265話 交渉と転移

「ちなみに、報酬に関しては――」

「五百万」

「え」

「五百万円、出そう」


 狂太郎は、少しだけ眉間を揉んで、


「それは、全部うまくいった場合の、成功報酬?」

「いや。成功報酬は別に出す。兵子を無事救出できれば、さらに五百万、出す」


 つまり、全部上手くいけば一千万円か。

 傭兵の年収は、ざっくり五百万円くらいだと聞いたことがある。同じ命がけの仕事と比べても、かなり割が良いように思えた。


「……向こうで怪我をしたり、遭難した場合は?」

「治療アイテムの用意はある。遭難した場合も、《スマホ》で連絡をくれれば、すぐ救助に向かおう。今回の仕事に関する限り、費用は全てこちらが負担する。当然のことだ」

「……………」


 悪魔の名を冠した者の台詞とは思えないほど、気前の良い話だ。

 だからこそ、少し不気味ではあった。彼らの金銭感覚はよくわからないものの、――日本円はどうも、異世界人にとっても価値あるもののようだから。


 クロケルはそこで、狂太郎を安心させるように、付け加える。


「むろんこれは、我々にとっても安い投資ではない。だがこの一件、『死地へ向かえ』という依頼と同義だ。”異世界転移者”と戦うということは、そういうことなんだよ」

「……………」

「きみだって死んだ後、家族が心配だろう」

「家族、か――」


 狂太郎は、一瞬だけ視線を宙に浮かせて、――


「そうだね。遺せる額は、多いに越したことはない」


 何故だかちょっぴり、こちらを見た。


「それでは。……それともう一つ、頼んで良いか」

「なんだ」

「ぼくに与えられた……その。きみらでいうところの、チートスキルというものだが、これを強化してもらうことはできないか」

「……と、いうと?」

「ぼくの《精神汚染耐性》は、きみらのとこの”救世主”のそれよりレベルが低いと聞いた。お陰で前回、頭の中をしっちゃかめっちゃかにされる羽目になってね」

「ああ。沙羅からのメールで、報告は聞いている」

「できれば今後、そのような事態は避けたい。どうにかならないだろうか」

「ふむ……」


 クロケルは、真剣な表情で考え込む。

 その代わりに、水色の髪の女性、――グレモリーが、口を開いた。


「……………………それはちょっぴり、難しいかもしれない。一つの命に割り当てられるCスキルには、上限があるの。それを超えると、おかしくなっちゃう、……あなたたち風に言うと、ノーミソがパンクしてしまうのよ」


