283話 正義

「ん?」


 狂太郎は目を丸くして、その、――バスケットボール大のモンスターを眺めている。

 突如として現れた彼は、無機質な声色で、このように告げた。


『失礼ながら、貴方の無法は目に余ります』


 すると男は、わなわなと震えながら、


「は? 無関係のお前が、なんでそんなこと……」

『問答無用』


 その、次の瞬間である。

 ”ドローン”のカメラ・アイが閃き、彼の右肩に赤茶けた穴が開いた。


「――へ?」


 男が、目を丸くして自身の傷口を眺めている。

 全ては、一瞬のできごとであった。止める暇はなかった。


「う、う、……うわあああああああああああッ!」


 悲鳴を上げながら、男はその場にひっくり返る。


 この、技。

 攻略WIKIに情報がある。

 ”カガク”属性のモンスターだけが使えるという、ビーム系のスキルだ。


 狂太郎は、慌てて彼に駆けよって、


「おい、大丈夫か? 病院へ連れていってやろうか?」


 返答は、なかった。その代わり男は、


「ヒエッ……ヒェエエエエエエエエエエ!」


 盗んだ《ブック》を放り捨て、転がるようにその場から逃げ去ってしまう。


「…………あーあ」


 ここからだと、少し街は遠い。


――ぼくに助けを求めた方が、よっぽど早く病院に駆け込めたのに。


 放置された《ブック》を拾い上げ、ちょっと土埃を払う。

 その後、念のためヴィーラのページを覗き込む。――少女は少し、怯えた表情だったが、とりあえず無事らしい。


 それを確認した狂太郎は、すぐに”ドローン”に向き直り、


「助けてくれた、……って解釈してもいいのかな。いまのは」


 すると彼は、蒼いカメラアイを少しだけ明後日の方向に向けた。――どう答えるべきか、少し悩んでいるようだ。


『イエスであるとも言えますし、ノーであるとも言えます。私はただ、あなたに興味があったのです。少し、話がしたかった。だから、助けた。それだけの話です』

「ほう」

『あなたは先ほど、こんな話をしていましたね。――”正義の味方”に興味はないか、と』


 そうだっけ。

 そんな話をしたような気もするし、そうでもない気もする。


『私は耳が良いので、ずっと話を聞いていたのです。そして、気がついた。あなたの存在は実に……都合が良い、と」

「都合がいい?」

『ええ。ここのところ、私の研究テーマはずっと、なのですよ』

「”正義の味方”?」

『と、いうよりも、もう少し広く、漠然とした分野です』

「”正義”ってこと?」

『そう!』


 ドローンは、自身の身体を上下に揺らして、人間がする”首肯”の動きを真似して見せた。


『私はその言葉に、……0と1では割り切れない、実にモヤモヤした何かを感じてしまう。例えば先ほど、私はあの男の肩を、撃ちました。彼が受けた損傷は、ちょうど彼があなたに与えた損傷と同程度であるはず。――そうなるように撃ちました。彼は自業自得です。……にもかかわらずあなたは、彼を助けようとした。医者に連れて行こうとした。それは何故ですか?』

