268話 ヴィーラとの契約

 妖精は、うっとうしく狂太郎の周囲を飛び回った後、


『そんじゃーほら! さっさとそのイカ臭い手、出しなさいよ(手を出してください)』


 結局、そう言った。


「それは構わんが、――その前に一応、自己紹介をしよう」

『は? なんで? ドーテイ足臭おじさんの名前なんて、ぜんぜん興味ないけど(そこまで貴方に興味が持てません)』

「いや――」


 狂太郎は、首を横に振って、きかん坊を窘めるように言う。


「それはダメだ。これから行動を共にする以上、こういうことはちゃんとしないと。ぼくは、仲道狂太郎という。きみにはぼくが、ぼっちの可哀想なおっさんに見えているようだが、実際のところはそうじゃない。ここから遙か遠くの土地から、友だちを探しにやってきた」

『――え。友だち?(え。友だち?)』


 頷くと、少女が一瞬、『期待外れだな』という感じの顔つきになって、


『ってことはあんた、ぼっちのドーテイ人間じゃないってこと?(あなた、独りぼっちじゃないんですか?)』

「そうだ」


 すると何故だか、二人の間に気まずい沈黙が生まれた。


「――?」


 狂太郎は少し不思議に思っていたが、


「ええと……もし、何か気に入らないなら、やめとくかい。契約」


 一応、そう申し出ておく。

 正直、彼女と同行するかどうかは、運命に任せようと思っていた。ぶっちゃけもっとこう、ゼニガメとかフシギダネとか、そーいう感じのモンスターと契約したかったし。


 だが、少女は唇を尖らせながらも、


『……ま、いっか。どーせこんな、チ○カスくせーおっさんと契約してくれるモンスターなんて、誰もいないだろーし。かわいそーだから、契約してあげるよ(まあ、仕方ないでしょう。あなたで妥協して差し上げます)』


 とのこと。


『私はヴィーラ。……その、ばっきばきに勃起したチ○ポしまって、さっさと《ブック》を開きなさい(私はヴィーラと申します。では、《ブック》を開いてください)』


 狂太郎は、言われたとおりに本の1ページ目を開く。

 ヴィーラがそこに手を触れると、金色の光が生まれ――彼女の身体が、本の中へと吸い込まれていった。


「……おおっ」


 感心して、狂太郎は《ブック》のページを撫でる。

 紙面にはヴィーラと名乗った少女の水彩画が描かれており、その下部には、この世界の言語で何ごとか書かれていた。

 とりあえずこれを翻訳したところ、


『個体名:ヴィーラ ♀ 種族名:フェアリー 属性:ゲンソウ

 自然霊の一種。基本的に”フェアリー”は知性と能力が低く、どの個体も何らかの性格的な欠陥を抱えていることが多い。ただしその潜在的な力は絶大で、英雄の死を予言したり、天候を操作したりすることもあるらしい。

 なお、主食は人間の子供。かつては、悪さばかりする不必要な子供を、ヴィラに差し出す風習のある集落も存在したという。


 レベル:1

 こうげき:12

 ぼうぎょ:5

 まりょく:21

 みりょく:34

 すばやさ:59

 うん:5

 

 覚えているスキル

 《体当たり》

 《キュートなキス》』


 とのこと。


「なんだ、こいつ。子供を食うのか」


 狂太郎が驚いていると、


『最近じゃ、そんなには食べないよ! お盆とクリスマスのときくらいかしら?(そんなには食べません。お盆とクリスマスのときくらいのものです)』


 紙面上にいるはずのフェアリーが、口をきく。まるで、良く出来たフル・アニメーションのようだ。どうやら彼女、この状態でも自由におしゃべりできるらしい。


「よし。それなら、契約はここまでだ。子供を喰らうような化け物とは、仲良くなることはできない」

『あーはっははは! じょーだんじょーだん。マジになるなって、ドーテイおじさん。いまどき人間を喰うような妖精はいないさ。そんなことしてみなよ。あっという間にとっ捕まって、モテない男のオナホ代わりに使われるだけ!(冗談です。今どき、人間を食う妖精はいません)』