 グレモリーはどこか、身体の一部分が痛んでいるかのような声色だ。

 まあ今回の場合、彼女の責任でこんなことになってるんだから、無理もないが。


「そうか」

「…………あっ。でも、なんとかなるかも知れない。例えば《すばやさ》を捨てて、別のCスキルに入れ替えてみる、とか」

「そうだね。場合によっては、それも考えた方が良いかも知れない」


 向こう見ずな彼にそう言わしめるほどには、前回の経験は強烈だったらしい。


「いずれにせよ、――今回の場合、ゆっくり調べている暇はなさそうだな」


 クロケルは重々しく頷く。


「ああ。時は一刻を争う。悪いが、今すぐ出てもらうことはできるか」

「構わない。……転移の地点は?」

「兵子を最初に送った場所に送る。――そこからなんとか、彼の足跡を辿って欲しい」

「了解」


 狂太郎は頷いて、いつも持ち歩いているリュックサックとコートを身に纏う。


「ちなみに、次に向かう世界についての情報は」

「残念だが、特にない。兵子は、報告書を出す前に消えてしまった」

「……了解」


 そして大きく、深呼吸。


「では、行ってくる」


 その次の瞬間。――いつものように、狂太郎の姿が消失した。


「……………………」

「……………………」

「……………………(ずぞぞぞぞぞっ)」


 残されたのは、スーツ姿の二人組と、ストローをちゅうちゅう吸っている私だけ。

 クロケルとグレモリーは、ほっと安堵している。

 交渉もうまくいって、これで一安心。――そんな感じだ。


「ええと。それで……」


 そこでようやく、クロケルはこちらに向き直り。


「あなたは、どなた?」


 私は喜んで、自己紹介をした。

 人生、一度で良いから、悪魔とおしゃべりしてみたかったのだ。


 我々はその後、――実に有意義なおしゃべりをすることができたのだが。

 少しばかりこれは、本編の主題から逸れることになる。


 これに関してはいずれ語る機会を作るとして、今は狂太郎視点の物語に傾注したい。


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 ――――――



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 かくして仲道狂太郎は、異世界へとやってきた、訳だが。


――さて。どこから取りかかるか。


 周囲をぐるりと見回す。

 まず驚かされたのは、――この世界、どうやら、かなり高い水準の科学文明を築いているらしい、ということ。


 地面がアスファルトでできている。

 鉄筋コンクリートと思しき建物が、あちこちにある。


 ちょっと歩いてみたところ、我々の住む日本とほとんど遜色のない文明レベルだ。むしろ、こちらの方が上等かもしれない。


――現代的な雰囲気のゲームか。もうそれだけでかなり絞れるな。


 ロールプレイングゲームにおいて、現代~近未来風の世界観を採用している作品は割と少ない。


――『女神転生』、『ペルソナ』、……『MOTHER』なんかもそうだよな。あとは……。


 『ポケットモンスター』、とか。


 だが、いくら記憶を辿っても、この世界の特徴とは微妙に当てはまらない。ここはもう少し建物の感じがシンプル、というか。見た目より機能性を重視している、というか。とにかく、装飾を排したデザインの建物が多いのだ。


――まーたマイナー系のゲームの世界か。


 もちろん、狂太郎が転移する世界がRPGを元にしているものばかりだからといって、この世界もそうとは限らないが。


「しかしここ、のどかなところだな」


 と、独り言。

 道行く人々はみな、日陰でぼんやりしていたり、何をするわけでもなく、そこいらを歩き回ったりなどしている。


――大丈夫? この人たち、意志ある振りしたロボットとかじゃない?


 この前の冒険のことがトラウマになって、狂太郎はそうした仕草が酷く不気味に思えるようになっていた。

 こういう時は、さっさと話しかけて恐怖を払拭するに限る。


「あのー、すいません」


 狂太郎は、ちょうど日陰で座っていた無害そうなおじさんに声をかける。

 おじさんは、突如として中年男が話しかけてきても、ぼんやりとしたペースを崩さず、


「やあ、こんにちは。見かけない顔だね」


 良かった。どうやら正気の人間らしい。


「はい。ちょっと人捜しをしてまして」

「ほう」

「ええと、――十日くらい前に、ぼくより背が低くて、すらっとした少年に出会いませんでしたか?」

「少年……?」


 おじさんは、少し首を傾げて見せて、


「うーん。どうだろう。若い子がいたら、すぐに気づくんだけどね。――なにせここ、とんでもない田舎だからねえ。ジジババしかいない。若い子は、何年か前に旅立ちを見送って以来だよ」

「そう、ですか」


 内心、落胆する。


――兵子くん、あんまりコミュ力あるタイプに見えないしな。


 この村はさっさと通り過ぎて、もっと情報の集めやすい、都会の方角へ向かったのかも知れない。


「ちなみに、ここから一番近い町は、どちらに向かえばいいんでしょうか」

「それなら、北の草むらを抜けて、森を進んでいけばいいけど」

「そうですか。――ありがとう」

「でも、旅人さん」

「?」

「どうも見たところ、《ブック》を持ち歩いている気配がないが。――モンスターと戦う術は、しっかり持ち合わせているんでしょうな?」

「ああ、それなら任せてください」


 やはりこの世界にも、魔物がいるらしい。

 そうなると話は早い。魔物のデザインがわかれば、この世界の正体もすぐに掴めるだろうから。


「こう見えてぼく、モンスターを殺すのは得意なんです」

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