280話 ハツデンショへ

「うう……むむ…………」


 ふと目を覚ますと、顔面の真ん中にヴィーラの足が乗っかっている。

 狂太郎はその、赤ん坊のような踵をぺいっと払いのけ、眉間を揉んだ。


――ひ、ひどいめにあった……。


 昨夜の”おままごと”がフラッシュバックする。

 ヴィーラの独善的な性格を丸ごとひっくるめたような、酷い内容の即興劇だった。空想の中の出来事とはいえ、昨日一晩で何人の男の人生が狂わされたのだろう。


「はあ……」


 嘆息して。

 その後、熱い珈琲を一杯飲んで。


――やはり、この娘に頼りっぱなしは危険だな。


 今後、無理を言うたびに”おままごと”に付き合わされていてはかなわない。


「おい、ヴィーラ。起きろ」


 狂太郎は、『すかー、すかー』と気持ちの良さそうに寝息を立てている彼女を揺さぶる。……少女は、子猫のように眠りこけるだけだ。

 やむを得ず、


「戻れ、ヴィーラ」


 と命ずる。すると、《ブック》から例の不思議なオーラが出現し、少女は本の中へと吸い込まれていった。

 本を開いて、まだ眠りについている少女の画を確認して、


「……よし。やるか」


 立ちあがる。


 少し遅いが、開業時間だ。



 その後、狂太郎は再び、娯楽室の面々を訪ねている。情報収集のためだ。


「すいません。この辺りで強いモンスターと契約できる場所はありますか? できれば”ニンゲン”か”カガク”属性のモンスターが良いんですけど」


 その質問に対する返答は、――少し、ぎこちないものであったという。

 というのも彼ら、


「俺たち、リアルなモンスター・バトルが苦手でね。あんまり詳しくないんだ」


 だが最終的には、彼らなりにツテを当たってくれたらしい。

 ちょっとした待ち時間ののち、元”サモナー”が知恵を貸してくれることになった。


「知っているかもしれんが、”ニンゲン”系のモンスターは、異世界で活躍した、高名な死者の魂が元になっているらしい。……つまり連中は、”ゲンソウ”や”カガク”属性のモンスターのように、無尽蔵に存在するわけではない。数に限りがあるんだ。だから”ニンゲン”は、モンスターの中でも、割と珍しい部類に入るんだよ」

