272話 ジム戦
「ではでは! チャレンジャーにルールを説明しますね~」
緑色のスーツを着た受付嬢が、にこやかに狂太郎に告げる。
「狂太郎さんは、ビィ・シティのチーフ”サモナー”との戦闘をご希望で、よろしかったでしょうか?」
「はい」
「いちおう言っておきますが、チーフが使うモンスターの平均レベルは、10となっております。そちらのモンスターは……」
「レベル5が、一人だ」
「……。規定では、参加条件は『レベル15以下のモンスターであること』とされています。レベル5のモンスターでは、少し苦戦されるかもわかりません。それでもよろしいですか?」
「大丈夫です」
「また、もしチーフに敗北した場合、勝負の懸賞金として10ゴールドを自腹で支払って頂くことになりますが。……持ち合わせはございますか?」
「ある」
平然と嘘を吐く。
負けた時のことなど、考える必要はなかった。人事はすでに尽くされている。あとは行動するだけだ。
「あと、それと、――万一、使役するモンスターが死亡した場合、当方は一切の責任を負いかねます。それでよろしかったでしょうか」
「問題ない」
《ブック》の中から、『ある! すごくある!』という声が聞こえた気がする。それに応えるように、
「うふふ。ご安心下さい。このレベル帯の戦いで、モンスターが死亡することは滅多にありませんよ」
「ほう。そういうものなんですか?」
「ええ。モンスターは、私たちと違ってとても頑丈ですから。”瀕死”になることはあっても、”即死”することはあまりないのです。なにせ彼ら、たとえ身体の一部分を失ったとしても、しばらくしたらまた生えてきますし」
「へー。そんなに」
便利な動物だ。
「むしろ、”サモナー”の巻き込まれ事故の方が危険です。バトルフィールドへの接近は、くれぐれもご注意を」
頷く。
その時、扉の向こうの歓声が一際大きく響いた。
「おや。決着が着いたようですね、狂太郎さん。そろそろお出番になります」
「はい」
「では、ルールを再確認します。
(1)戦闘不能になったモンスターは失格。
(2)使役するすべてのモンスターが失格になった”サモナー”は、敗北する。
(3)相手の”サモナー”を攻撃してはならない。
(4)事前に申請したモンスター以外の使用は禁止。
(5)モンスター同士の戦闘は、一対一で行うこと。
(6)使用しないモンスターは《ブック》内へ待機させておくこと。
(7)”サモナー”は、その威信と名誉を汚してはならない。
(8)バトルの最中に発生した建造物の損害は、一切罪に問われない。」
ゆっくりした口調で語られるルールを、決定ボタン連打で読み飛ばせない面倒くささを感じつつ。
「それではご達者で。未来のチャンピオン」
恐らくはテンプレートとなっている言葉を背に、狂太郎は早足でバトルフィールドへ向かう。
扉を開くと、――すぐさま、「ワッ」っという歓声が全身を打つ。
――これは、あれだな。
ヨシワラでの親善試合の時に似ているな。
とはいえ、今回戦うのは狂太郎ではないが。
実際、試合場に足を踏み入れてから辺りを見回すと、意外なほど観客が少ないことに気づく。
では、この歓声の大本は何かというと、――どうやら、動画中継を観戦している人々のボイス・チャットがこちらにまで聞こえてきているらしい。
耳を傾けていると、
『おお――――――――――――――次の生け贄きたあああああああああ』
『うわwwww このおっさん、顔、怖wwww』
『みんなー!!!! いまからおっさんががんばるから! ちゅうもーく!』
『おっさんがんばえー!!!』
『ビィ・シティ最強! ビィ・シティ最強! チーフ最強! チーフ最強! チーフ最強!』
『おまいらおちつけwwwww』
匿名掲示板の野次とそう変わらない、雑多な言葉が聞こえてきた。
――この要素、いるか?
