271話 ゲンソウ・カガク・ニンゲン
次の街へは、青空が眩しい山道をのんびり歩いて、数時間ほどの道のりらしい。
とはいえこの程度の距離は、狂太郎には一分もかからなかった。
地平線まで続く一面の草原を歩いていると、突如として近代的な都市群が現れる。
――あそこが、ビィ・シティか。
ちなみにこの世界の街は実にシンプルに、ABC順に名付けられているという。
先ほど通り過ぎた街は、エィ・シティ。ビィ・シティのあとは、シィ・シティ。その次に向かうのは、ディ・シティといった具合だ。
――たぶん、兵子くんはちゃんと原作ゲームの手順に従って攻略していただろうな。
彼と過ごしたのは、ヨシワラにて、数日だけ。
その人となりの全てを知るのに十分な時間があったとは言えないが、少女漫画に登場する「悪いチャラ男」みたいな見た目に反して、ゲームに対する向き合い方はずいぶんと真面目な子だった。
狂太郎は、街のすぐ手前で《すばやさ》を解除して、天を仰ぐ。
この街の形、少し面白い。
この辺りは数十階からなる高層マンションが建ち並んでいるようで、人々はそこで、きゅっとすし詰めのようになって暮らしているらしい。
――人間が利用する土地を少しでも狭くすることで、モンスターの暮らす土地を侵害しないようにしているのか。
人と、魔物が共存する世界。
この辺りの街並みは、極限まで機能性を追求した作りになっているようだ。
……と、そこでようやく『えぇーっと。もしもーし?』と、《ブック》の中から不思議そうな声が漏れた。
『一瞬、存在しないはずのキンタマが縮み上がるかと思ったけど。……ここひょっとして、ビィ・シティ?(いま私、びっくり仰天しています。もうビィ・シティに着いたのですか?)』
狂太郎は頷く。
「道中の戦闘は無駄になるだろうから、省略させてもらった。これ以上強くなると、むしろレベル上げが非効率的になるからね」
妖精が言葉を失っているのを良いことに、狂太郎はさっさと先へ進んでいく。
あちこち観て回って、最初にわかった興味深い事実がある。それは、――この世界の衣食住は全て、無料で提供されているらしい、ということだ。
実際、街のあちこちに自販機のようなものがあって、一日に三度まで、タダで食事が与えられるらしい。狂太郎とヴィーラはそこで、ハンバーガー一つと、樹の実がたっぷり入ったジュースを購入し、それぞれエネルギーを補給する。
「うん。結構イケるじゃないか。――なんの肉が入ってるか知らんけど」
パッケージに、牛っぽい生き物と『95%』という文字が表記されていたので、大丈夫だということにしておこう。
▼
その後、街を散歩しつつ、
「……へー」
まず最初に気づいたのは、道路の上空は全て、強化プラスティック製の透明な防御壁で覆われているらしいこと。『公道でのバトル禁止』という立て札が掲げられていること。
裏を返せば、この看板がないところなら、どこででもバトルOKらしい。
――面白い世界だな。
これは、仲道狂太郎にとっては実に例外的なことなのだが、――この世界なら少し、住んでも良いかな、と思っている。
なにせここ、子供の頃、頭に思い描いた『理想の未来都市』そのままの光景なのだ。
街を歩いているだけでも、童心に返ったような気持ちになるのだった。
「さて…………と」
とはいえ、あんまり遊んでばかりもいられない。
狂太郎は、街をぐるりと回ったあと、”サモナーズ・ジム”と呼ばれる空間に向かう。
ふと、《ブック》の中から、少女の咳払いが一つ。その後、『ところでさあ』と、切り出された。
『結局、ドーテイおじさんはどういう了見でそのくっさい粗チンをぶらつかせてるわけ?(あなたはいま、何の目的で歩いているんですか?)』
効率的なレベル上げのためだと、さっき言ったはずだが。
彼は無視して、つかつかと先へと進む。
『ちょっとお。あんた、耳糞詰まってるんじゃないの?(すいません。ちゃんと話を聞いていますか?)』
《ブック》から聞こえる文句の声をよそに、狂太郎は次の一手を考え続けていた。
――ここで最低でも、彼女のレベルを15以上にしたい。
そうすれば、この後しばらく、バトルで稼ぐ必要はなくなるはずだから。
『……ねえ、素敵なおじさま。できればでよろしければ、今後何をするかあたしにも教えて下さる? ……その、穴に棒突っ込むばっかり考えてる腐れ脳みそで、よぉく考えてねぇ!(情報を下さい。私、何をさせられるんですか?)』
