266話 やさしいおじさん
「モンスターを、殺す?」
おじさんは、少し怪訝な表情を作って、――やがてそれを何かの冗談だと解釈したらしく、呵々と笑った。
「あなたが、かい?」
「はあ。何かおかしいですか?」
「ああいや、……ずいぶん変わったことをいうねえ」
「?」
「私も、若い頃はそういうことに手を出そうとしていたよ。物事の道理がしっかりとわかるまではね」
責められている感じはしない。まるで、「サンタクロースを捕まえる」と豪語する子供を窘めるかのような口調だ。
どうやら、この感じ。
ありがちな、剣と魔法を使ってモンスターと戦うような異世界とは、根本的にルールが違うのかも知れない。
「ひょっとしてぼく、なんか突飛なことを言っていますか」
「ん? ……まあ、そうだね」
「妙なことを言うようですが、すこし詳しく教えていただけませんか? 実はぼく、かなり遠方の出なんです」
「遠方、――その割には、ずいぶん言葉が流ちょうだなあ」
「はい。語学の天才なので」
すでに話が矛盾している気がするが、おじさんは「へえー」と素直に感心して、興味深い外国人留学生と接する雰囲気になった。
「というと、あれかい。《ブック》も持ってない?」
「ブック。……それってただの”本”とは違いますよね」
「おいおい。危なっかしいなあ。《ブック》も持たないで旅をしたら、すぐにモンスターにやられてしまうよ?」
「ご心配なく。逃げ足には自信があります」
「野生のモンスターとの戦いならそれでもなんとかなるかもしれないが、――”サモナー”に勝負を挑まれたらどうする。公式に宣言されたバトルを断るのは、違法だよ」
「……ふむ」
《ブック》と”サモナー”。そしてモンスター。
とりあえず、この辺のワードを探るべきかもしれない。
狂太郎もその辺は、慣れたものだ。おじさんに話を合わせながら、それとなく情報を聞き出していく。
結果としてわかったのは、
”サモナー”
この世界のあちこちに出現するモンスターを使役し、戦わせる人々。
成人として定められている七歳以上の住人全員に与えられる資格である。この世界において”サモナー”は特定の
《ブック》
”サモナー”が契約したモンスターの召喚に使う、魔法の本。
《ザ・ブック》、《サモナーズ・ブック》などと呼ばれることも。
かなり高価なシロモノらしく、”サモナー”を傷つけるよりも《ブック》を傷つける方が賠償金が高くつく場合もあるという。
モンスター
遙か太古の時代に、異界より現れた謎の生命体。”サモナー”と《ブック》を通じて契約する。
モンスターのもつ知性はピンキリで、話が通じるものもいれば、野獣とそう変わらないものもいるらしい。
ということ。
「はあはあ。なるほどなるほど。こういう系か……」
モンスター育成RPG。スマホで遊べるソーシャルゲームが流行している昨今においては、大して珍しくもないジャンルだ。
「つまり、《ブック》を持たずに旅に出るような真似は……」
「できないことはないけど、あちこちで路銀をむしり取られても仕方あるまいね。最近では特に、”サモナー”同士のバトルが奨励されているから、街中でも油断はできないよ」
「つまりそれ、――因縁ふっかけた方に、法律が味方するってことですか?」
「そうなる」
とんでもない世界だ。
「ちなみに、バトルのとき”サモナー”が自ら戦うような真似は……」
「――君、よっぽど野蛮な土地から来たと見える。そんなことしたら、すぐさま刑務所行きだよ」
「マジですか」
「”サモナー”に許されてるのはあくまで、モンスターに指示を出すことだけだ。直接手を出したりするのは法律に反しているし、――だいたい、危険なだけだ」
となると、ちょっぴり厄介な問題が浮上してくる。
――この世界、ぼくの《すばやさ》が、ほとんど戦いには役に立たないではないか。
「まいったな……」
おじさんの隣に座って、狂太郎がしばし眉間を揉む。
「ええと……兄ちゃん、大丈夫かい」
「え、ええ。大丈夫です」
そこで狂太郎は、ぽつぽつと身の上話を始めた。
行方不明になった友人を探しに、この国に来たこと。
