幕間 WORLD2222『駆込み訴え』
SS① とある英雄の愚痴(前)
ああ……ああ! 天使さん。聞いてくれ。
俺あいつに、酷い目に遭わされたんだ。辱められたんだ。我慢ならん。
うん、うん。落ち着いて話すよ。わかってる。あの人を、放っておく訳にはいかねえからな。
あいつはきっとそのうち、とんでもないことをやらかす。間違いない。俺にはもう、あの人の居場所はわからねえ。あいつ、いつの間にやら雲隠れしやがった。
だがあんたはきっと、知ってるんだろ? なら、間違いなくやっちまってくれ。ずたずたに切りさいなんで、殺しちまうんだ。
あいつは……俺より年上の、36歳だとかいってたな。いや37だったか? ちょっと忘れちまったけど、たぶんそれくらいの年だったと思う。どっちにしろ俺と、大した違いはなかったはずさ。だってのにあの人が、俺をどんな風に意地悪くこき使ったか。俺があの人に、どれほどの目に遭わされたか。
……いやまあ、たしかに、あの人の力はとんでもない。
《すばやさ》って言ったっけ?
どこで覚えたかは知らんが、恐ろしい術さ。
あの術の助けがなけりゃあ、そりゃあ”終焉ノ竜”を殺すことなんて、できっこなかった。
ある日俺たち、こんな村に出くわしたことがある。
その村、腹を空かせたモンスターの群れに襲われちまってな。その日の暮らしにも困ってるような有り様だった。
村の連中、”守護騎士”である俺の身なりを見るなり、わっと集まって来やがったよ。「金か食い物をくれ」ってな。
俺は困った。ただでさえ、苦しい旅だ。何せあの人は、過剰なまでにモンスター狩りを嫌う。だからいつも、手持ちの金子はぎりぎり。余分な食糧も、ほとんどなかった。
だってのにあの人、あっさりとみんなに、こう言ってのけたんだ。
「よし。ここの人みんなに、食べ物を分け与えよう」ってな。
無茶な話さ。それに何より、無駄な話でもある。こんな辺境の、訳のわからん百姓風情に食い物を与えることと、恐るべき”終焉ノ竜”を倒すこと、どちらが優先されるべきかってな。
だが、いくら説得しても、あの人が俺の意見を聞き入れることはなかった。
あの人自身、常日頃から言っていたことなのに。
「目先の小さな命より、世界の存続の方がよっぽと大切だ」
って。
それなのにあいつ、貴重な食糧を山ほどくれちまいやがって!
…………。
…………………あ?
いやまあ、確かに、結論から言うと無駄な行動じゃなかったぜ? なにせあの村の連中、とあるアイテムを売ってくれたからな。
何って? 饅頭だよ。
赤、青、黄色の饅頭だ。といってもそれ、ただのカラフルな食い物じゃない。
それぞれ、火耐性、水耐性、雷耐性を付与する”マジック・アイテム”なんだよ。
っつってもそんなの、結果論じゃねえか。
たまたま危機を救った村に、たまたまそーいう、魔法の饅頭があったってだけ。
饅頭の存在は秘匿されていたみたいだし、あいつはそんなこと、わかっちゃいなかったはずさ。たぶんな。
で、その時俺、あの人にこう言ってやったんだ。
「こんなこと、続けてられない」
ってさ。
するとあの人、こんなことを俺に言ったんだ。
「なあ、きみ。あんまりマジになるなって。なるようになるさ」
ってね。
とんでもない甘ちゃんだよ。信じられない。この世の中は、悲劇だ。悲劇的に作られている。なるようになんてならない。俺がそう反論するとあいつは、少し寂しそうに、笑った。
あの人は嘘吐きだ。言うこと言うこと、一から十まで出鱈目だ。
とはいえ俺は、あの人の特別な術のことだけは信じている。……愛してるといっても良いくらいに。あの人はきっと、あの術を使えるが故に、おかしくなっちまってるんだよ。強すぎる力ってのは時に、人を狂わせるからな。
あの人は最悪、小狡い盗賊にでも身を落とせば、喰うに困るってことはないんだ。《すばやさ》を使えば、いくらだって金を稼ぐことができる。ある意味じゃああの人は、人生あがってるんだ。全部のことが遊び半分なのさ。俺みたいに……ムリヤリ家を追い出された次男坊とは違う。
