276話 《魅惑のダンス》

「ヴィーラ!」


 バトルフィールド上を駆け、少女の元へと走る。体長50センチほどの身体を支えると、――少女は、羽根のように軽かった。


「おい、大丈夫か?」


 まず狂太郎は、周囲に聞こえるよう、大きめに声をかけて。

 少女の返答を待たず、「えっ。なになに……なんだって!?」と小芝居を打つ。


「――なんと! せめて観客のみんなに、自分のダンスを観てもらいたい、と?」


 これに対しては、ヴィーラも心得たものだった。

 『いきなりぶっ込んできたな、こいつ』という表情を見せたのはほんの一瞬だけで、その後は力なく、こくりと頷いてみせる。


「よーし。わかった」


 そこで、苦悶の表情をひとつまみ。もちろん演技である。


「――とはいえ! これはもはや、なんの意味もない行動だが! なぜなら、チーフ”サモナー”が使役するミツヒデは、目隠しをしているのだから!」


 少し、臭すぎるだろうか?

 いや、これでいい。むしろこれくらいでちょうど良い。


「恐らくもはや、この試合の負けは決まったようなものだ! だが、このまま敗北するのは、大きな心残りがある! なぜなら、ヴィーラが苦難の末に覚えた、最後のスキルを披露せずに終わることになるためだっ。……――だからせめて皆に、覚えた技、《魅惑のダンス》を披露してやりなさい」


 言って、ゆっくりと距離をとる。

 ふいに目頭の辺りを抑えた。痒いな、と思ったためである。


 容赦なくトドメの一撃を受けることだけが最後の危惧であったが、――それはなさそうだ。

 チーフ”サモナー”をみると、相変わらず爽やかな笑顔を浮かべたまま、「うん、うん」と頷いている。


――情け深い相手で助かった。


 これにて、勝利確定である。

 そして狂太郎は《ブック》を開き、こう言った。


「では、ヴィーラ。《魅惑のダンス》を踊ってみせろ」


 皆の視線が集中する。


 ヴィーラはバトルフィールド上空、数メートルの位置まで力なく浮遊し、そして、大きく深呼吸した。

 周囲に、少女の放つ”まりょく”と”みりょく”が充満していくのがわかる。

 技を直接受けていない狂太郎ですら、見蕩れてしまいそうだ。


 まず目に見える異変は、少女の周囲に発現した。


 不明の理由によりバトルフィールド上の明かりがいったん暗くなり、ヴィーラを照らし出すよう、スポットライトが当てられたのだ。

 光源ははっきりしていない。何らかの魔術的な影響が発生しているらしい。

 そしてどこからともなく、ちょい電波系のアイドルが歌うような曲調のミュージックが流れ――血まみれ、傷まみれの少女が、歌い始めた。

 その時、ヴィーラが歌った曲の歌詞は、以下のようなものであったという。



『あなたのことが スキスキ ダイスキ

 なのにあなたは だれかに 夢中

 どうして? どうして? なんでなの


 だけどわたしは あきらめないわ

 だってそういう しょうぶんだもの


 わたしのお花は ちいさくて

 ちくりと刺されて チュクチュクしちゃう

 そうよ そうよ それだけね

 わたし あなたに夢中なの

 好きヨ 好きヨ 好きヨ


 ああ でも なんでなの

 あなたは どうして いくつもの

 愛の言葉を 持ってるの?