嘆息しつつ、狂太郎は苦い顔で《ブック》を取り出す。
すぐ目の前には、”ビィ・シティ”ジムのチーフらしき男が仁王立ちになっていた。
その傍らには、彼の相棒らしい四体のモンスターが佇んでいる。
それぞれ、子供のような背丈をしていて、全身鎧を身に纏っていた。
”ニンゲン種”のモンスターは共通して、こういうデザインになっているらしい。
――なんか、……デジモンとかメダロットとかカブトボーグとか、そういう玩具販促系のキャラデザっぽいな。
そんな風に思っていると、
『……うん! 次は、君が僕の相手だね! お互い、悔いのない仕合をしよう!』
と、チーフ”サモナー”がマイク越しに声をかけてくる。
狂太郎は、少し当たりを見回して、すぐそばにチャレンジャー用のマイクが用意されていることに気づいて、それに歩み寄った。
『あ、どうもです』
『聞くところによると、君の手持ちのモンスターは、たった一匹だけだという! ジム運営史上、そこまで無謀な戦いを挑んできた”サモナー”は初めてだ!』
『はあ』
『できれば、どういう作戦でいるのか、試合前に教えてもらえないかな?』
『作戦、と言われてもな。ぼくは単純に、レベル上げをしにきただけだから』
『……え? レベル上げ?』
『うん』
それ以上、語る必要もあるまい。
狂太郎はマイクから離れて、改めて《ブック》を開く。野次が一際大きくなった気がしたが、どうせいずれはバレることだ。オブラートに包む必要もあるまい。
するとヴィーラが苦い口調で、『あのさ』と囁いた。
『ひとつだけ、あんたの耳糞の詰まった脳みそに、忠告させてもらっていい?(ひとこと、よろしいですか?)』
無言でその先を促す。何を言われるかは、何となく察していた。
『あたしぶっちゃけ。……ずっと長いこと、ひとりマ○コだったんだよね(私、実はずっと、独りぼっちだったんです)』
「ほうほう。それで?」
『んでさ。さっき、あんたにチ○ポねじ込まれるまで、バトルも未経験だったの(さっきまで、暴力とは無縁の生活を送っていました)』
「ふむふむ。それで?」
『つまり……こんなところで股ぐらおっ広げさせられるなんて、……思ってもなかったの!(こんな大舞台に立たされるなんて、思ってもいませんでした!)』
「そうか。よし。では行け。ヴィーラ」
《ブック》の中から、『ちょ……!』という声が出たのち、――ぽよんと吐き出されるように、一匹の妖精が飛び出す。
「敵の尻穴に指突っ込んで、奥歯をガタガタ言わせてこい」
そう命ずると、『この、あくまー!』と、少女が泣きそうな顔つきで叫んだ。
狂太郎はと言うと、人知れず傷ついている。
――まさか、そんなわかりきっていることすら察することができないくらいの唐変木だと思われていたのか。
この仕合、失敗することがあるとすれば、彼女とのコミュニケーション不足が原因となるだろう。
「ヴィーラ。今はとにかく、ぼくを信用してくれ」
『で、できるかー! この、どぐされ変態レイパー!(むりです)』
すると観客席から、嘲笑ともとれる笑い声が聞こえた。
「まさかあのおっさん”サモナー”、ただ”ゲンソウ属性”だから無双できると思ってるんじゃねーのか? ビィ・シティのチーフは、そんなに甘くないぞ!」
という声だ。
それなら、と、狂太郎は少し、観客の方に話しかける格好で、
「えっ。マジッすか」
と、気安く訊ねてみる。別にルール違反ではないだろう。
そこにいたのは、年齢的にも狂太郎と同じくらいのおじさん二人組だ。
彼らは、ビール片手に鼻まで赤くしながら、
「おうともよ」
と、身を乗り出す。
「あの男の手持ちは、どれも凶悪なモンスターぞろいだぜ。特に最後のモンスターは、”ゲンソウ”対策もばっちりで……」
なるほど。最後のモンスターね。
重要な情報を聞いた。
これはつまり、――最後の敵以外は、想定した通りに戦っても問題ない、ということだろう。
その時である。
へっぴり腰のヴィーラの前に、一体の”ニンゲン”属性のモンスターが飛び出したのは。
「がんばれ、ヴィーラ」
『ひええええええ……(ひええええええ……)』
開戦のゴングが鳴る。
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