義務もなく、自由で、金にも困ってなくて……そういうやつなんだよ、あの人は。
でも、俺は結局、あの人の生き方に憧れていたのかもしれないな。
ああいう、何者にも囚われない生き方がしたかったんだ、ずっと。
……。
…………ごほん。
ああいや、違う。俺はあの人のことが嫌いなんだった。俺の言葉は信用しないでくれ。
それで結局、俺たちは”三色の饅頭”を手に入れた後、”終焉ノ竜”が潜む谷へと向かった。
あんたは知らないかも知れないが、竜が棲む谷には、天然の関所、とでも言うべき地形がある。
そこには、火竜、水竜、雷竜という、恐るべき”終焉ノ竜”の手下がいて、俺たちはまず、そいつらをやっつけなくちゃいけない。
そうとも。その時の俺はもう、自分の命を捨てる覚悟は固まっていた。
これぞ、”守護騎士”として旅に出た者、最期の晴れ姿さ。
恐るべき竜と烈火の如く戦い、そして死ぬ。そのつもりだった。
自分の腕が、どこまで通じるかはわからない。でも俺の命と引き換えに、竜の一匹でもやっつければ、後に続く勇者たちがそれに続いてくれる。
そう思っていたんだよ。
だがあの人は、全長十メートルはあろうかという三匹の竜を目の前にしても、まるで近所の大衆向けレストランに出向くような足取りだった。これっぽっちも死を恐れちゃあいない。自分が死ぬ可能性なんて、まるで考慮に入れてないって感じでね。
そして、こう言った。
「やあ、きみたち。ぼくは、とある会社の依頼できた”救世主”なんだ。――ところでぼくは、きみのところの大将を捕まえにきた。だから申し訳ないが、そこを退いてくれないか」
どうかしてるよ。ばかだ。身の程を知らぬ。いい気なものだ。
それで引き下がるなら、あの三匹は関所を任されちゃあいない。すぐさま連中はこちらに襲いかかってきて、……俺は慌てて、盾を構えた。
だがその次の瞬間、俺が目の当たりにしたのは――、
三匹のドラゴンが、泡をぶくぶく吹いて気を失っている姿だった!
あの人が何をしたかって? 単純さ。
”三色の饅頭”を使ったんだ。――といっても、自分自身に、じゃない。
赤、青、黄色の饅頭を、それぞれ同じ色のドラゴンに食わせちまったんだ。
それで、どうしてドラゴンがぶっ倒れたのかって?
その辺、正直俺もよくわかってないんだが……あの人はたしか、こんな風に言っていたな。
『”異世界バグ”を利用させてもらった。ドラゴンが先天的に備えている各種耐性を、饅頭によって上書きしたんだ』
ってさ。
つまり、やつの意見をわかりやすく言うと、こういうことだ。
ドラゴンたちはそれぞれ、火、水、雷に対する強力な耐性を持つ。
その耐性値を仮に、100%としよう。
100%の耐性を持つ竜は、それぞれの属性攻撃を完璧に無効化することができる。
だから連中は、口から火や水、雷を吐き出すことができるってわけ。
しかし、あの人が饅頭を食わせたことで、条件が変わった。
あの”三色の饅頭”は、それを食ったものの耐性値を『80%にする』というものらしい。
もちろんこれは本来、俺たち冒険者の防御力を強化するためのものだが、それをドラゴンに使うことによって、とんでもないことが起こったんだ。
ドラゴンは魔法生物の一種である。
その体内には、火、水、雷など、様々な魔法の力で満ち満ちている。
そんなドラゴンの魔法耐性が下がった結果――火、水、雷の力がむしろ、連中にとっての害となり、重度の食あたりに似た症状を引き起こしたってわけ。
そんで俺たち、”終焉ノ竜”まで素通りよ。
続く道中は気楽なもんだったね。散歩するような感じだった。
その時、俺たちが見た景色は……、
………って、え?
この話、まだ続くのかって?
あたぼうよ! 話はまだ半分!
あの人、――ナカミチ・キョータローへの愚痴は、まだまだ言い足りないんだからな!
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