282話 ドローン

 結局、狂太郎が声をかけることにしたのは”ドローン”種のモンスターであった。

 理由は単純で、スピードに長けたモンスターは、《すばやさ》持ちの狂太郎と相性が良かったためである。

 前回の戦いで狂太郎は一つ、教訓を得ていた。


――この世界、”救世主”の能力はほとんど戦闘に役立たない、……そう思い込んでいたが。


 まったくそんなことはない。《すばやさ》は、この世界においても十分に役に立つ。

 超速度の戦いにおいても、狂太郎であれば的確な指示を出すことができるためだ。

 このアドバンテージを最大限活かすには、同じくすばしっこい仲間の方が良い。


 狂太郎はよくよく注意して、”カガク”属性のモンスターの動きをチェック、――その中でも、群れからはぐれた一匹狼を探す。

 やがて、都合の良さげな一匹に目星を付けて。


 素知らぬ顔を装いつつ、その脳内は、最初の第一声、なんと声をかけるべきかフル回転で考えている。


――たぶんこういうのは、一言目が勝負だ。


 かつて、若気の至りで調べたナンパ師の言葉を信じるならば、初手は何気ない会話から入るのがコツだという。


 こんにちは。今日は良い陽気ですねえ。……とか。


――出だしはこんなところだな。


 ぼくは異世界人。この世界を救いにやってきた”救世主”なんだ。

 突然だけど、ぼくと契約して、仲間になって欲しい。

 ぼくは、きみたちの願いごとをなんでも一つ叶えてあげるよ(嘘)。

 なんだってかまわない。どんな奇跡だって起こしてあげられるよ(嘘)。

 この宇宙のために死んでくれる気になったら、いつでも声をかけて。

 待ってるからね。


 なんて。


――ちょっとうさんくさいかな? どうだろ。


 上手くいくような気もするし、蛇蝎の如く嫌われるような気もする。


「やっぱり苦手だな、こういうのは」


 独り言ちた、その時だ。


「おい」


 突然、背後から声をかけられて、少し驚く。

 だが、かけられたのは声、だけではなかった。

 振り向くと同時に、――火縄銃の銃口が、こちらに向いているのに気づいて。


「――ッ!」


 ギョッとして《すばやさ》を起動。身をかわす。

 だが、間に合わなかった。ぱっと十数メートル先でマズルフラッシュが閃き、右肩口に熱を受ける。


「うっ、がっ……!」


 音速の世界で、目を剥いた。

 ダメージを確認すると、血液が飛び散っているのが見える。

 実際それを目の当たりにするのは、最低最悪の経験だったが、――球形の鉛玉が自身の骨を打ち砕いているところを、スロー映像でじっくりと観察することができた。


「――ちっ」


 狂太郎は、落ち着いて鉛玉を摘まみ、渾身の力を込めてそれを引っ張った。

 進行方向と真逆に引っ張られた弾丸は、最初こそ頑固に肩に食い込んでいたが、――やがて根負けして、狂太郎の手のひらに収まる。


 ほっと一息。

 すでに全身、びっしょりと汗をかいていた。


 その後、すぐさま反撃すべきか、迷う。

 だが念のため、止めておくことにした。狂太郎は足腰の力を抜いて、ごろんとその場に転がる。

 ついでに、襲撃者の人相を確認したりして。


 そこに立っていたのはいかにも不機嫌そうな顔つきの男で、その表情からは、世界に対する憎悪と絶望が窺える。ちなみに見覚えはない。

 彼が連れているのはどうやら、”ニンゲン”タイプのモンスターらしい。昨日見た、”ミツヒデ”と同型の鎧を身に纏っており、その手には火縄銃が握られていた。


――さて。どうしたものかな。


 狂太郎は少し考え込んだ末、……わざと《ブック》をその辺に投げ出して、その場に倒れ、苦しんでみせた。


「ぐ、ぐおおおおおっ! ああああ!」

『ど、どどど、ドーテイおじさんッ!?(おじさんっ!?)』


 現れた男は、狂太郎を見下ろしながら、嘲るように笑う。


「ははははは! サモナーさえやっちまえば、こっちのもんよ!」

「な……何者だっ」


 彼は答えず、飛びつくように《ブック》を奪い取った。


