275話 根性

「諦めるなミツヒデ! 《心眼》のあと《パワーショット》!」

「よし、ヴィーラ。先ほどと同じ手だ」


 ばきゅーん。


『ウギャアアアアアアアアアアアアアアアあああしねしねくそくそくそくそくそ!(いたい)』


「よーしミツヒデ! 効いてる効いてる! さらに《心眼》! 《パワーショット》!」

「がんばれ、ヴィーラ。もう一度、銃口を手で塞ぐんだ」


 ばきゅーん。


『ひえええええええええいたいいたいいたいいたい! うんち! うんち!(すごくいたい)』


「いいぞミツヒデ! もう一度同じことを!」

「同上」


 ばきゅーん。


『ひぎいっ! ひん!(もう堪忍して)』


「もう一度だ!」

「こっちも、もう一度。――もうそろそろ、痛みも感じなくなってきているだろ?」


 ばきゅーん!


『うぐぐぐぐぐぐぐ(いたいことには、いたい)』


 同じことがもう一度繰り返されようとした、その時である。

 たまりかねたヴィーラが、このように叫んだ。


『鬼! 悪魔! 畜生! ロリコンリョナ属性! みなさーん! このおっさんはモンスターを虐待することにより性的に興奮する変態です!(助けてください! この人は邪悪な性質を持ち、モンスターを虐待しています!)』 


 狂太郎は嘆息して、じっとその場に佇む。

 暴言吐かれっぱなしだが、それを真に受ける観客はいない。


 この世界のモンスターとサモナーは、常に対等の関係であるためだ。


『……この人はあたしを、フィギュアぶっかけに使っています! あたしは降参する気マンマンなのに、無理矢理戦わされています!(誰か助けて降参させて)』


 とはいえこれは、本心ではない。ヴィーラはいまだにバトルフィールドから出ていないし、――何より戦闘は、続行している。


 チーフ”サモナー”はそこで、にやりと微笑んだ。


「よし。ではそろそろ、作戦を変えさせてもらおう」


 狂太郎は、眉をしかめる。

 やはり敵には、攻略WIKIに載っていない奥の手があるようだ。


「――ミツヒデ! いったんここは、武器を刀に持ち替えて《刃の盾》!」


 ちゃき、と、そこでミツヒデが武器を持ち替え、懐刀を抜く。

 同時に、彼の持つ刀が複数にぶれて見えた。


――む。《心眼》なしにスキルを使ったのか。


 ならば、大した命中率の攻撃ではないはず。……などと慢心するほど、敵を甘く見てはいない。

 狂太郎は咄嗟に、こう叫ぶ。


「ヴィーラ、いったん距離を!」


 同時に、ミツヒデが刀を振るった。すると、ミツヒデの周囲に鋼色の輝きが複数生まれて、彼を取り囲むような格好となる。


「刃のバリア……みたいな感じかな?」


 良くわからないが、ゲーム的にあのエフェクトを解釈すると、そんな感じだ。

 続けて、チーフ”サモナー”は叫ぶ。

 恐らく、《体当たり》警戒だろう。よほど目隠しを外されたくないらしい。


「その状態で、再び《心眼》! 今度は《五月雨斬り》でいく!」

「――む」


 狂太郎は一瞬、《すばやさ》を起動し、最速で《五月雨斬り》について検索する。


『技名:《五月雨斬り》

 効果:低威力・低命中率の連続攻撃。最大五回までヒットする。《心眼》の後に使うと、確実に全てヒットする』


 これは少々、マズいことになった。

 この技の組み合わせの場合、先ほどのような、応急処置的な技は使えない。

 それに、ミツヒデとヴィーラには、倍以上のレベル差があることも忘れてはいけない。

 例えそれが『低威力の攻撃』であっても、致命傷になる可能性は高いのだ。

 狂太郎は一瞬だけ目をつぶり、降参すべきか、検討する。

 だがもし、ここで挑戦せずに敗北した場合、あらゆる点において後悔が残るだろう。狂太郎にとっても、……たぶん、ヴィーラにとっても。


――やろう。


 部下に辞令を渡すような気持ちで《すばやさ》を解除。


「ヴィーラ。次の攻撃は、ダメージを減らす方法はない」


 すると少女は、『へ?』という顔を向ける。


「だから、防御姿勢を取って敵の攻撃を全て受け止めろ。根性だ」


 根性。

 あまり好きではない言葉を使うしかない辛さである。


 対するヴィーラは何も言わず、ただ目だけで、こう聞いていた。


――それでもちろん、勝ち目はあるのよね?


