267話 くそガキ
さて。
今回の物語を書くに当たって、筆者は一つの課題と向き合わなければならない。
というのも、――今後、狂太郎の相棒として重要な立場となる”少女”の台詞に関して、いかにして描写すべきか、という問題があるためだ。
のちに狂太郎は”少女”に関して、たった一言で、このように表現している。
――汚言症のくそガキ。
と。
この表現は多少、誤解を生む可能性があるから、”猥褻語多様癖”と言い換えてもいいだろう。
要するにその”少女”、少し我々の常識を超えるレベルで下品な言葉遣いをするのである。
すでに読者諸賢にはご理解いただいている通り、筆者も、下ネタ・毒舌の類は嫌いではない。だが、時と場合によって使い分けなければならないことは理解している。
その手のネタは、一度慣れきってしまうと、「苦手な人」の気持ちを忘れてしまいがちだ。だから今回、その”少女”の台詞の取り扱いには、すこし慎重な表現を用いたい。
具体的に言うと、
『●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●』⇒少女が実際に話した台詞
(○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○)⇒少女の毒舌を廃した台詞
という風に、二種類の台詞を掲載させていただく。
下ネタが苦手な人は()内の文章だけを読むようにしていただければ、過不足なく物語を読み進めることができるという寸法だ。
なお、このやり方を採用したのは決して、文字数稼ぎ(※1)を少しでも楽に行うためではない。
▼
くすくす、くすくす、と。
ぶらぶらと森を歩く狂太郎が、何者かの笑い声を聞いたのは、その時である。
「?」
くすくすくすくす。
誰かが笑っている。
そう察した狂太郎は、その何者かに声をかけた。
説明書によると、――モンスターは、話が通じるものと、そうでないものがいるという。
「誰かいるのか?」
その返答の代わりに、笑い声が少しずつ大きくなっていく。
狂太郎はなんとなく、その声に好意的なものを感じて、
「ええと、――どうも、はじめまして。ぼくの名前は仲道狂太郎というんだが……」
できればぼくと、”サモナー”としての契約を。
そう言い終える前に、
『きんも―――――――――――――――――――――――!!!!!!(あなたはとても気持ちが悪いです)』
辺りに響き渡る大音声を上げながら、一匹の妖精が飛び出した。
薄い、絹で作られたような羽根を生やし、ワンピースを身に纏った女の子。
髪は鮮やかな金髪のツインテールで、肌は作り物のように白く、目は青色。童女のようにも見えるが、その背丈は50センチほどだろうか。どう見ても人間ではない。
『うっそwwww なにこのおっさんwwwww しんじらんなーいwwww(あなたに少々、常識を疑う点があります)』
そして彼女は、そのサイズに見合わない速度で狂太郎の周囲をぐるぐる回って、
『その年で初心者”サモナー”とかwwwww ありえないでしょwwwwww ぼっち? ぼっちなの? ねえ言ってごらんなさいよ(あなたの年齢で誰とも契約していないのは、少し異常です。ぼっちなのですか?)』
狂太郎が何か言い返す前に、
『おじさん、その年まで何してたのぉ? ずーっとその、短小ドーテイおち○ぽをしこしこしこしこしてたってわけ? だっさwwww(その年までずっと、引きこもりだったのですか? あなたの経歴が気になります)』
そこまで言われて、狂太郎は大きく嘆息した。
「あのな。ぼくは……」
『くっさいくっさいwww ドーテイ短小おじさんのイカくさいにおいが、こっちまでぷんぷんしてくるwww こわーwww(ところで、あなたの体臭が気になります。あなたはとても、不快な存在ですね)』
あ、こいつ、あんまり関わっちゃいけないやつだこれ。
狂太郎はあっさりそう判断して、踵を返す。
――最初は、もっとこう……初代『ポケモン』御三家系のキャラがいいな。
そう思ったためだ。
だが、現れた妖精……のような生き物は、狂太郎の周囲をしつこく飛び回って、