「ふむ。……では、”カガク”系のモンスターはどうです?」

「それなら、良いところを知ってるよ」

「ほう」

「”カガク”系のモンスターは、各街に一つはある、ハツデンショ近くに湧きがちだ。ハツデンショは連中の餌場だからな」

「ふむ。……餌場? 発電所が?」

「うん。だからそちらに向かえば、”カガク”属性のモンスターと契約できるはず」


 と、いうことで、次の方針が決定。

 二匹目の仲間は、”カガク”属性のモンスターだ。



 街を出て、だだっ広い原っぱに一本、アスファルトで舗装された道路が続いている。

 見晴らしのいい道を一人、歩きつつ、


「それにしても、……――この世界、攻略WIKIがあまり役に立たないなぁ」


 これは、昨日辺りからうすうす勘づいていた事実だ。

 どうもこの世界、『ソウル・サモナーズ』を元に創られていることは間違いないのだが、――原作と異なる点が多々、見受けられる。


 例えば、狂太郎たちがいま向かっている南の”ハツデンショ”だ。ゲームにはそもそも、そのような施設は存在していない。


――これも一種の、”異世界バグ”かも知れんな。


 例えば、『ソウル・サモナーズ』に登場するモンスターの中には、このような設定を含んだものがいる。


『とあるエスパー少年が、変身した姿』

『人間の魂を、あの世へ持っていく』

『その正体を知った者は、恐怖のあまり死んでしまう』

『移動を止めると、呼吸ができなくなり死んでしまう』


 この手の裏設定は、ゲームにおける描写と矛盾してしまいがちだ。

 シナリオライターがその場のノリで決めた行為が、この世界全体に影響を及ぼしている。

 ”ハツデンショ”は、それらのつじつま合わせの産物かもしれない。


「やれやれ。また、”造物主”サマの悪いところが出ているな」


 深く、嘆息する。

 いずれ”造物主”と会う日がきたら、言いたいことが山ほどある。

 ここでのことも、その一つになるだろう。


 道なりに進んでいくにつれ、”ハツデンショ”の正体が徐々に明らかになっていった。


「これは……?」


 やがて現れたその場所は、――狂太郎の想定とは完全に違ったものだ。


「”ハツデンショ”というからには、もっと人工的な施設を想定していたが」


 違っていた。

 そこにあったのは、天然のオブジェクト、とでも称されるべきものである。


 結論から言うとそれは、電気を発する巨大な岩、であった。


「へぇー」


 岩には注連縄のようなものが巻かれており、そこから、数本の電線が伸びている。

 電線はどうも、シィ・シティにまで接続されているようだ。巨岩が産み出すエネルギーだけで、都市一つの電力を賄っているらしい。


「ぼくたちの世界の発電所より、よっぽどエコかもしれんな」


 観光地に来たような気分でそれを眺めつつ、”ハツデンショ”の周囲に虫のように集まっている”カガク”系モンスターの群れをチェック。なるほど、数が多い。あそこなら、ぺーぺーのサモナーでも一匹くらい契約してくれるモンスターがいてもおかしくない。


 なお、その周辺には、


『人間が近づいて良いのはここまで』

『危険! これ以上近づくと感電の恐れあり』

『モンスター勧誘の方、この辺りでストップ!』


 という親切な看板もあって、この辺りがオススメのナンパ・スポットであることがわかった。


「よし」


 狂太郎は、大きく深呼吸。

 顔面を揉んで、笑顔の練習をして。


「やるか」


 勧誘を開始する。



 その後、待つこと十数分ほどだろうか。


『色々食べたけど、やっぱりシィ・シティのハツデンショの電気が一番っしょ』

『グルメだねぇ。俺はぶっちゃけ、ビィもシィもディもイーも……ぜんぜんわからん』

『だから、本当にいい電気を食ってないからそうなるわけよ。お前もうちょっと、いいもん食っとけって』

『えーっ。でもなぁ。正直俺、ピンとこないよ』


 最初の勧誘対象が、その辺りを通りがかったのは。


 彼らの姿を一言で説明すると、


――ピクサー系のアニメの世界だな。


 そう、思う。


 通りかがった二匹のモンスターは、体高150センチほどの小型車に見えるものであった。

 とはいえ、決してそれは、乗用車ではない。その生き物には、人間が乗り込めるような機構が一切、存在していなかったためだ。元来、ヘッドライトがくっついているであろう場所が目の役割を果たしているらしく、彼らが話すたび、ライトの部分が感情豊かに瞬くのがわかった。


――これまた、奇妙な動物がいたもんだ。


 ちょっと見たところそれは、何かの玩具のようにしか見えない。不思議な感じだ。


「あのぉ。すいませーん」


 狂太郎はそこで、精一杯親しげに声をかける。

 すると、二匹のモンスターは一瞬だけこちらに目配せして、


『……ん。なんすか?』

「ぼく、サモナーなんですけども」

『はあ。それくらい、観たらわかりますけど』

「そうですか。では話が早い。ちょっとぼくと、契約して――」


 そこまで言いかけたあたりで、モンスターたちは土煙を上げて走り去ってしまった。

 狂太郎は目を丸くして、


「え。なんで?」


 すると《ブック》の中から、(いつの間にか起きていた)ヴィーラの高笑いが聞こえてくる。

 『だから、言ったでしょ?』と。


『あたしたちにゃあ、直感的にわかるのよ。その”サモナー”と、仲良くやってけるかどうかがね』

「ふーん。そうかね」


 渋い表情で、眉間を揉む。


――それならきみ、ぼくと『仲良くやってけそう』だから、契約を申し出たことになるが。


 などと皮肉を言うほど、狂太郎も無粋ではない。


 本日のお仕事は、さっそく難航しかけていた。

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