友人は確かに、この街を通ったはずだということ。
自分の得意分野は走ることなのだが、ここではその特技を活かせそうにないこと。
するとおじさんは、「友人を探しに」の部分にいたく感動したらしく、
「そうかそうか。――それは大変だったね」
ベンチから立ちあがり、
「友だち思いの外人さん、ちょっと着いてきてごらん」
狂太郎を導くように、先へ進んでいく。
「――?」
不思議に思いつつ、狂太郎が彼に着いていくと、……その先には、一軒の立派な家があった。
それは、明らかに家族暮らし用の大きさだったが、おじさんはその家に、一人で住んでいるのだという。
「妻に先立たれてね。仕事も引退したところだから、毎日ヒマしてるんだよ」
言って、おじさんはいったん、狂太郎を家の玄関に待たせておく。
そして彼は、――家の奥から、表紙に宝石が散りばめられた、革張りの本を引っ張り出してきた。
「……それは?」
聞きながらも、答えはわかっている。
《サモナーズ・ブック》。
先ほど話しに聞いていた、モンスターと契約するための本だろう。
「お察しの通りのものだ。――死んだ妻の遺品でね。彼女は、モンスターにもバトルにも興味がなかったから、ほとんど新品だよ」
流石の狂太郎も、これには驚いて、
「もらえませんよ。そんなの」
「いや。もらった方が良い。《ブック》は、それ自体が高価なものだし、――それに君は、一刻を争うんだろう?」
そしておじさんは、狂太郎の胸元に本を押しつけた。
渡されたそれは少し埃っぽかったが、――丁寧に片付けられた古本屋にいるような、そんな優しい香りがする。
「本棚の奥で埃被っているよりも、誰かの役に立った方が、妻も喜ぶ」
狂太郎は、すっかり感心している。
”救世主”としての使命を話すまでもなく、このような親切に出くわすとは。
「やさしいおじさん……。あ、ありがとうございます」
「それで、もし良かったら、ぜんぶ解決したあと、話を聞かせてくれ。それで十分だ」
長く仕事をしていると、こういう出会いもあるのだな。
狂太郎はありがたくそれを受け取って、その場を後にする。
いずれ、この本を返しに戻ってくると、そう約束して。
▼
――さて。
得られた《ブック》を開くと、最初のページに簡単な説明書が添付されていた。
『モンスターと契約する方法』
(1)人里離れた地域へ向かう。
(2)そのあたりに出現するモンスターと交渉する。
※この交渉は、紳士的な会話であったり、餌付けであったり、暴力を伴ったものであったりする。
(3)モンスターの屈服させた”サモナー”は、その個体と契約することができる。
(4)契約したモンスターは《ブック》の中に閉じ込められて、その後、名前を呼ぶことで自由に召喚することが可能になる。
「……こういうタイプのゲームをやるとき、時々思うんだけど、捕獲されたモンスターって結構、可哀想じゃないか?」
なにせ、いちど”契約”をしたモンスターは、その後ずっと、飼い主の都合に合わせてバトルに使われるだけなのだ。ある意味、奴隷よりひどい。
「まあ、いいか。とにかくいったん、モンスターと契約しないことには――」
やさしいおじさん曰く、この世界では、街中であっても平気でバトルが行われているらしい。そうなってくるともう、狂太郎単身での攻略は難しいだろう。
それに、――真っ当な方法でこの世界の攻略に挑むのは、兵子の足跡を追う行為でもある。
今回の場合は、そうした遠回りも必要な仕事だ。
「しかし、……あの、やさしいおじさんに肝心なことを聞き忘れていたな」
この世界には、様々な種類のモンスターが存在していると聞いたが。
いったいそれ、どういう類の動物なのだろう。
モンスターと言うからには、スライムとかゴブリンとかオークとか、そういう類のやつらだと思われる、が……。
――最初はなるべく、御しやすいやつと契約するのがいいがな。
などと、のんきに考えていた狂太郎が”彼女”と出会ったのは、その時であった。
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