『ちょっとちょっとちょっとwwww こーんな弱そうなフェアリーに煽られた程度で機嫌損ねるとかwwww もしもぉーし。いい歳なんだから、大人のよゆーってやつ、見せたらどーですかー?(ちょっと煽られたくらいでご機嫌斜めになるのは、どうかと思いますよ)』
狂太郎はさすがに少し五月蠅くなって、まとわりつく少女を避けようとする。
だが、
「――む?」
少女の身体がするりと通り抜けて、驚く。それはどこか、《無敵》を使った時の沙羅に似ていた。
「あれ? あれ?」
数度、彼女の身体に触れようとする。
すると目の前の妖精は、鬼の首でも取ったように甲高く笑って、
『うっそーwwwww あんたwwww あたしに触れようとしてるwwww ば、ばかみたいwwwww(あなたのその行動は、とても滑稽ですね)』
眉をしかめる。
「ええと……? これ、どういうことだ? すまんがぼくは、この世界のことをほとんど知らないんだ」
『あたしたちモンスターは、嫌いな相手と触れあわなくて済むんだよ? そんなことも知らないのー? まじ? ドーテイだと常識までなくなるの?(私たちモンスターは、嫌いな人間とは接触せずに済むのです。これはこの世界の常識です)』
へえ。
狂太郎は頷いて、
「あれ? でも、さっきのおじさん、モンスター同士のバトルに巻き込まれたら危険って言ってたけど」
『wwwwww そりゃ、攻撃は通るよぉ。だって害意だもん(攻撃なら当たります。それは悪意に基づくものだからです)』
ここで、のちに調べた設定をかいつまんで説明すると、――モンスターは抽象的な存在であり、物質界とは半歩ズレた位相に存在しているらしい。
だからだろう。彼らは、望まぬ物理的な接触を完全に無視することができるという。
もちろん、モンスターが外敵を攻撃する時や、仲良くなった”サモナー”と「触れあいたい」と望んだ場合はその限りではないようだが。
「不思議な世界だなあ」
まあこの辺、何らかの”異世界バグ”が関わっていることは間違いないが。
「ま、いいや。――どうもきみは、ぼくのことが気に入らないようだね。さよなら」
すると少女は、くすくすくすと笑って、
『ぼっちおじさん、イライラしてるぅ。――せーっかく、だれともけーやくできないクソザコおじさんのために出てきてあげたのに、ひどぉい(怒らないで下さい。私はあなたと契約する準備があります)』
狂太郎は、眉を段違いにして、
「え。きみ、契約してくれるの?」
『だぁかぁらぁ。そー言ってるじゃん? コミュ障こじらせると、言葉も通じなくなっちゃうのぉ?(その通りです)』
そこで彼は、一瞬だけ慎重になる。
理由は単純。話がうますぎる、と思えたためだ。
だが、”少女”もなんとなく、その雰囲気を察したのか、
『言っとくけどぉ、マジでマジで、その年で”サモナー”としての経験ゼロのふにゃちんドーテイおじさんとなんて、だーれも契約してくれないからね。私を逃したら、――たぶん一生、他の”サモナー”にカモられ続けて終わるよぉ?(残念なことですが、その年齢で誰とも契約していないのは、少し異質です。私の他には、誰も契約などしてくれないでしょう)』
そういうものなのだろうか。
まだこの世界の勝手を知らないから、その言葉の真偽すらわからない。
「……ふーむ」
ただ、――考えてみればこの申し出、リスクそのものは少ないように思える。もし彼女が気に入らないのであれば、契約を破棄すればいいだけの話だし。
「そうだね。わかった。それではさっそく、試してみよう。――その、”契約”とやらを」
『はいはい。ドーテイコミュ障短小犯罪者一歩手前おじさんは、最初から私の言うことだけ聞いてればいーの♪(では、はじめましょうか)』
と、その前に。
狂太郎はこう言っておく。
「ちなみにぼくはべつに、童貞ではないぞ。もうぜんぜん。童貞ではない。あとおじさんでもない。たぶん。ギリギリ」
これだけは、はっきりと真実を伝えたかったのだ。
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(※1)
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