251話 けつばん

 沙羅が《無敵》を”ガール”の両親に付与するのと、彼女の顔面に弾丸が撃ち込まれたのは、ほぼ同時であった。


「わっ」


 驚かされたが、――攻撃は透過している。

 唇を尖らせて、


「んもー、びっくりした。なんですか、急に」


 口ではそう言いながら、狙いは分かっていた。

 ”ボーイ”の父親はいま、沙羅が同時に、二種類の対象を《無敵》にできるかどうかを検証したのだ。

 正直、――あまり面白い行動ではない。

 沙羅の《無敵》には、いくつか弱点がある。なるべく情報は与えたくなかった。


「…………ちっ。蜥蜴の化け物め」

「あー。差別発言、いけないなあ。私の故郷じゃ、めっちゃ嫌われる奴ですよ。それ」

「差別ではない。区別だ」


 いやな感じだ。

 嘆息混じりに、腰に手を当てる。”休め”の体勢、――と、見せかけて。


 すかさず沙羅は、”ボーイ”の父親たちの足元に、燃えさかる火焔を吹いた。


「う……わあ!」


 その場にいた住人が、驚いてひっくり返る。とはいえ、いま沙羅が吐いた火には、ほとんど熱はない。見せかけだけの火焔だ。焼き肉屋のパフォーマンスで覚えた技である。

 瞬間、沙羅は”ガール”の両親と、彼らを束縛している連中の元へ接近。その後頭部を順番に引っぱたいて、彼らの意識を奪い取った。


「な……ッ」


 目を剥く”ボーイ”の父親。

 むろん、それだけで終わるつもりはない。彼女はそのまま、――辺りの人間を片っ端からぶん殴り始めたのである。

 その活躍たるや、一騎当千もののアクション映画のようであった。


 《無敵》のサラマンダー娘は、その場にいた四、五十人ほどの人間を片っ端から昏倒させてしまおうというのである。


 言葉で言うと『豪快』の一言だが、実際にそれは、赤ん坊を寝かしつけるように繊細な作業であったという。


 活かさず、殺さず。


 各世界ごとに、異世界人の身体能力は全く異なる。

 沙羅の膂力は、『金の盾』の”救世主”の中では平均的、といったところだが、この世界の人間に比べれば、2,3倍の強度はありそうだ。恐らく、本気で殴れば死者の山が築かれるであろう。


 だから彼女は、ちょうど我々が十に満たない子供を相手にするくらいの力加減で、こめかみを蹴ってみたり、顎を揺らしてみたり、喉の辺りにチョップしてみたり、鳩尾を殴ってみたり、それでも倒れない強靱な相手には――向こう脛を折って再び立ち上がれないようにしたという。