「……本当だろうな?」

『”ブック”に登録される情報は、童貞歴50年の未使用チ○ポに溜まった恥垢みたいに古いものばかりだもの。あんまり真に受けると馬鹿を見るよ(”ブック”に登録される情報は、古いものばかり。あまり真に受けないことです)』

「そ……そうかい」


 すこし下唇を噛んで、


――この感じのやつと、しばらく冒険するのか。


 すでに心が折れそうになっている自分を発見している。


「ちなみに、本の出入りはどうする」


 訊ねると、ヴィーラは紙面上から、二次元の形のままひょっこりと飛び出して、――すぐさま、元の肉体を取り戻した。


「出入りは自由なのか」

『あったり前じゃん! そうでもなけりゃ、ロリコン率100%の口臭短小勃起おじさんと契約なんかするかっての(当然です。でなければ、何をされるかわからない相手と契約などするものですか)』

「……それもそうか」


 もう、いろいろ突っ込むのもどうかと思えてきた。

 どうもこの軽率な口調、種族的な特性っぽいし、注意したところで無駄だと思えたためだ。


「まあ、いいや。わかった。とにかくよろしく、ヴィーラ。できればいろいろ、教えてくれ」

『オーケイ、ドーテイ人間(了解です。人間)』



 そして再び、《ブック》を携えた格好で、森を進んでいく。


「ところできみ、実力のほどは、どうなんだ?」

『じつりょくぅ?(実力ですか?)』


 狂太郎の周囲を飛び回る彼女は、少し空中でリラックスするような格好になって、


『ドーテイくんが寝る前にする空想セックスよりはマシ、ってとこかな(普通です)』

「……答えになってないぞ。ひょっとしてきみ、それほど腕に自信がないのか?」


 そういえば、さっき見かけたヴィーラのステータス欄の部分に、『レベル:1』という表記を見た気がする。


「さてはきみ、バトルの経験がないのでは?」


 すると彼女は、『あー、うー』的なことを言って、後は勝手に《ブック》の中へと閉じこもってしまった。


「なんだ。経験がないのは、きみも一緒だったわけか」

『うっさいうっさい! うっさいなあ(少々、声が大きすぎます)』


――そうか。


 それなら。


「今回の場合は、さすがに仕方ない。……レベル上げをやるか」


 狂太郎が提案すると、


『厭だ! めんどい!(いやです。それをするには、とても億劫だからです)』


 と、本の中から、耳に障る声が聞こえた。


――ふだんは、ぼくの方が厭がる立場なんだけどなあ。


 嘆息して、


「だがきみ、今のままでは、何の役にも立たないじゃないか」

『はぁーあ? おっさん、なにいってんの? 契約するって言ったけど、あんたのくっさいチ○ポ掃除までしてやる義理はないんだよ?(残念ながら、そこまで契約には含まれません)』

「……嘘だろ。だったら、何のために……」

『暇つぶしだよ、ひ・ま・つ・ぶ・し! どーせ退屈していたし、ドーテイおじさんの日常を観察してやろう、って思ってね!(暇つぶしの、退屈しのぎです)』

「ふーん。そうかね」


 狂太郎は、小さく唸って、《ブック》取り出す。


――この手のゲームで、モンスターがプレイヤーの言うことを聞かない場合は……。


 忠誠度とか、なつき度とか、そういう名前のパラメーターがあって、それが足りない場合に起こりうる現象だが。

 少し、説明書を読み進める。


『◆モンスターへの命令(コマンド)

(1)”サモナー”と契約したモンスターには、様々な命令を出すことができる。

(2)とはいえ”サモナー”は、モンスターの自由意志を完全に奪うことはできない。

(3)もし命令を強制した場合、モンスターが自ら契約を解除してしまうこともあるので注意。

(4)とはいえ契約している間であれば、モンスターは基本的に、”サモナー”の命令に背くことはない。』


「…………ほう」


 そこまで読んで、狂太郎の口元にサディスティックな笑みが浮かぶ。

 そして、傍らでいい気になっているヴィーラと、目が合って。


『――?(――?)』


 不思議そうな表情の彼女に、狂太郎はこう言った。


「教育の時間だ」

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