 と。

 狂太郎は、鷹揚に頷いて、


「次だ。次の一手で決まる。それに全てを賭けてくれ」


 そう言い切る前に、《五月雨斬り》が襲来する。

 彼我の距離は、十数メートルほどだろうか。

 その距離を、目隠ししたままのミツヒデが猛烈な勢いで接近し――跳躍。


『――ッ!』


 それは、ある種の曲芸じみた攻撃だった。

 その時、頭に浮かんだ映像は、――かつて路上で観かけた、猿回し。訓練された小型動物でしかなしえない身のこなしだ。


「ヴィーラ!」


 狂太郎は、名を呼んで彼女を応援することしかできない。

 妖精の少女は、両腕を十字型に構えて、襲い来る攻撃を受け止める。

 ざく、ざく、ざく、ざく。

 すでにぼろぼろになっている少女の腕に、幾度となく刃が振り下ろされた。


『やっ、うっ、ぐっ……ううっ!(四回も斬られたのでいたい)』


 ぱっと試合場に、鮮血が降り注ぐ。

 絵面は一転、殺人鬼と童女、という感じだ。


――がんばれ。ニンゲン属性の攻撃は、ゲンソウ属性のモンスターにはあまり効かないはず。


 そしてミツヒデが、最後の一撃をヴィーラに振り下ろす。


『……あっ!(五回も斬られたのでいたい)』


 同時に、飛行力を失った妖精が、バトルフィールドの真ん中に叩き付ける格好で、落下。

 その傍らに、ミツヒデがすとんと着地する。


『げ……ほっ……(ひどい)』


 今の、たった一回の攻撃技で、ヴィーラの体力の大半が失われたのがわかる。

 恐らくいま、瀕死手前と言ったところだろう。


――だが、生きている。まだ戦える。


 合成樹脂で作られた試合場が、少女の血で濡れていた。

 さすがにこの時ばかりは、しん、と場内が静まりかえる。


 同意の上のバトル。それはわかっている。

 だが、やってることは実質、(我々の世界で言うところの)闘犬と変わらない。

 これが残酷な見世物であることは、紛れもない事実だ。


「――新人サモナーくん。……仲道狂太郎といったね」


 神妙な面持ちで、ビィ・シティのチーフ”サモナー”が言う。


「君の名前を覚えておこう。君と、そこのフェアリーは、よく戦った」

「まだ、勝負は終わってない」

「いや、無理だ。仮に彼女がまだ立ちあがったとしても、すでに君たちは詰んでいる」

「?」


 狂太郎が不思議そうにしていると、今度はちゃんと、懇切丁寧に教えてくれた。


「実はね、――これまでに私が出したモンスターは皆、平均レベルを落とした状態で使わせてもらっていたんだよ」

「ふむ」

「特にカツイエなどは、レベル6だ。……それもこれも、チームメンバーは『平均レベル10』でなければいけないという、ビィ・シティジムのルールに合わせるために」

「ということは、――」

「そう。このミツヒデのレベルは、……15! つまり、きみが想定しているよりも、かなり大量の”まりょく”をもっていたと言うことだ! つまり……」


 これまでのような、魔力切れによる勝利はない、ということか。


「大技を連発させて、もう少しだ。……そんな風に思っていただろう? だが実際のところ、ミツヒデの残り”まりょく”は、まだまだ余裕がある。先ほどの《五月雨斬り》がもう、3,4回は発動できるほどなのさ」

「ふーん。そんなに」


 ブラフの可能性もあるが、気が遠くなるような回数だ。

 それだけの攻撃を受け止めろというのは、――さすがに、ヴィーラに「死ね」というのに等しい。


 だが。

 そこまで聞いて、なお。


『ううう……(根性……)』


 少女は、立ちあがった。立ちあがってくれた。

 その姿を見て、狂太郎は率直に、こう思う。


――こいつとなら、世界、穫れるかもしれんな。


 別に、チャンピオンになるために、この世界に来たわけではないのだけれど。

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