そこで狂太郎は、彼女が耳を傾けてようやく聞こえる程度の声で、解説を始める。
「この『ソウル・サモナーズ』というゲームは、三種類の属性が存在する」
これすなわち、
ゲンソウ
カガク
ニンゲン
という。
なお、この三種の強弱は、じゃんけんのような関係になっており、
――ゲンソウはニンゲンを惑わす。
――カガクはゲンソウを打ち壊す。
――ニンゲンはカガクを支配する。
ゲンソウ>ニンゲン>カガク>ゲンソウ>……。
という力関係だ。
「そしてきみは、”ゲンソウ”属性のモンスターだ。これは、”ニンゲン”属性のモンスターと戦う時、有利になる、ということだ」
少女は、黙って聞いている。
この程度の知識は、この世界の住人であれば誰でも知っているようなことだろう。
「そして、都合が良いことにビィ・シティには、”ニンゲン”属性のモンスターをたくさん集めているジムが存在する。――しかもこのジム、”初心者向け”であることを標榜しているから、平均レベルが10前後のモンスターばかり集めているらしい」
なお、ヴィーラの現在ステータスは、
『レベル:5
こうげき:21
ぼうぎょ:9
まりょく:35
みりょく:53
すばやさ:77
うん:8
覚えているスキル
《キュートなキス》
《体当たり》』
《魅惑のダンス》』
とのこと。
レベル5の味方一匹と、平均レベル10の敵、複数。
正直それでも、あまり分の良い賭けには思えないが。
「ところが、そうでもないんだ。ヴィーラはとにかく、”すばやさ”の伸びが良い。さっき計算してみたんだが、いまのきみながら、敵の攻撃があたる確率は数%にも満たないと思う」
本の中から、『数%……』と、不安そうな声。
「巧く戦えば、ビィ・シティジムの”サモナー”が出してくるモンスターを完封できるはずだ。経験値は戦闘終了後に一括で入る仕様だから、きみは一度に大量の経験値を獲得できる。全てうまくいけば、一気に10はレベルが上がるはずだ」
狂太郎の解説に、ヴィーラは息を呑んで押し黙る。
それもそのはず。この辺りのモンスターで”レベル15”と言ったら、ほとんど負け知らずの強さだ。
もし、ゴブリン相手にレベル上げをしていたら、――たぶん、レベル10まで上げるだけでも、数ヶ月はかかっていただろう。それだけ、低レベル相手のバトルは経験値効率が低い。
「『ソウル・サモナーズ』を効率的に攻略するコツは、”いかに低レベルを維持して、ギリギリの戦力で敵モンスターと戦うか”なんだ」
つまりこのゲームは、――知恵を絞ったものだけが、楽をする。そうでないものは、ただ時間を浪費する、というシステムになっているのだ。
この手の仕様、最近では流行らないが、狂太郎は嫌いではない。
特に、生死不明の友人を探しているときには、この手の時短は特に助かる。
”サモナーズ・ジム”は、市民体育館を思わせる頑丈な建物であった。
自動ドアをくぐるとすぐそこに受付があって、制服を着た女性がニコニコと愛想を振りまいている。
「へえ……」
この、雰囲気。
攻略WIKIに書かれていたジムの外観より、少し大きく見える。
のちに受付嬢から話を聞いたところ、ここはやはり、初心者”サモナー”の登竜門的存在らしい。
とはいえ、現在受付中の”サモナー”は、少ない。
ノンアポで現れたというのに、ジムを代表する”チーフサモナー”と戦うための待ち時間は、たった数十分だけだったという。
――少し、奇妙だな。ぼくならこのジム、レベル上げに最適だと思うんだが。
狂太郎の疑問は、すぐに氷解した。
ジムの奥から、「ワッ」という歓声が聞こえてきたためだ。
気になって奥を覗き込むと――……中は闘技場のような構造になっていて、自動で動くテレビカメラのようなものがずらりと並んでいる。
――あれ? 思ってたのとちょっと違うな。
狂太郎は目を丸くして、それを見守っていた。
近所のゲームセンターに遊びに行くと、YouTuberの実況配信に巻き込まれてしまった、……そんな気分だ。
なんだか、《ブック》の中から、『ひ、ひえええええ……』と、情けない声が聞こえた気がしたが。
「ま、やることは何も変わらん。さっさと済ませてしまおう」
無視することにした。
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