274話 正念場

 チーフが繰り出した最後のモンスターは、――兎耳を思わせる装飾と、抉り半月の前立が特徴的な兜の鎧武者だ。その手には、火縄銃と思しき武器が握られている。


 彼の契約者曰く、その名は”ミツヒデ”。


「出たか」


 嘆息混じりに、傍らのヴィーラに声をかける。


「あいつはこれまでの敵とは違うぞ」


 だが、聞いているのかいないのか。

 ヴィーラはなんだか、ポワポワと酔っ払っているような状態で、呆けた表情を向けるだけだ。

 狂太郎は嘆息して、


「しっかりしろ。ここまできたら、完璧に勝つぞ」


 少女は、『えー?』と、不思議そうな表情だ。


『でもあたし、これまでずーっと、日がな一日股ぐら弄くって生きてきたんだぜ。こんだけやれたんだったら、十分じゃなーい?(ずっと遊んで暮らしてきた私にしては、十分働いた方ではないですか?)』


 何をまた、意識の低いことを。


「馬鹿者。ここで最後まで踏ん張れなければ、一生後悔するぞ」


 答えは、不満げな『むーっ』のみ。


――よくない傾向だな。敗北フラグっぽい。


 戦闘能力が数値で表現されることの多い異世界人たちだが、当然、メンタルによってその実力は上下する。

 とはいえヴィーラの気持ち、わからなくもない。ここまで戦えば、十分に地元で大きい顔ができるだろうし、彼女にはそもそも、バトルに勝って得られる報酬が、あまりない。


――やはり、ゲームとは違うな。


 モンスターは、命ずれば思った通りに動いてくれるような存在ではない。

 メンタルケアも、”サモナー”の仕事のようだ。


「なあ、ヴィーラ。きみにとっていま、一番楽しいことってなんだ?」


 狂太郎は、そっと少女に尋ねる。

 彼女はというと、少しだけ不思議そうな顔をして、


『? ……んー。ま○ずりかな(マスターベーション、でしょうか)』


 目眩がした。


「すまん。それ以外で、だ」


 ヴィーラは、もう一度だけ考え込む。

 そして、少しだけ恥ずかしそうに、こう言った。


『……お』

「?」

『おま……』


 厭な予感がする。

 次に続く言葉が、『ん』と『こ』であった場合、もうどうすればいいかわからない。

 だが狂太郎は、敢えてそのまま話を続けさせた。

 不思議とその時だけは、彼女の目に純粋な輝きが見られたためである。


『おままごと。……おともだちと、おままごと、するの』


 一瞬、「その程度のことか」と思う。

 だが、何に価値を見いだすかは、人それぞれだ。狂太郎は即座に頷いた。


「よし。それで行こう」

『え?』

「無事ここで勝てれば、きみのおままごとにいくらでも付き合ってあげよう」

『いいの?』

「いいとも」

『でもその前に、ちゃんとお友達にならないと』

「? ぼくたちはもう、友だちだろう」

『え』

「きみひょっとして、あれか。確認し合わなければ、友人も作れないのか。不器用なやつだな」


 不思議だった。

 それまで、口を開けば汚い言葉が飛び出していた少女の顔が、その時だけ十歳前後の童女のように見えたのである。

 とはいえ、そう思えたのはほんのわずかな時間だけで、


『ふんふん。――なるほど。ケツ毛ボーボーの汗臭不潔おじさんがそういうなら、……まあ、ちょっぴり頑張ってあげなくも……ないわね(おじさんのことは気に入りませんが……まあ、ベストを尽くしましょう)』


