273話 三連戦
『う~~~~』と、小さく唸っているヴィーラを前にして、ビィ・シティのチーフ”サモナー”が不敵に笑った。
「よし。では手始めに……いけ、”カズマサ”!」
すると彼の《ブック》から、巨大な『U』の字の前立で兜を飾った男が出現した。
髯つきの面具を装着しているため顔つきは不明だが、そののぞき穴からは、ただ者ではない、ギラついた眼光が漏れ出ている。
『…………………』
男の手には、刃渡り三十センチほどの短刀が握られていて、カズマサと呼ばれたモンスターはそれを、無言で身構えた。
――へえ。結構、子供心を刺激されるデザインじゃないか。
どことなく、プラモデル感のある出で立ちだ。
相対するヴィーラは、空中で三角座りっぽい格好になって、震えている。
「おや。先手を譲ってくれる、ということでよろしいかな?」
「……………………」
「では! カズマサ、《切り裂く》攻撃!」
すると、カズマサが地面を蹴って肉薄。ヴィーラの身体を切り裂くべく、刀を振り下ろした。
「ヴィーラ。かわせ」
狂太郎が落ち着いて命ずると、彼女は素早く真上に飛行して、敵の攻撃を回避する。
「空へ逃げるか。……ではカズマサ。続いて《真空斬り》を喰らわせろ!」
『――…………ッ』
無言の仕事人、カズマサが力を込めると、刀に何らかのエネルギーが宿っていく。
「ヴィーラ。斬撃が跳んでくるぞ。よく見てかわせ」
命ずると、少女は『いわれなくてもッ』とカズマサが放つ”飛ぶ斬撃”を回避。続く《真空斬り》の連続攻撃も同様に、次々とかわしていくのだった。
「うまいぞ。その調子だ」
平静を装いつつ、狂太郎の内心はぐっと汗を握っている。
攻略WIKIで調べた計算式的に、ヴィーラが敵の攻撃を回避できる確率は97%。
これを5回繰り返した場合、敵の《真空斬り》が当たる確率は14.13%になる。事故が起こらない確率ではなかった。
そして敵も、それを承知した上で攻撃を繰り返している。
「……がんばれっ!」
狂太郎が叫び、――ヴィーラが最後の《真空斬り》を回避する。
するとカズマサは、『ふう……ふう……』と、息を切らせて、その場で膝をついた。
「そこまで!」
と、そのタイミングでチーフがカズマサの敗北を宣言する。
思わず狂太郎も、ガッツポーズ。わっと辺りから、ブーイング8割の歓声が響き渡った。
「第一試合は、ヴィーラの勝利とする。……よくやったな。もどれ! カズマサ!」
カズマサは憎々しげな表情をヴィーラに向けながら、チーフの《ブック》の中へと戻っていく。
少女がふわふわと狂太郎の耳元に近づいてきて、
『えっとこれ……どういうウマのクソ?(よくわからないんですけどこれ、どういう状況ですか?)』
「単純だよ」
狂太郎は、安堵混じりに、
「相手の”まりょく”が切れたんだ」
なおも『?』という顔をしているフェアリーに、
――本当にこの娘、世間知らずなんだな。
異世界の住人に、その世界のルールを解説するのも、なんだか変な感じだ。
「きみたちモンスターは、技を使えば使うほどに魔力を消耗する。そして魔力切れになると、何もできなくなってしまうんだ。……ここまでは、いいな?」
ヴィーラが、素直に頷く。
道中、軽く食事を摂ったのは、ヴィーラの魔力補給のためでもあったためだ。
「カズマサが覚えている遠距離攻撃は《真空切り》のみ。《真空切り》は強力な遠距離攻撃だが、消費する魔力が大きすぎるんだ。ぼくは、敵の攻撃を五度回避できれば、相手が降参することはわかっていた」
だから、チーフ”サモナー”はカズマサを下げた。
これ以上モンスターを戦わせても無意味だとわかっていたためだ。
ヴィーラは一瞬、『ふーん』と納得しかけた、が。
『えっと……ん? あれ? だとしてもあんた、どーいう了見でカズマサのケツ穴まで知ってたわけ?(それでは、貴方はどうして、カズマサの能力を知っていたんですか?)』
狂太郎はそこで、わざとらしく口笛をぴーぴー吹く。
攻略WIKIに関しては、まだ話す時ではない。
『……ま、いいや。もうしばらくだけ、あんたのチ○ポにむしゃぶりついてあげる(まあ、いいでしょう。もう少しだけ付き合います)』
