SS② とある英雄の愚痴(後)

 んで、――……天使さん。

 あんたにどこまで話したっけな。


 ああ、そうだそうだ。そして俺たちは関所を越え、”終焉ノ竜”の元へと向かったんだった。

 俺とキョータロー、二人っきりでね。

 陰気な渓谷だったよ。

 足元には、乾ききった土壌が広がっていてさ。発育不良の木々があちこちに見られる、そりゃもう、荒涼とした風景だった。

 正直言って、歩いていて楽しい場所ではなかったが、俺は不思議と仕合わせな気持ちになっていた。

 いま自分は、はっきりと前に進んでいるって。正しいことをしてるって。そう思えたんだ。

 その先に、残酷な結末が待ち受けてるって、……それがわかっていてもね。


 そして俺はあの人に、こう言った。


「なあ、あんた。もし……万に一つの確率だが、無事に”終焉ノ竜”に勝ったら、一緒に暮らさないか?」


 ってさ。


「俺の実家は、ちょっとした地主でな。”オコメ”っちゅう作物で一大財産を築き上げた、由緒ある家柄なのさ。

 俺は次男だが、きっと”終焉ノ竜”を倒せば、英雄として迎えられる。だからきっと、一生安楽に暮らすことができる。

 そんでしばらくしたら、あんたにきっと、よい結婚相手を紹介するよ。きっとね」


 そしたらあの人、困ったように笑って、


「実に興味深い提案だ。ぼくもときどき、どこかの世界に留まって、そういう暮らしをしてみたいと願うことがある」


 だが、どうしてもそういうわけにはいかないんだと。

 彼の人生が抱えている諸問題は、金や恋人で解決するようなものではないらしい。


 後にも先にも、あの人としんみり話せたのは、あの時一度だけだった。

 で、その時になってようやく気づいたのさ。

 俺は、やっぱりあいつのこと、嫌いじゃないってさ。


 きっとこれから、俺たち二人とも”終焉ノ竜”に殺されるだろう。


 だが俺は、あの人の死を看取ることはない。

 なぜなら、俺が先に、あの人の盾になって死ぬからだ。

 親に疎まれ、生まれた故郷を追い出され、……そしてようやく、ここまできた。

 せめて、意味のある死に方をしたい。


 その後、俺たちは、道中にあった宿屋に泊まったんだが、……って、え?


 ”終焉ノ竜”が棲むような危険な谷に、なんで宿屋があるんだって?

 変なことを聞く人だな、あんた。宿屋くらい、どこにでもあるに決まってるじゃないか。

 大きなボス戦の前には、回復ポイントが用意されてるのが当然だろ?


 ……まあ、そんな話はいいや。

 とにかく俺たちは、親切な老人が営む過ごしやすい宿で、一泊した。

 俺はその夜、こんな風に思ったものさ。


「明日の朝、出発したら、二度と戻ることはあるまい」


 そしたら俺、いろんなことが頭に浮かんできちまって。

 生まれ育った土地のこととか。近所に住んでいた可愛い銀髪の娘のこととか。

 あと、兄貴が時々、うまい饅頭を奢ってくれたこととか。

 色んな人の顔が、頭に浮かんでは消えた。

 そしたらいつの間にか、めそめそとベッドの中で泣きべそをかくはめになっていたんだ。



 で、次の日の朝。


 俺たちは宿を出て、”終焉ノ竜”の居場所を目指した。

 道中に掛かった時間は、――数分もかからなかったよ。

 キョータローが、例の不思議な術を使ってくれたからな。


 ”終焉ノ竜”の巣は、如何にもだだっ広い、それでいて荒涼とした空間だった。

 ぱっと見た感じは、これまでの道のりと変わらない、つまらない景色の場所だったけど……鈍い俺にだってわかったよ。

 この場所には、あらゆる生き物の死の臭いが充満しているって。


 よく目をこらしてみると、巣のあっちこっちに、”終焉ノ竜”が殺した勇者たちの死骸が散乱している。

 だがそれ以上に見物だったのは、”終焉ノ竜”のリアクションよ。

 あの野郎、キョータローの速さに、俺たちが巣の中に潜り込んでいたことに気づかなかったらしい。

 やっこさん、こっちを二度見して、


『えっ。うわ、いや、マジか』


 とかなんとか、小さい声で呟いた後、改めて声を作って、こう言った。


『――愛、夢、希望。そんなものに、何の意味がある?

 私は、全てのものに終焉を齎すもの。森羅万象を破壊するもの。

 貴様たちを殺した後、この世界の人間、全てを喰らってくれる!』


 なんて。今さら格好つけられてもな。ちょっと早口だったし。セリフも唐突だし。事前に考えてたセリフ、一部吹っ飛んでないか? ってね。


 とは、いえ。

 俺、戦いが始まってしまえば、長く保たないと思っていた。


 なにせあの”終焉ノ竜”ってモンスター、《星堕とし》っちゅう、空から隕石をずどんと堕とす、とんでもない魔法を使うんだ。

 これは実際、とてつもない術でな。

 何せ、その隕石の速度は音速を超えるっていうし……しかも魔法の力で、どこまでも追いかけてくるって話だったからな。

 わかるだろ?