 すぐにいつもの調子に戻ってしまったが。


 と、そこでようやく、ビィ・シティのチーフ”サモナー”が声をかけた。


「打ち合わせは十分かい?」

「ああ。待たせてしまって、すまない」

「いいんだ。――こちらも作戦会議をさせてもらったから」


 チーフはいま、弟子と思しき”サモナー”から何かを受け取っている。

 細長い布きれ。――一目見て、わかった。

 どうやらそれは、即席で作ったハチマキらしい。チーフ”サモナー”はそれを、ミツヒデの兜にぐるりと巻き付け、ぎゅっと硬く結びつける。


「なるほど。考えたな」


 ヴィーラの魅惑対策に、敢えて視界を塞いで挑もうというのであろう。


「レベル5のフェアリーなら、確か《魅惑のダンス》を覚えていたはずだ。――それが君たちの切り札だったんだろう?」


 さすが、良い勘している。

 実際、次の戦いの決め手は《魅惑のダンス》のつもりだった。


「だが、目を塞いでしまっていいのかい。ただでさえ低い命中率が、これで完璧に0%になってしまうぞ」


 ヒントをくれないか、ダメ元で訊ねてみるが、チーフ”サモナー”は不敵に微笑むだけだ。


――やはり、何も考えなしの行動ではない。


 試合開始の鐘が鳴る。

 同時に、ヴィーラは真上へ飛行。

 すぐさまチーフ”サモナー”は、


「ミツヒデ! 《心眼》を!」


 すると、観客席のおじさん二人組の一人が叫んだ。


「やはり来たか! チーフ十八番の、《心眼》スキルだ!」


 その片割れが、不思議そうに訊ねる。


「どうした急に」

「《心眼》スキルは、その次に発動させる攻撃技の命中率を100%にする技ッ! 目隠ししていようが、敵の未来の動きを”観る”ことができるのだッ。これならあの、”フェアリー”の”みりょく”スキルを無視することができるっ」


 なるほど。そういう技ね。ネタバレありがとう。

 事前に調べていた情報には、なかった技だ。

 どうやらこの世界、スキルに関しても独自開発が行われているらしい。


「ヴィーラ! あっちこっちに飛び回れ! ぼくにまとわりついてきた時みたいに!」


 少女は、『あいよ』という声と共にフィールド上を蠅のように飛び回った。

 チーフ”サモナー”はそれに応ずるように、


「ミツヒデ、落ち着いて狙いを付けろ、――」


 と、火縄銃を構えさせる。

 狂太郎は、その発射タイミングを見計らって、


「ヴィーラ。ぼくを信じて、銃口を手で塞げッ」


 この、命令。

 のちになって思えばこの、《ブック》を通じた強制力のない命令を彼女が聞いてくれるかどうかが、戦いの勝敗を分けたことになる。

 実を言うと狂太郎は、きかん坊のヴィーラがこの命令に従うはずがないと思っていた。

 だが、正直言ってそれでも良かった。

 彼女には色々言ったが、――万一、ここで敗北したとしても、これまでの三匹で十分に経験値は稼いでいたし、それで構わないと思っていたのだ。


 だが、少女は驚くべき恐怖への克己心を発揮して、狂太郎の命令を実行に移す。


「いまだ! 撃てッ。《パワーショット》!」


 すると、当然の出来事が起こった。

 ばつん、というくぐもった破裂音が聞こえて、少女の左手を弾丸が貫通したのである。


 技そのものは、ナガヒデが使ったものと同じ、だが。

 今回の場合は、攻撃力そのものが違っていた。


『あーーーーーーーーーーーーーーーーいったあああああああああああああ糞糞糞糞、ちんこちんこちんこちんこちんこ! うんこうんこおまんこおおおおおおおおおおおお!(とても いたい)』


 ヴィーラの絶叫が、場内に響き渡った。

 これまで、しっかりと彼女の声が聞こえていなかった観客が、ちょっぴり引いている。


「よし。作戦通りだ」

『作戦通りじゃねえええええええええええええええええええこのゴミくず”サモナー”! あとでその、股ぐらにぶら下がってるもの、引きちぎってあげるわ!(これで負けたら、あとで酷い目に遭わせます)』


 狂太郎は応えず、


「ヴィーラ。敵の顔面に《体当たり》!」


 《ブック》のエネルギーに導かれるまま、少女は文句一つ言わずにミツヒデの頭部、――その、面具があるあたりに体当たりをする。


『――――――――――……!』


 無口な武士は、仮面を抑えるような格好で数歩たじろぎ、頭をぶんぶんと振る。


「痛いだろうが、全て作戦通りだ。相手の攻撃を絶対に躱せないなら、損傷しても問題ない部位を犠牲にするしかない。きみの場合、手を犠牲にするのが、一番戦闘に支障がない」


 その断定口調に、ヴィーラは『それって、まさか……』と、絶望的な眼差しを向けている。

 狂太郎はそんな彼女に、重々しく頷いた。


「そうだ。きみはこれから、同じことを何度も繰り返すんだ。……敵を倒すまでね」


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