269話 教育の時間

 そして狂太郎は、程なくして現れた、一匹の小狡そうな小鬼を前にして、


「ヴィーラ。出てこい」


 と、命ずる。


『は? あんたバカ? あんたの言うこと聞く雌なんて、漫画とアニメの中にしかいないっての(い や で す)』


 だが名を呼ばれたことにより、彼女は半強制的に《ブック》から追い出された。


「よしよし。説明書通りだな」


 少女は、しばしきょとんとして周囲を見回した後、


『――へ? これ、どういうクソ展開?(これはどういうことでしょうか?)』


 と、息を呑む。

 そして、これから何が起こるか、――なんとなく察したのだろう。


『ちょ、まさかあんた、あたしを都合の良いオナホ代わりに……ッ!(貴方ひょっとして、私に何か、酷いことをするつもりですか?)』

「言ったろ。教育の時間だと」


 目の前の小鬼を見据える。

 小汚い、緑色の肌を持つ、つるっぱげた、小さな人型の生き物。

 ファンタジー系の世界では”あるある”の存在。恐らくは、”ゴブリン”だろう。

 ゴブリンは、特にこちらが何かしたわけでもないというのにひどく敵対的で、「いま、あなたをこの棍棒でたこ殴りにしたいです」という雰囲気を纏っている。


『ぎひぃ! ぐひひひ!』


 うなり声とともに、ヨダレが地面に飛び散った。あまり、話が通じそうな相手ではない。


――うーん。こいつと旅するくらいなら、さすがにヴィーラの方がマシだな。


 嘆息混じりに、そう値踏みして。


「よし。こいつで経験値を稼ごう。行け、ヴィーラ。《体当たり》だ」


 するとどうだろう。《ブック》から紫色のオーラのようなものが流れ出て、ヴィーラの身体を包み込んだ。

 そして、


『嘘、嘘、嘘。……いやだいやだいやだいやだ! こんな、クソザコ”サモナー”の言うことなんて、ぜったいに……(身体がいうことをききません)』


 彼女の身体が、ほぼ自動的に先制攻撃を行う。

 ヴィーラは、体長50センチほどの身体を精一杯に暴れさせながら、不自然な格好で突撃していった。


『い、いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!(とても不快です)』


 少女の、絹を裂くような声が、森の中に響き渡る。

 なんだかこうなってくると、児童虐待を行っているようで気分が良くない(※2)。

 しかし狂太郎の指示は、意外なほど効果的だった。

 バタバタと暴れるヴィーラの両腕が、”ゴブリン”の頭部にクリーンヒット。

 一撃で敵を沈めることに成功したのである。


『……ぐえー』


 あれほど凶悪な顔つきだった”ゴブリン”は、それだけであっさりと気を失う。


――きゅうしょに あたった! ってところか。


「よーし。よくやったじゃないか」


 褒めてやると、ヴィーラは顔を耳まで赤くして、狂太郎の胸元をぽかぽかした。

 手加減しているようには見えないが、ダメージはまったくない。

 どうやら、契約したモンスターの攻撃は”サモナー”には痛くも痒くもないようだ。


『あ、ああああああんた! あたしに何をしたかわかってんのか!? 精液しか詰まってないようなクソ脳みそで、無理矢理チンポねじ込むみてーに! あたしに! このあたしに! 命令を!(貴方はとても酷いことをしました。私に無理矢理、暴力を振るわせたのです)』