 帰還後、彼女がその時のことを振り返って言った発言の一つに、


――たぶん、何人かは後遺症が残ると思う。


 というものがある。

 裏を返せば、多くの相手を後遺症なしに打ちのめすことができたということだろう。


 その場にいた連中の始末にかかったのは、十数分ほどであっただろうか。

 数に任せた狂信者たちを、修羅の如く打ちのめした沙羅は、最後に一人、”ボーイ”の父親だけを残して、


「……さて、と」


 弾丸を撃ち尽くした拳銃のトリガーを、カチ、カチと引き続ける彼の前で、仁王立ちとなる。


「あなたには一つ、聞きたいことがあります」

「おのれ、悪魔め!」

「私、悪魔ではなくサラマンダーです。どうぞよろしく」

「……くッ!」


 拳銃が、沙羅の胸元に投げつけられる。《無敵》化された豊満な胸元を、L字型のそれが通り抜けていった。


「警告しておきますよ。今からする質問に、正直に応えなさい。もしこれ以上、反抗的な態度をとるようであれば、すぐさまあなたの足の骨を折ります」


 それが脅しではないことは、これまでの戦いで重々承知であろう。


「貴方はずっと、何かに怯えている様子でしたね。それは、何者ですか?」

「……!」


 ”ボーイ”の父親が、あからさまに動揺している。こういう世界に生まれてきたためだろう。彼には嘘を吐く訓練がまったく足りていない。


「し、知らん!」

「あら、そ」


 そして彼女は、容赦なく彼の右膝をたたき割った。嘘吐きになるのは厭だったためである。


「ぎゃ」

「もう一度だけチャンスをあげる。次はないよ」


 脅しが利かなかったのかと思って、今度はドスの利いた声で。


「この世界には黒幕がいる。そうでなくて?」


 この世界に来る前、狂太郎が話した”推理”がある。

 この世界は、素人が創った自主制作作品で、――そうしたゲームでは往々にして、最後に制作者が顔を出すものだ、と。

 狂太郎とは、それ以上のことは話していない。

 だが沙羅は、その推測は間違っていないと思う。

 目の前にいる、この男とは違う、誰か。

 この世界にはまだ、真のゲーム制作者クリエイターが存在する。

 ”ブラック・デス・ドラゴン”も、その何者かが送り込んできたものだ。


「あなただって、ホントは気づいているんでしょ? ”ブラック・デス・ドラゴン”どもはみんな、私の《無敵》を見て逃げ出しちゃってる。あんたが隠している何者かは、あんたを見捨てたんだ。なんで、そんなやつを庇うの?」


 すると、


「へへっ」


 ”ボーイ”の父親が、不快な声で笑った。気の短いものなら、それだけで頬をぶちたくなるような、卑屈な笑みである。


「何がおかしい?」

「――お前……その、不可思議な権能で、いい気になってるようだが。――言っておくがこの世の中は、……もっともっと、完璧な者がいるんだぞ」

「……へえ」


 自然、蜥蜴の尻尾がぐんにょりと歪む。

 厭な感じがしていた。

 いま、不快な感情を沙羅に向けている者がいる。目の前のこの男とは別に、だ。


「その御方には、貴様の権能など、まったく役に立たない。そういう存在なのだ」

「はあ」


 話半分に聞きながら、沙羅は天を仰ぐ。

 一応、”ブラック・デス・ドラゴン”を警戒したつもりだ。

 連中は今、この世界の上空をぐるぐると旋回していて、特別何か行動を起こしている感じはしない。


 一つ、気がかりなことがある。


 ずっと、心のどこかで疑問に思っていたのだ。


 ”ベルトアース”での旅で、散々沙羅たちの行く手を阻んできた、見えない壁。

 《無敵》を持つ沙羅ですら、先に進むことを拒まれた、あの透明な壁の存在である。


 この世界の”黒幕”が、沙羅の《無敵》よりも上位の力を使う可能性。


 あるいは、ありえるだろうか。


「可哀想な”ガール”に警告してやろう。――我々の世界に伝わる、言い伝えのひとつを」


 その言葉を無視して、沙羅は上空の黒龍たちを見据える。

 大空を飛んでいるように思えた”ブラック・デス・ドラゴン”たち。

 その様子が、明らかにおかしい。どこがおかしいのか? 少し考えて、すぐに答えが出た。

 連中、空を飛んでいるが、羽ばたいていない。

 ただ空中を、静止した格好で浮かんでいるらしい。


「――なに、あれ」


 その様子はどこか、かつて”レッドナイト”と名乗った男が使ったウル技、――”スーパー・スライド”に似ていた。

 要するに連中、バグっているのだ。


 沙羅がそこまで呑み込んだのを悟ったのだろう。

 男は不敵に続けた。


「悪い”ボーイ&ガール”の元へは、――あの、恐るべきものがやってくる」


 その時であった。

 瞬間、”ブラック・デス・ドラゴン”たちの身体がぐにゃりと荒ぶって、一個のブロック状の何かへと変貌したのは。


「――えっ」


 遠目では、詳細にそれが何かまではわからない。

 ただ一つだけ言えるのは、――精霊種である沙羅には、それがとてつもなく不吉な存在に思えた、ということ。

 彼女の疑問に応えるように、”ボーイ”の父親は、こう叫んだ。


「来るぞ、……”けつばん”が来るッ。おまえの間違いを正すために!」

「…………!」


 沙羅は無言のまま、彼のキンタマを蹴っ飛ばす。

 特にそうする理由はなかったが、何となく腹が立っていたためである。


 男は泡を吹いて昏倒し、二度と立ちあがることはなかった。


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