八章 進行中
264話 《無》の所有者
いつものファミレスにて。
かつては「貧乏神」と陰口を叩かれていた筆者も、――最近は、少しだけここの食事を楽しむことができている。
狂太郎の冒険を書いた小説により、少しずつお給料が入ってくるようになったためだ。
かつての私の注文は、最安の料理+ドリンクバーの組み合わせが鉄板であった。
だが今は、ピザとサラダの注文ができている。これは立派な成長であると言って良い。
生命活動に必要なカロリーをドリンクバーから摂取しなくて良いのだ。実に健康的な生活だった。
「~~~~~~~♪ ~~~~~~♪」
鼻歌交じりに、ぱこぱこキーボードを叩いていると、
「ああくそ。トップトップトップトップ! ジャングラーまじ何やってんだこのクソが。――あーもー! タワー折られちゃったじゃんか。ウジ虫しかいないのか、このチームは」
私とは、真逆の感情を爆発させている男がいる。
仲道狂太郎であった。
「しかもこの野郎、言うに事欠いてキャラのせいにするとは。……信じられんな。『REPORT PIKACHU PLEASE』……と」
どうもこの男、『ファイナル・ベルトアース』の世界に行って以来、ちょっぴり感情の制御が不安定っぽい。
自覚症状もないようだし、相変わらず仕事は好調のようだから、私から言うことは何もない、が。
「なんていうのかな……たとえ気に入らないキャラをピックさせられる羽目になったとしても……配られたカードで全力を尽くすのが、ゲーマーの矜持ってものじゃないのか? そうだろ?」
「ん? え? ああ、まあ」
私は視線を逸らした。
ゲーマーの矜持を持ち出すよりも、まず暴言の類を制御できるようになったほうが、よっぽど楽に生きていける気がするのだが。
いちいち彼を説得するのもバカバカしかったので、私は話を変えた。
「それより狂太郎。新しい仕事の予定はないのかい」
「ん」
彼は、スマホを懐に収めながら、
「――まあ、そうだね。ここのところ、立て続けに仕事をしてきたからなあ」
二ヶ月間の休養以降、狂太郎は積極的に”エッヂ&マジック”の依頼を受けている。
稼いだ金の大半をローシュに支払う羽目になったためでもあるが、――狂太郎自身、何もしていないと、無限にぼんやりしてしまうことに気づいたのだろう。
その時間が惜しい、と思う程度には、狂太郎は人生のモラトリアムに飽いている。
「でもどっちにしろ、依頼は全部、受けるようにしている。家でぼんやりしていても、身体が鈍るばかりだからねえ。――この時ばかりは、レベル上げができる異世界人が羨ましいよ。連中、いくら訓練をサボっても、身体が鈍るということを知らないから」
「ふーん」
私がピザの耳を囓っていると、
「それは心強い言葉を聞いた」
と、唐突に声をかけられた。
下腹に響くような、特徴的で低い声。
見上げると、季節外れに厚手のコートを身に纏った、ひょうきんな顔つきの男が立っている。
その隣には、髪をド派手な水色に染めた、スーツ姿の女性も。
二人の胸には社員証がぶら下がっていて、そこには金の盾のエンブレムが描かれていた。
「やあ。ご無沙汰」
男の方が片手を上げると、水色の髪の女性は、深刻な表情で深々と頭を下げる。
そんな二人を、狂太郎は少し意外そうに見て、
「おや。クロケルとグレモリーじゃないか」
クロケル。
グレモリー。
ヨシワラの慰安旅行で出会った二人か。
二人とも、マーダーミステリー・ゲームの参加者だったはず。
筆者としては、ローシュ、シルバーラットに引き続き、これで三度目となる”小説世界の住人”との邂逅だ。
私は片側の席を空けて、狂太郎の隣にすとんと座る。
二人組は誘われるがまま、譲られた席に座って――そのまま構わず、話を続けた。
「狂太郎くん。実は今回、あなたに頼みたいことがあるんだ」
「仕事の依頼かい?」
「うん」
「それは、――個人的な?」
「いや。我々はいま、”金の盾”を代表してここにいる」
「ほう」