「え? ……ええと。……なんでだろ」


 急にそう訊ねられると、困る。

 別に何か、意識的にした行動ではなかったのだが。


「怪我をした動物を放ってはおけないだろ? それと同じ、本能的な行動だ」

『本能?』


 ドローンは、ターゲットサイトにも似た蒼い目をぱちぱちと明滅させて、


『本能に従うのであれば、あなたは今の男を徹底的にやっつけてしまうべきでした。それが動物本来の在り方というものです』

「まあ、そうかもな」


 狂太郎は腕を組み、ウムムと考え込む。


 ここでじっくり、立ち話に興じてもいい。

 そう思ったが、


「――悪いが、すぐには結論を出せない。もしぼくの話を聞きたいなら、しばらく同行してもらう必要がある」

『つまり、こういうことですか? 答えを知りたければ、契約しろ、と』

「いや、何も、そこまでは言わないけど……」

『私は構いませんよ』

「えっ。まじ?」

『はい』


 思ったよりもあっさり交渉が上手くいって、内心ガッツポーズ。


「しかし、良いのかい。そんなにホイホイ、簡単に契約してしまって」

『構いません。ずっと一人で考え込むのも、煮詰まりつつあったのです』

「ふーん」


 そして両者は、完全に合意の元、契約を結ぶ。

 狂太郎が《ブック》の2ページ目を開くと、ドローンは無言のまま、その中へと吸い込まれていった。


 ステータスを確認したところ、


『個体名:なし 性別なし 種族名:ドローン 属性:カガク

 機械型モンスターの一種。この、”ドローン”に限った話ではないが、機械型のモンスターは基本的に、電気を喰らう。空中を飛行する”ドローン”は、思わぬ場所に張り付いて建物の電力を吸ったりするので、停電の原因になりやすい。そのため、一部ではゴキブリのような嫌われ方をする地域もあるという。

 とはいえその戦闘力は計り知れず、下手に手出しをすると人的被害は免れない。もしドローンを駆除する必要がある場合、専門の業者に頼む方が無難である。


 レベル:12

 こうげき:87

 ぼうぎょ:32

 まりょく:10

 みりょく:7

 すばやさ:89

 うん:2

 

 覚えているスキル

 《ビームⅠ》

 《ビームⅡ》

 《体当たり》

 《電磁波》

 《スキル鑑定》』


 ふむふむと鼻を慣らしつつ、その内容を吟味する。


――想定した通りのステータスだ。レベルも申し分ないし、思ったより防御力も高い。


 だが、一つ気になったことがある。

 この、……『個体名:なし』の部分だ


「きみ、――名前がないのかい?」

『ええ。製造されてからずっと、必要のない要素でしたので』

「それって、つまり……」

『ええ。私も、いわゆる、というやつなのです』

「ああ、そう……」

『でも、ちょうど良かったでしょう? あなたが求めていたのは、だったのですから』


 狂太郎、少し眉間に皺を寄せて、


「なんだ。聞いてたのか」

『私、耳は良い、と。そう申し上げたはずです』

「――確かに」


 ちょっぴり苦笑する。妙なやつだ。


 だが、そういうやつの方がよっぽど好感が持てる。

 その言葉に、上っ面ではない真実味が感じられるからだ。


――それに、……話を聞いていたなら、彼だってわかっているはずだ。


 狂太郎との同行が、いかに茨の道であるかを。


「これから付き合っていく上で、名前は必要だ。ぼくが名付け親になってもいいかな」

『構いませんよ。お好きにどうぞ』


 そこで、少し考え込む。


「そうだな。シャーロックか、ワトスンか、マイクロフト。そのどれかなら、どれがいい?」

『ワトスンですね。響きが良い。――因みに元ネタは?』

「故郷では有名な、小説のキャラクターだ」

『ワトスンは、主人公ですか?』

「イエスであるとも言えるし、ノーであるとも言える」


 狂太郎は、敢えて皮肉っぽく、彼の声色を真似る。

 ドローンは、じっと蒼い目をこちらに向けて、


『……どういうことです?』

「『シャーロック・ホームズ』は、ダブル主人公なんだよ。彼は物語の語り部なんだ」

『つまりワトスンは、平凡な人物なのですね?』

「ん。……どうしてそう思う」

『物語の語り部というのは往々にして、そうした性質をもつものです(※8)』


 そして、――そうだとわかれば、別の名前を選び直せば済む話なのに、――すこしうつむいて、『残念です』と付け加えた。

 狂太郎も、だんだんこのモンスターのことがわかりはじめていて、少し口元に笑みを浮かべる。


――理屈バカってところか。ぼくと一緒だな。


 そして、彼を励ますように、こう言った。


「別に、そこまで捨てたもんじゃないよ。ワトスンは従軍経験のある医師で、本物の勇気を持つ人だ。それになにより、――彼は射撃の名手なんだよ。きみと同じさ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※8)

 この機械、なかなか鋭いことを言う。

 かくいう筆者も、絵に描いたような凡人だ。

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