 そして それらをばらまいて

 今夜もきっと そわそわ きょろきょろ


 でもね

 その話をすると あなたはきっと こういうの


(セリフ)「面倒な話は、止めにしよう。それよりさ、なぁ……スケベしようや……」


 止められないの この気持ち

 そんなあなたに 私は夢中


 わたしのお花は ちいさくて

 ちくりと刺されて トロトロしちゃう

 そうよ そうよ それだけね

 わたし あなたを 愛しているの

 好きヨ 好きヨ 好きヨ


 なお、物語序盤に付き合っていたフニャチン野郎にはなんの未練もない。』



 のちにこの歌詞の意味を尋ねたところ、『くっさい中年のキモデブおっさんに寝取られたクラスのマドンナ(容姿端麗、文武両道)の気持ちを歌った曲』らしい。


 帰還後、狂太郎は筆者に、こう語っていた。


「歌詞の内容に関してはともかくとして、その踊りは見事なものだった」


 と。

 何ごとにも辛口に評する彼がこういうのだから、それは実際、大したものだったのだろう。


 宙を舞い、踊り、くるくると回って見せて、にこりと笑い、――仕上げとばかりに、お淑やかなお辞儀レヴェランス

 重力を無視できる、フェアリーならではの見世物であった。


 これには、


「すっげえ……初めてみた! これがフェアリーの《魅惑のダンス》か……!」


 と、観客のおっさんの一人も息を呑んだほど。


「どうした急に」

「もともと、フェアリーはめちゃくちゃレアなモンスターなんだ。争いを好まないから、めったなことじゃ契約もできないはず。――考えてみれば、彼女がここで戦っていること自体、非常に珍しいことなんだよ」


 狂太郎もそれには、へえ、と思う。


 のちに攻略WIKIで調べたところ、最初の森でフェアリーと出会える確率は、1/8192とのこと。その時まで気づかなかったが、狂太郎はかなりレアなモンスターと契約していたのである。


 この手のゲームにおいてレアリティの高いモンスターは、ピーキーな性能であることが普通だ。

 故に狂太郎は、それを活かした戦略を採るしかなかった。


 歌とダンスが終わって。

 チーフ”サモナー”が大きく拍手し、――厳かに告げた。


「これほどの大技だ。きみのフェアリーは、もう魔力切れだろう。降参するかい?」


 すると狂太郎は、むしろこっちが驚きだ、とばかりに目を丸くして、


「えっ。降参するのは、そっちの方だとおもうけど」

「――は?」

「いやだって、……きみのモンスター」


 指さすと、――ミツヒデが、ヴィーラを呆けたように見つめている。

 その目を覆っていたはずの鉢巻きは、いつの間にか足元に落ちていた。


「……なっ!? 馬鹿な!」


 チーフ”サモナー”は、これでもかと目を見開き、ミツヒデに語りかける。


「お、お前まさか……!」

『…………(ふるふると首を横に振る)』

「ちょ、ミツヒデ、嘘だろ。戦うんだ!」

『…………(ふるふると首を横に振る)』

「……え、おいおい。ミツヒデ! まさか……!」

『……………………』

「……恋……しちゃったの……かい……?」

『…………(こくり、と首を縦に振る)』


 同時に、一時は静まりかえっていた会場が、わっと盛り上がる。


「やれやれ……こう来たか」


 チーフは頭をぽりぽりと掻きむしって、


「きみ、先ほどみんながダンスに夢中になっていた間に、何か小細工を?」

「? 悪いが、何を言ってるか検討もつかんな」

「あの目隠しは、絶対にほどけないように結んでいたはずだ」


 もちろん、狂太郎はそれを知っている。

 結び目をほどいたのは、彼自身なのだから。


「何を言う。いくら、みんなの意識がヴィーラに向いていたからって、敵モンスターの鉢巻きを取りに行ったりしたら、気づかれるに決まってるだろう」


 実際、いかに狂太郎が弾丸の如く動けるとはいえ、みなの意識が集中している間にそれをするのは難しい。

 だからこそ、「ここぞ」というタイミングで《すばやさ》を使う必要があった。

 みなの意識が逸れる瞬間。今回の場合は、――ヴィーラが《魅惑のダンス》を踊っている真っ最中が、その時だったのである。


「結び目は、自然とほどけたんだろ。それ以外には考えられん」


 チーフ”サモナー”は、まだ納得できていないようだったが、――実際、狂太郎が何かしでかした証拠がない以上、その場の判定は、


――戦意喪失。勝負あり。


 とする他になかった。


「よーし……!」


 ぐっとガッツポーズする狂太郎。


 観客たちの歓声が上がる。

 さっきまで野次と敵意でいっぱいだった会場はいつの間にか、こちらの応援一色に変貌していたという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る