狂太郎はちょっと驚いて見せて、
「”金の盾”で雇っている”救世主”はみんな正規雇用だと聞いたけど。――きみらもそういうこと、するんだ」
「当然、する」
クロケルは、気軽に言った。
「狭い業界だ。有能な”救世主”の情報は、あっという間に広まるようにできてる。――人材の取り合いも、我々の仕事なんだよ」
「……ふーん」
「そうした”救世主”を抱え込んだ業者は、何が何でも横の繋がりを阻止しようとする。実際我々も、このファミレスを見つけ出すのに随分と手間をかけた」
「そうなの? ここ、Googleで検索したらすぐ出てくると思うけど」
「我々みたいなのが近づけないよう、いろいろな罠が仕掛けられていたということだ。――この世界の人間には認識すらできないような、そういう罠がね」
実際、ローシュの情報がなければ、ここに来るのを諦めていたほどらしい。
「そりゃまた、大変だったなあ」
そこまでして訊ねてきたとなると、狂太郎も悪い気はしない。
「それで? 仕事の内容というのは?」
「ああ……」
クロケルは一瞬、グレモリーと顔を見合わせ、うなずき合う。
「きみは、松原兵子を覚えているか?」
「ん? もちろん覚えてるけど」
筆者もその名前には、聞き覚えがあった。
確か、ヨシワラで行われた親善試合で飢夫と対戦した、……天才ゲーマー……とか。そんな感じのやつだったはず。
「彼が、行方不明になった」
「…………何?」
狂太郎の眉間の皺が、くっきりと深くなる。
「それは、――”救世主”としての仕事中に?」
「そうだ」
「いつ?」
「十日前」
「十日? ずいぶんと経っているじゃないか」
狂太郎は驚く。
「放任主義の”エッヂ&マジック”ならともかく、――」
確か”金の盾”は、定時退社が義務づけられていたはず。
社員が戻ってこなければ、すぐ気づくはずだ。
「どうして、こんなに時間が掛かったんだ」
「それがな」
クロケルが、やれやれと肩をすくめる。
そこで、ずっと暗い顔をしていたグレモリーが、幽鬼のような顔を上げた。
「……………わ、わわ、私の、せい。……です」
「そうなの?」
狂太郎が訊ねると、彼女は再び、顔を伏せて、
「………………しゃ、社員の出退勤リストの管理を……怠ってたの。……ました」
「ありえるのか、そんなこと」
日本にある普通の会社ですら、そのような事態に陥ることは稀だろうに。
「要するにこのバカは、仕事をさぼっていたということだ。それも、ただサボっていたわけじゃあない。――色気に溺れて、だ」
「……へえ……色気……」
「性欲一つ制御できんとは、悪魔の風上にも置けない」
ずいぶんと、開けっぴろげにものを言う。
”エッヂ&マジック”も酷いところだと思っていたが、”金の盾”も案外、ちゃんとしたところではないのかもしれない。
「さらに悪いのは、こいつがサボっていた期間とほぼ同時期に、兵子の行方がわからなくなっている点だ」
昏い表情のクロケルに、
「それだけ時間が経ってしまっているのなら、兵子はもう、殉職してしまっているかもしれない」
はっきりと現実的な話をする。
もちろん内心では、そうであってほしくないと願っていた。
彼とは、ヨシワラで遊んだ仲だ。歳は少し離れているが、友だちだと思っている。
「しかも、兵子が消える数日前に、同僚の数名が、興味深い話を聞いている」
「興味深い話?」
「ああ。――どうも彼、今回の仕事に、”異世界転移者”が関わっていると、そう漏らしていたんだよ。彼の失踪には、”転移者”が関わっている可能性が高い」
「……ふむ」
そこで狂太郎、合点がいく。
「だから、そっち側の”救世主”には頼まなかったんだな」
「そうだ」
クロケルは、深く頷く。
「現状、”異世界転移者”に対する有効な反撃手段を持つ者は、きみしかいない」
《無》を取得した”救世主”、――仲道狂太郎しか。
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