250話 人生よ
20世紀末の日本を元に創られた街並みに、”ブラック・デス・ドラゴン”たちが睨みをきかせている。
通りは、幾度も火焔でなぎ払われた跡があるが、そこ以外は綺麗なものだ。街全体が”不壊のオブジェクト”で作られているためだろう。
沙羅は、群衆の中から一歩、前に出て。
「ねえ、”ボーイ”のお父さん。ちょっと一つ、お聞きしてもよろしいですか?」
堂々と口を開いた。
ただしその口調は、見世の客に対するように丁寧で、落ち着いている。
「なんでまた、……その。お年寄りを焼いているんでしょうか」
率直な質問に、人々がどよめく。
舞台上の芸人に、空気の読めない客が発言した感じ、というか。
”ボーイ”の父親は、一瞬だけ変な顔をしたあと、
「不必要なものだからだ」
100年間、同じ質問に答え続けた賢者のように、応えた。
「神はこの世界を、完璧に創られた。――”ベルトアース”に比べて、我々の世界には目に見えた綻びがない。まともだ。そうだろう?」
「ふむふむ」
「これはつまり、我々は、神に選ばれた完璧な人類だということ。我々には、この世界が求める”テーマ”を決着させる義務があるのだよ」
「”テーマ”、というのは……」
「人生よ、完璧たれということだ」
”ボーイ”の父親は、自らの言葉に酔っているようでもある。
正直に言って沙羅は、そのような手合いがあまり好きではない。娼妓に長々と説教するタイプの中年男性に多いのだ、こういうタイプが。
「人の一生はね。ひどく短いのだよ。だから我々は、この短い人生をより良く全うせねばならん。そのためには、不要な人材は斬り捨てなければならない。……そこで転がっている、ゴミのようにね」
「………………」
無駄と快楽の追求に特化した世界の出身であるサラマンダー娘は、閉口した。
これは異世界人同士のコミュニケーションには良くあることなのだが、――文化が違いすぎて、とてもではないが何を話せば良いかわからなくなってしまう。この時がちょうど、そんな感じだった。
「不完全な者を取り除いてこその、”完璧さ”……ということ?」
「うむ」
彼は、もっともらしく頷いて、
「結局のところ、我々に足りなかったのはそこであったということだ。……もともと我々はいつも、身体能力に不調が発生したものを処分することにしている。その制度を、もう少し厳密にすることにしたんだ」
「ふーん」
沙羅は、人差し指で自分のほっぺたに触れて、少し考え込む。
「よくわからないんですけど、それと今回”ボーイ”を見つけること、どういう関係が?」
「関係はないよ」
「……へ? 関係がない?」
「うむ。長期的なプランがあってね。そうするのが結局、もっとも都合が良い、ということになった」
「ほうほう。……ちなみにその、長期的なプラン、とは?」
「長期的なプランというのは、長期的なプランということだ」
「……???」
「つまりそういう、素晴らしいものだよ」
沙羅は渋い顔になる。うすうす感づき始めていた。
この人を説得するのは、水鉄砲で山火事を消すようなものかもしれない、と。
「ところで今回、我々は”ボーイ”と”ガール”に関して、いっそ見限ってしまおうと思っているんだ」
「ほほう」
舌の根も乾かぬうちに矛盾している。
”テーマを決着させる義務”とやらはどこに行ったんだろう。
「だってそうだろう? お陰様で、今日の夕方にやるはずだったイベントがずっと先送りにされてしまっている。――もはや今回の我々の仕事は、”完璧”ではなくなってしまった」
腕を組みながら、沙羅は不思議な気持ちになっている。
彼女とて、狂太郎ほどではないが、そこそこ電子ゲームで遊ぶ。
ゲームの世界の住人が皆、こんな風にきっちりと職務に忠実で、自分の遊びに「付き合ってくれている」のだとしたら、――とてもではないがもう、電子ゲームでは遊べなくなる気がした。