 あの人が《すばやさ》を使えるからって、いずれ息切れする時が来る。

 無限に追尾する隕石を回避し続けることなんて、できやしないのさ。


 そこであの人、すぐさま俺に命じたね。


「《タウント》と《マジック・シールド》を使ってくれ」


 って。

 ……ああ、それは何かって?

 《タウント》ってのは、敵を挑発して攻撃を自分に集中させるスキルでな。

 んで、《マジック・シールド》は、魔法攻撃を一度だけ無効化するスキルなんだ。

 どちらも、”守護騎士”である俺が十八番とする術の一つさ。


 要するにあの人が言いたかったのは、こういうこと。


――《星堕とし》を一回、無効化しろ。


 実に凡庸な作戦だと思ったね。

 だってそうだろ? 確かにそうすりゃ、《星堕とし》を切り抜けることができる。

 だが、それがどうした? 

 ”終焉ノ竜”の魔力は、それこそ泉のようにある。数値にするなら、100万くらいか。

 対する俺たちの魔力は、100もあれば良い方。

 息切れが早いのは、こっちに決まってるじゃないか。


 その時、俺はこう思った。

 ああ、わかった。やはりこの人に、秘密の作戦なんてなかったんだ。

 もはや、逃げることもできっこない。必ず、死。それにきまった。


 ……だが、様子がおかしいことに気づいたのは、それから十数分ほど戦った頃合いだろうか。

 ”終焉ノ竜”のやつ、なんでか、いつまで経っても同じ技ばかり繰り返すんだよ。

 何度も何度も、ワンパターンな《星堕とし》の連発。

 ずーっとその、繰り返し。


 あとあと、あの人に教えてもらったよ。


「”終焉ノ竜”が使う遠距離攻撃は、《星堕とし》以外にないんだ。だからあの竜は、ひたすら《星堕とし》を使う他、攻撃手段がなかったんだ」


 ってさ。

 だから俺は、《タウント》と《マジック・シールド》を交互に使い続けるだけで、延々と敵の攻撃を受け続けることができたってわけ。


 でもそれだけじゃ、やつを完封できないことはわかってた。

 さっき話したと思うけど、やつと俺では、持ってる魔力の絶対量が違ったからな。


 だがキョータローはそれに関しても、ちゃーんと対策を練っていた。

 それが何かっていうと、――ああ! 話すのもいまいましい!


 野郎は戦闘中、俺の口に食い物を、アホみたいに詰め込んできやがったのさ!

 あの野郎、俺たちが最初に出会ったその日から、こうなることを見越して食い物を溜め込んでいやがったんだ! どーりで食糧のない村に通りがかった時、気前よくくれてやるもんだなあと思ったよ!


 その後の展開は、以下のループだった。


①俺が《タウント》と《マジック・シールド》を使う。

②それにより《星堕とし》が無効化される。

③キョータローが食いもんを俺の口に突っ込む。

 以上、その繰り返し。


 ってな。


「悪いが、きみにはこれから24時間ほど、同じことを繰り返してもらう」


 野郎、平気でこんなことを言いやがった。

 そんで俺は……俺は……もう、やつの言うなりになるしかなかったよ。


 《タウント》、《マジック・シールド》、隕石を無効化、パンと水を一口。

 《タウント》、《マジック・シールド》、隕石を無効化、パンと水を一口。

 《タウント》、《マジック・シールド》、隕石を無効化、パンと水を一口。


 いまだに夢で見る。ホントに。

 実際おれは、日が昇って落ちて、また日が昇る間、ずーっと同じことを繰り返した。

 音を上げたのは結局、”終焉ノ竜”が先だったよ。


『ほんともう、勘弁して下さい。……すいませんでした……調子乗ってました……。降参します……』


 ってさ。

 魔力切れを起こしたモンスターほど、惨めで弱っちい生き物はいない。

 そうして俺たちは、やつの首に縄をかけ、故郷へと凱旋したのさ。



 …………え?

 だったら良かったじゃないか。ハッピーエンドじゃないか、って?


 馬鹿。最初に言ったろ。俺はあの人に「辱められた」ってさ。


 いいかい。

 魔力が、食い物を食うことで回復することくらいは、あんたも知ってるよな?

 だったら、吸収したエネルギーのカスが、通常通り排泄されることも知ってるはずだ。


 つまり、そーいうことだよ。


 おれは戦闘中、クソを。

 ズボンの中に。

 戦ってる間、ずっと。


 ……これ以上は、言わせんな。

 つまり、そーいうことだ。


 なあ天使さん。こんどあの人に会ったら、ちゃんと言っておいてくれよ。


 俺の……俺の恥ずかしいところを見たんだ。

 ぶち殺されたくなけりゃあ、――しっかり責任取れ、クソッタレ、ってな。


 ああいや、クソを垂れたのは俺なんだが。


 ん? 俺かい?

 俺の名前は、”守護騎士”のオムスビ。

 ハッフハフ家の次男、オムスビだ。あの人にゃ、”ガンダム鎧”だとか呼ばれてたけどな。


 とにもかくにも。

 今度会ったら、覚悟しやがれ。




         WORLD2222 『駆込み訴え』

                       (了)


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