向かえば、一日中提供されているようです。我々”カガク”系のモンスター用には、水力発電所で採れる新鮮な電池が食べ放題だとか』


 新鮮な、電池。

 味に違いとか、あるんだろうか。


『観光地としては、海辺に見えるレッド・タワー、異国情緒漂う貿易港、国立博物館にディ・シティジムなどが挙げられるでしょうか』

「ふーん……」


 機械系モンスターの記憶力は人間のそれを遙かに上回るという。

 狂太郎は、ワトスンの博学に感心して、


「まあ、こんな旅でも、食事くらいは楽しんで構わないだろう」


 と、ちょっぴり笑みを作る。この世界、街の風景が近未来的だからだろうか。あるいは、食文化が日本のそれと似通っているからか、――珍しく、食に対するモチベーションが高い。


「では、そろそろ移動するぞ」


 そう言って、すこしヴィーラのページを見ると、……なんだか、河豚のようにほっぺたを膨らませている。


「……なんだ、ヴィーラ。言いたいことでもあるのか」

『いーえ? べーつーにー?』

「……………」


 狂太郎はこういう時いつも、思ったことを率直に言うようにしている。


「なんだきみ、ひょっとして妬いているのか?」

『はっ……! ばっ……! おま……! ぽこちん……かみちぎる!(意味不明です。暴力を振るいますよ)』

「案ずるな。ぼくはきみのことも結構、気に入っているよ」

『ふざ……! おま……! くそ……! きんたま……ひきちぎる!(ふざけないで。暴力を振るいますよ)』


 そこで、ぱたんと《ブック》を閉じ、加速。

 一路、ディ・シティへ向かう。



 曲がりくねった山道に、一本のアスファルト道路が続いている。まともに歩けば気が遠くなるような距離でも、《すばやさ》で加速した感覚では、ほとんどストレスに感じない。

 ディ・シティへと続くその道を韋駄天のように駆け抜けていくと、山の麓辺りに一つ、高層ビルの集合体を発見した。


――この世界の人家はわかりやすいな。


 背が高い建物が多いから。

 狂太郎は、余計な侵入者を避けるためであろう、外周を取り囲む高さ十メートルほど石塀を見据えて、ディ・シティへ入場するためのゲート式の入り口を目指す。


 見ると、その辺りは空港のエントランスのような作りになっていて、保安検査場のような空間に、今でも旅行者と思しき黒山の人集りができていて、順番待ちで並んでいた。


「うわっ。これからあれに並ぶのか……」


 こうなってくると、移動よりも入場待ちにかかる時間の方が長くなりそうだ。


 嘆息しつつ、入場チケットを一枚手に入れて、旅人たちの最後尾につく。

 すると、旅塵にまみれた”サモナー”たちが、ちょっとこちらを見て……すぐさま、はっと驚いた。


「あ。あんたひょっとして、ビィ・シティのチーフサモナーを倒した……?」


 どうやら、顔を知られているらしい。

 少し会釈しておくと、


「おおっ。すごい。時の人じゃないか!」

「え。ぼく、なんかしちゃいました?」

「当然だとも! ネットじゃ今、あんたのことで持ちきりさ! チーフ”サモナー”の手持ちを片っ端から骨抜きにして勝つ試合なんて、滅多にあることじゃないからな!」

「はあ……」


 昨日の時点で、その気配は感じていたが。


――ネットのある世界での情報伝達の速度を甘く見ていたな。


 正直、こういう場で目立つのはあまり得策ではなかった。いつ、”異世界転移者”の目に触れるかわからないためだ。

 幸い、この世界の住人と狂太郎は、それほど見た目に差はない。異世界人であることをぱっと見で看破するのは難しいだろうが。

 内心苦い想いでいると、順番待ちに退屈している”サモナー”たちが、我先にと狂太郎を見に押し寄せてくる。


――まさか、あの程度の試合に勝っただけでこんな騒ぎになるとは。


 その後、思っていた通りの厭な展開となる。


「それじゃあ、あんた。俺とバトルしようぜ」


 誰かがそう切り出すと、「いや俺が」「俺が」と、複数の立候補者が出る。


――やむを得んな。この辺りでわざと負けて、スーパーマンではないことを知らしめておくか。


 ワトスンのデビュー戦が散々な形に終わることは残念だが、やむを得まい。

 狂太郎はいったん、相棒となったモンスター二体に事情を説明して、わざと手を抜くように指示しておいた上で、彼らの相手をすることに。


 とはいえ、ただ負けるつもりはなかった。

 実戦で、二体の使うスキルの性能をチェックしておきたかったのだ。


 以下は、狂太郎が帰還後に渡してくれたメモの抜粋である。



【ヴィーラのスキル】

《剣の舞》

 魔法でできた短剣を振り回して舞う攻撃技。

 その大きな特徴は”みりょく”の値を攻撃力に変換できる点。

 魔力の消耗が激しいのが欠点か。


《水系魔法Ⅰ》

 指先から水をぴゅーっと出す魔法。

 威力そのものは大したことがなく、戦闘にはほとんど役に立たない。

 どうやらこれ、喉が渇いた時とかに使ってもらって喉を潤すための魔法らしい。戦闘中に使ったら相手の”サモナー”に笑われてしまった。


《水系魔法Ⅱ》

 手のひらに、水球を生み出す攻撃魔法。

 見たところ柔らかそうだが、これを投擲するとどういう理由か石塊を投げつけたくらいの威力となる。今後は、これと《剣の舞》を中心に戦っていくことになるだろう。


《飢餓耐性(中)》

 どうもこれ、常時発動パッシブスキルの一種らしい。

 その効果はというと、――その名の通り、お腹が減らなくなる、というもの。

 訳のわからんスキルだと思ったがこれ、魔力の消耗を抑える効果があるらしい。



【ワトスンのスキル】

《ビームⅠ》

 目から直径2センチほどのビームを放つ。

 技の発動時、一瞬だけ視界が塞がれるため、命中精度はそれほど高くないのが欠点――と思いきや、ワトスンの場合、百発百中の精度を誇るという。

 暇つぶしがてら、羽虫を相手に射撃の訓練をしたために身についた技術だそうだ。


《ビームⅡ》

 目から直径5センチほどの太ビームを放つ。

 チャージに数秒かかるため、威力は高いが命中率が低いのが難点……らしいが、これもワトスンの場合、百発百中だという。

 案外ぼくは、ちょっとした拾いものをしたのかもしれないな。


《電磁波》

 ”カガク”系モンスターと”ゲンソウ”系のモンスターの身体を一時的に硬直させるスキル。

 攻略WIKIによると、これで敵の動きを止めてから《ビーム》を放つのが基本のコンボのようだが、ワトスンの場合は必要なさそうだ。


《スキル鑑定》

 敵のスキルを看破することができるスキル。使用するとカメラアイがいっそう蒼く閃く。

 巧く使えば、敵の手札を丸裸にすることができるが、――ぼくの場合、《すばやさ》を使って敵の《ブック》を盗み見ることができるため、あまり役に立たないかもしれない。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※9)

 少し前までは、各ジムのバッヂを集めるという手段を取っていたようだが、それだと簡単に偽造できてしまうという理由から廃止になったらしい。

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