 狂太郎は少しだけ顎を撫でて、


「もどれ。ヴィーラ」


 一方的に、そう告げる。

 すると彼の命令通り、ヴィーラの身体は《ブック》へと吸い込まれていくのだった。


「なるほどなるほど」


 途端に、抗議の言葉が山のように本から聞こえて来る。

 その内容に関してはともかくとして、狂太郎が着目したのは、


『レベル:2

 こうげき:13

 ぼうぎょ:5

 まりょく:23

 みりょく:35

 すばやさ:60

 うん:5』


 《ブック》の記述が、以前と変わっている点。


「今の戦いで、レベルが上がったみたいだな」

『レベルぅぅぅ? それがどうしたってのよ、このフニャチン野郎がよぉ!(レベルには一切の興味がありません)』


 だが狂太郎は、無情にも《ブック》をぱたんと閉めて、


「まあ、そういうな。こうなったからには、一蓮托生としゃれ込もうじゃないか」


 言いながらも、もし本当に厭がっているようなら、彼女を解放してやるつもりだ。


『…………………!(…………………)』


 とはいえ狂太郎は、異世界の生き物に詳しい。


『………ふんっ!(まあ、いいでしょう。しばらく同行してあげます。ただし、よろしいですか? 今後、少しでも気に入らないことがあれば、私はいつでも契約を解除するつもりでいます。そのことを肝に銘じた上で、私のことをもう少し慎重に取り扱うべきです)』


 連中は、レベル上げを三度の飯よりも好む。

 一度勝利の味を知ったモンスターは、もう元には戻れない。

 強くなりたいという感情は、動物が持つ普遍的な欲望なのだ。


 この渇きを癒やすためにはもう、戦い続ける他に、術はない。



「よし、ヴィーラ。ゴブリンに《体当たり》だ!」


「よし、ヴィーラ。またゴブリンに、《体当たり》だ」


「よーしよしよし。また出たぞ。体当たり。わかるな?」


「はい、《体当たり》っと」


「相手が倒れるまで《体当たり》し続けろ」


「殺せ。《体当たり》だ」


『穢らわしい緑色に、《体当たり》をかけろ』


「一に《体当たり》。二に《体当たり》。いけ」


 想定通り、というか。

 その後、辺りにわらわらといたゴブリンと戦っているうちに、ヴィーラはだんだん、従順に命令をきくようになっていく。


『………………………………(………………………………)』


 最終的にヴィーラは、死んだ魚のような目になっていて、


『ち、チンポには勝てなかったよぉ……(サモナーの命令には逆らえませんでした)』


 と、本の中で、ダンゴムシのように丸くなる始末。

 狂太郎は無視して、


「よし。これでレベル5だな」


『レベル:5

 こうげき:13

 ぼうぎょ:7

 まりょく:26

 みりょく:42

 すばやさ:67

 うん:7

 

 覚えているスキル

 《キュートなキス》

 《体当たり》

 《魅惑のダンス》』


「しかもこれ、新しい技まで覚えているじゃないか! いいねえ」


 ちなみにもうすでに、《体当たり》一発でゴブリンを倒せるようになっている。

 気づけば辺りには、伸びたゴブリンの群れが十数匹ほど、転がっていた。


「だが、防御力と運の伸びはひどいな。……なあきみ、根性で硬くなったりはできないのか」

『……根性で硬くなれるのは、あんたの下半身だけだろ(む り で す)』


 それもそうか。

 納得して、


「それでは、そろそろ次の街に行こう」


 そう提案する。

 するとヴィーラは、『えっ』と、ちょっぴり意外そうな顔をして、


『も……もう、次に行くの? ちょっとあんた、早漏にもほどがあるんじゃない?(それは少し、時期尚早ではないですか?)』


 狂太郎は少し、「ん?」と思う。


「どうした、きみ。さっきまであんなに、レベル上げを厭がってたのに」


 早くも、あの中毒症状が出てきたか。

 異世界人特有の「とりあえずレベル上げ」癖だ。


「すでに、この辺のモンスターを一撃で倒すことができている。きみは十分に強い。レベル上げに関しては、すこし過剰なくらいだよ」


 ヴィーラは一瞬、不安そうに狂太郎を見上げた後、


『でもでも! 街には、あんたみたいなクソザコ”サモナー”なんか屁でも思わないような連中が、山ほどいるんだよ。……せめてもう一日二日、レベル上げした方が良いんじゃね?(あなたはまだ未熟です。もっとゆっくりしませんか?)』

「ダメだ。非効率的すぎる」


 にべもなく、答える。

 このやり取り、異世界を救済する上で、幾度となく繰り返してきた問答だが。


 やむを得ず狂太郎は、噛んで含めるように、話し始めた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※2)

 この物語の登場人物は、全て18歳以上です。

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