「おまえたちが、どういうつもりで私のパソコンを盗んだかはわからんが、――まあ、いい」
「――?」
沙羅が首を傾げていると、いつの間にか周囲が取り囲まれている。
「まさか、お前の方からのこのこやってくるとは。……ありがとう。”ガール”」
「……あら」
どうやら、バレていたらしい。
――まあ、そうでもなけりゃ、こんな風に応えてくれるわけないか。
思いつつ、沙羅は黒いローブをすとんと地面に落とす。
自慢の赤髪と、にょろりと大きい蜥蜴の尻尾が露わになった。
「思えば”ガール”は、――最初から、おかしかったらしいじゃないか。ひょっとして私の”ボーイ”をそそのかしたのは、お前か?」
「さあ、どうでしょう」
沙羅は、髪の毛をかきあげて見せて、
「――真実がどうだとしても、あなた、私を悪者にするつもりでしょう?」
目の前の男は、あくまで紳士的な態度を崩さない。
だが、その額に浮かんでいる青筋が、彼の激情を物語っていた。
「”ボーイ”の居場所を吐いてから殺されるか、さんざん苦しめられてから”ボーイ”の居場所を吐くか。――選びなさい」
「そーいう三下台詞は、山ほど聞かされてきてるんですよねぇ。――でも、それを実行できた人ってまだ、一人もいないんですよ」
「だまれ」
その、次の瞬間だった。
沙羅の胸元を、丸太のような黒い影が通り過ぎたのは。
「おや」
ちょっと声をかけられた程度の感覚で、沙羅は振り向く。
そこには、”ブラック・デス・ドラゴン”の姿があった。どうやら、尻尾でなぎ払われたらしい。常人であれば一撃で致命傷になってもおかしくない攻撃だった。
「お呼びじゃないですよ。しっし」
もちろん《無敵》持ちの沙羅には、痛くも痒くもない。
”ブラック・デス・ドラゴン”は、沙羅にちょっぴり睨まれただけで、すごすごとその場から飛び立っていく。
――さすが爬虫類同士。どちらが格上か、本能的にわかったのね。
彼女はちょっぴり得意げになって、
「えっと。ことほどさよーに私、《無敵》なんですね」
「ばかな……ッ」
「ちなみに、」
そして彼女は、暗闇目掛けて、口から火を吹いてみせる。
周囲から、「わっ」と悲鳴が上がった。
「こんなことも、できちゃったり。降伏するなら今のうちですよ」
「――ッ!」
間髪入れず、”ボーイ”の父親が、沙羅の顔面目掛けて弾丸を発射した。
もちろん、この”救世主”には傷一つつかない。むしろ彼女を取り囲んでいた群衆が驚いて、逃げるようにその場から散る始末だ。
「感情的だなあ。ぜんぜん”完璧”じゃなくない、ですか?」
沙羅の挑発に、”ボーイ”の父親は耳まで顔を赤くする。
「いいだろう。そっちがその気なら、――連れてこいっ!」
彼が叫ぶと、少し離れた位置に、二人組の夫婦が引っ張り出された。
一目見て、分かる。”ガール”の両親だ。
二人は、なんだか申し訳なさそうに目を伏せていて、その場で土下座に近い格好をさせられている。
――私の両親だ。
(”ガール”の両親だ)
――私には、ほとんど関係のない人だ。
(大切な人たちだ。死んで欲しくない)
「……………」
その顔に『困惑』の二文字を浮かべていると、
「”ガール”。……おまえも人の心があるならば、この二人を見捨てはしないだろう。――降伏しなさい」
なんだか、とんちんかんなことになっている。
いやな感じだ。
そもそも彼女たち精霊は、人とは違う感覚の持ち主だ。
”恐怖”だとか”怒り”の感情は、彼女にとって苦虫を舌に押しつけられているような感覚がする。
「そう言われても、――私はその、……”ガール”の記憶がないんですよ。残念ながら」
「そうか。では、試してみよう」
”ボーイ”の父親が合図をすると、すぐさま二人に鉄斧が押し当てられた。
処刑が始まるのだろう。
「あの。ちょっと……」
「やれ。女からだ」
同時に、斧が振り下ろされた。
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