「よーし、こ、こ、これでレアモンスターゲットォ……」

『はああああああああああああ!? ふざけんな! だーれがお前みたいなやつのものになるかっての!』


 ヴィーラの怒鳴り声を無視して、男は本の表紙を撫でる。

 狂太郎は、顔色を蒼くしたまま、


「狙いは、ヴィーラか?」


 訊ねるが、やはり答えはなかった。

 男は不敵に笑って、《ブック》を大事そうに抱きかかえている。

 その様子を見て、狂太郎はむしろ、ほっと胸をなで下ろした。


――この感じ、とりあえず”異世界転移者”、ではない。


 もし連中なら、こんな回りくどい真似はしないだろう。


 恐らくは、昨日のヴィーラとの戦いぶりを見て惚れ込んだ、何者か。

 たまたま狂太郎の姿を見つけたから、――隙を突いてモンスターを奪おうと目論んだ訳だ。


――この世界、一歩街を出たら、修羅の国だと思った方が良さそうだな。


 実際この国、街の外では自力救済が当然としてまかり通っているらしい。

 これだけ文明が発展した世界でそれは、少しちぐはぐな印象を受ける。

 だが、それもある種の”異世界バグ”と言えるかも知れない。


「はぁ。くそ。痛い」


 狂太郎、大空を仰ぎ見ながら、肩を撫でた。

 油断、である。

 こういう事態に備えて、もっと慎重に行動すべきだった。――というのも最近、《無敵バッヂ》を遂に使い切ってしまって、不意の事故の救済措置を失ってしまっていたのである。


――知らず知らずのうちに、あのアイテムに頼って動いてしまっていたか。


 嘆息しつつ、狂太郎は懐から《武器軟膏》(※7)を取り出し、灰色の泥にしか見えないそれを、握りしめていた弾丸の方に塗りつける。


 するとどうだろう。


 狂太郎の負傷が、まるでビデオを逆再生するように、見る見る完治していくではないか。


「……よし」


 安堵しつつ、男を見上げる。

 彼はいま、盗んだ《ブック》を夢中でリュックサックに詰めていた。


――こいつ、”異世界転移者”とも”終末因子”とも関係ない、本当にただの一般人っぽいな。


 でなければ、このように無防備な背中を晒すはずはない。


――さて。どうしたものかな。


 最も道義的に正しいのは、この世界の法に裁いてもらうこと。

 だがいまは、そうしている暇が惜しい。


 とはいえ、……放っておく訳にもいかなかった。

 悪党には、それ相応の報いを受けさせなければ。


「うーん……」


 いっそ、私刑に処してしまおうか、とも思う。

 服引っぺがして簀巻きにして、適当な路地にさらし者にしてしまう、とか。


 いったん加速を解除して、狂太郎はゆっくりと立ちあがる。


 すると、彼の使役するモンスターの方が先に気がついて、慌てて”サモナー”の服を引っ張った。

 だが”サモナー”の方は、スケベ心丸出しでヴィーラに何ごとか囁いており、こちらに気づく様子はない。


「おい、あんた」


 やむを得ず、狂太郎は彼に声をかける。

 男はいったん、真顔でこちらを見たあと、――改めて驚愕の表情を向けた。


「ひっ……!」


 だがよくよく注意して見ると、彼が視線を向けていたのは、狂太郎ではない。

 その背後に浮かんでいた、一匹のモンスターに、である。


 天使の輪っかを思わせる回転翼を持つそのモンスターは、――つい先ほどまで狂太郎が声をかけようとしていた”ドローン”種らしい。

 彼は、宙空を忙しく飛び回った後、自己紹介代わりに、こう叫んだ。


「人のものをとったら、泥棒!」


 と。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※7)

 傷そのものではなく、それを与えた武器に塗ることで効能を発揮する、不思議な治癒薬。

 なおこちら、『アザミのアトリエ』世界を救ったときに、その世界の主人公役から譲り受けたものである。

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