最初の勝利で気を良くしたヴィーラが、再び試合場へ向かっていく。
――……さて。
そろそろ、彼も本気を出してくる頃だな。
いま、いくつかわかったことがある。
――少しずつ、だが。ゲームにおける敵の技構成と、違っている。
どうやら、攻略WIKIに頼り切った戦略は、危険らしい。
異世界人とて馬鹿ではない。ビィ・シティジムのチーフ”サモナー”も、”平均レベル10”、”使用属性はニンゲンのみ”という縛りの中で、様々な戦術を考えているらしい。
「いけ、ナガヒデ!」
現れたのは、先ほど姿を現した個体とそう変わらない、武士の甲冑をモチーフにしたと思われるモンスターだ。
だが、武装が違う。今度のモンスターは、弓を装備していた。
「ナガヒデ、《パワーショット》!」
叫ぶと、ヴィーラの頭部目掛けて、ナガヒデが弓を引く。
「ヴィーラ。とりあえず、さっきと同じ動きだ」
今度は悲鳴一つ上げず、少女は上空に飛び上がった。
同時に、ぱっと金色の矢が飛ぶ。
金色のエネルギーを纏ったそれは、観客席方向へと飛び、不可視のフィールドに突き刺さる。
「――ッ」
一瞬、《すばやさ》を使うべきか迷っていた狂太郎は、慌ててヴィーラに注意を呼びかけた。
「今度の敵は、遠距離攻撃が得意そうだ。さっきと同じく、息切れを狙う戦略はなしだ、――」
そこで狂太郎は言葉を切る。
敵が再び、《パワーショット》の構えを見せたためだ。
「もう一度攻撃を回避して、――《キュートなキス》!」
叫ぶ。
同時に、ヴィーラは敵に向かって弾丸のように突撃しつつ、――《パワーショット》の一撃を紙一重で回避する。
「よし。うまいぞ!」
やはり、というか。彼女のステータスは素晴らしい。普通のフェアリーなら、こう上手くいかなかっただろう。彼女の個体値が素早さ偏重でいてくれているお陰だ。
――それと、もう一つ。
素早さほどではないが、彼女にとって強みであるステータスがある。
魅力値だ。
ヴィーラはまず、敵の目前に急接近し、
『……………………!』
『……………………!』
一瞬、モンスター二匹がにらみ合う。
そして少女は、ちょっぴり身をくねらせて、『んーまっ』と投げキッスをした。
それはどこか、バラエティ番組の企画で無理矢理やらされている子供アイドル、という感じのつたなさであったが、――むしろそれがナガヒデのツボに突き刺さる。
甲冑を身に纏ったその男(?)は、その場で膝をついて、がくりと動かなくなってしまった。
これにはビィ・シティジムのチーフ”サモナー”も狼狽して、
「ナガヒデ、次は《五月雨打ち》を……!」
『…………(ふるふると首を横に振る)』
「ちょ、ナガヒデ、嘘だろ。戦うんだ!」
『…………(ふるふると首を横に振る)』
「……え、おいおい。ナガヒデ! まさか……!」
『……………………』
「……恋……しちゃったの……かい……?」
『…………(こくり、と首を縦に振る)』
戦意喪失。
勝負ありだった。
わっと歓声が上がる。野次と思しき声は、少し減っただろうか。
『や、や、や、やったあ二連勝ッ! 股ぐら弄くるより、100倍気持ちいい!(二連勝! ちょーきもちいい!)』
そんな彼女に、狂太郎は不敵な笑みを浮かべる。
「二連勝じゃない。三連勝だ。次の敵は遠距離攻撃がないから、彼はすぐ降参すると思う」
狂太郎が言うとおりになった。――次の敵、”カツイエ”は豪奢な鎧を身に纏った鈍重そうなモンスターだったが、ヴィーラと向き合った次の瞬間、あっさりと武器を納めたのである。
これにはヴィーラのテンションも天井知らずとなって、
『あ、あ、あ、あんた!(あなた!)』
と、狂太郎の頭をぽむぽむぽむぽむと撫でた。
『あんたひょっとして、ただのドーテイ短小おじさんじゃ、ないわね? あんたの正体は……スーパー童貞短小おじさん! そうでしょ?(あなたさては、ただものではないですね?)』
「……………………」
狂太郎は応えず、次の敵を見据える。
ここまではまあ、想定通り。
次の戦いが正念場だと、わかっていたためだ。
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