241話 メタフィクション
「ちょっとまって。メタ……なんだって?」
「メタフィクションだ。――これはゲームというよりは、小説とか映画とか……物語全般を指す用語だな」
「それが、どういうことだって?」
「要するに、――この世界自体が、……そういう構造の作品、ということだ」
「…………?」
要領を得ない沙羅に、少し歯がみする。
彼女自身、ゲームの知識は仕事で覚えただけの聞きかじりであるためか、この辺の感覚を共有できないのが歯がゆい。
「いいかい。メタフィクションっていうのは……要するに、『物語』というジャンルそのものに関してあれこれ論じたり、批評したりする物語のことをいう」
「????? ええと……?」
「フリーゲームにはよくあるんだ。この手のコンセプトに基づいた作品が」
沙羅は、まるでぴんと来ていないらしい。
狂太郎は、こめかみをとんとんと叩いて、
「具体的には?」
「RPGの”お約束”にツッコミを入れる内容だったりとか、パロディ満載のバカゲー、――そして、意図的にクソゲーとして作られたゲーム。……そんなんだ」
沙羅の整った顔が、訝しげに歪む。
「わかんないなぁ。……なんでそんなことするわけ?」
「そういうのがウケる文化があるんだよ。少なくとも、ぼくの故郷には」
「ふーん」
今は、それ以上深く語るまい。要するに、この世界の正体に関する心当たりがある、と、そこまで分かれば良い。
「ちなみにその、根拠は?」
「この世界で起こっている”異世界バグ”だが……恐らくこれは、擬似的に再現されたものじゃないかと気づいたんだ」
「どうしてそう思うの? ――フリーゲームって、素人さんが作った作品なんでしょ? だったら、バグがいっぱいあってもおかしくないんじゃ」
「そこだよ」
話ながら、ぼんやりとした言説に確信を持つようになっていく。
「いくら素人が作った作品だとしても……このゲームで起こっていることは、いくらなんでもわざとらしすぎる。それに、――なんで今さら気づいたんだろうってくらい明白な事実なんだが――いくつかのバグは、同時に発生するようなものじゃないんだ」
「と、いうと?」
「例えば、――途中に利用した、椅子を使った移動。それに物理演算が狂った橋なんかは、わりと高度な演算を必要とするゲームでしか起こりえないバグだ。だが、ドジソンに教わった”レベル上げ”など、特定のメモリを参照するようなバグ技は、ファミコンとかゲームボーイ、あるいはそれより前の世代のゲーム機でしか起こりえないバグなんだよ」
「はあ」
「それに、道中で耳にしたセリフのいくつかも、今になって思えば聞き覚えあるものがある。たぶんその辺も、有名なクソゲーのパロディの一種じゃないかな」
「……ふむふむ」
狂太郎の言葉を熱心に聞きながら、沙羅は髪をさらりとかき上げて、
「それで?」
「ん?」
「その……この世界の正体がわかったからって、何が変わるって言うの?」
これ以上、進むことが出来ないという事実に変わりはないじゃない。
そう言いたいらしい。
「わからんか。――つまり『ファイナル・ベルトアース』の作者は、意外にもしっかりした人物であったということだ」
「?」
「この世界は決して、手抜きの産物だとか、そういうものじゃない。この世界の神は、全て意図してこのような世界を作りだした」
「ってことは……」
「まだこのゲームは、終わっていない。あの、『体験版』とかいう文面は、ブラフだ」
「なるほどー」
沙羅はすっかり感心していたようだが、……実を言うと狂太郎自身、この一点に関しては確信を持てていない。
はっきりとコンセプトに基づいた物語作りをしていても、尻切れトンボに終わってしまうということはまま、ある。この世界がそうした一例でないと、何故言えようか。
それでも、狂太郎が一歩踏み出した理由は、――ある種の信頼から、であった。
かつてこの世界を歩いた”救世主”に対しての。
あるいは、異世界を生み出した”造物主”に対しての。
そうでも思わなければ、やりきれない。
この世界で苦しんでいる数多の住人の想いが。
「……ちょっと話が専門的すぎて、俺みたいな人間にゃあ、わかりかねるんだが。狂太郎さん、あんたには次に進む道が見えた、ということかい」
「ああ」
「どこに行くんで?」
「簡単だ。何も変わらない。このゲームはずっと、北を目指すことを目的としてきた」
そして狂太郎は、崖っぷちの向こう側を指さす。
「ふつうに落っこちると思うけど」
先ほど石を投げ込んだりしているので、見えない足場のような類がないことは証明されている。
「そうなったらそうなったで、構わない」
「構わないことないでしょ。死ぬでしょ」
「いや」
狂太郎は、崖の縁から、真下を覗き込む。
一見そこは、宇宙空間らしきものが広がっていた。
「ぼくたち”救世主”は、真空の世界にいても生きていけるスキルがあるんだ。万一、危険な何かが待ち受けていたとしても、沙羅の《無敵》がある。にっちもさっちもいかなくなったら、《ゲート・キー》で元の世界に戻ることもできる。だから問題ない」
言うと、沙羅はちょっとだけ「頼りにしないでほしい」という表情になったが、――やがて、覚悟を固めたのか、
「つまりここからは、私たち二人だけで進むのね」
「そうなるな」
そこで、話を聞いていたらしいドジソンが、重い足取りで現れた。
「……き、君たちに任せきりにするしか、ないのか」
「そうだね。さすがにこの先は、二人を護りながら進むわけにはいかない」
たぶん、これ以上のメンバーは必要なかろう。
だいたいもとより、このゲームは”二人パーティ”が基本だ。
「ぐぬ……」
ドジソンが、顔色を曇らせる。
「不安かい?」
「いや。そういう訳では……」
「嘘つけ」
狂太郎とて、馬鹿ではない。
この男の胸に秘めていた決意くらいは、おおよそ見抜いていた。
言わなくても分かっている。彼が不安に思っている理由は、一つだ。
要するに彼は、万一の時、自分が手を汚すつもりでいたのだろう。
もちろんそれは、考え得る最悪の事態になった時のこと。
ドジソンは既に、親友であり、兄弟のようにすら思っていたレッドナイトを死なせている。自分には、彼の死を無駄にしない義務がある。そんな風に思っているのかもしれない。
「この世界の冒険には、見届け人がいる。きみはそれになってくれ」
ドジソンの顔色は、蒼いままだ。
シルバーラットは、そんな彼の手を掴んで、余計な真似をさせないようにした後、
「……ま、俺の仕事はどっちにしろ、ここまでだからな。期待せずに待ってるよ。あんたらがこの世界を、……より良くしてくれるところを」
「わかった。最善を尽くす」
どうしても、「必ず」とは言い切れない。
こんな世界に来たのは、狂太郎も沙羅も、初めての経験だ。
「そんじゃ、行こうか」
そう言って、沙羅の手を取った。赤髪のサラマンダー娘は、拒否しない。
そして二人の”救世主”は、ほんの一さじの躊躇すら見せず、まるで散歩をするような足取りで、ひょいっと”サイシュウ・チテン”から飛び降りた。
この仕事をしていると、スカイダイビングなどは日常である。
想定した通りの浮遊感と共に、二人は落下。空中飛行の際によく見られる、空を羽ばたくような格好になって、――星空へ向かって潜行していく。
そして狂太郎は、沙羅を胸に抱きしめるような格好になり、
「……さて」
ああは言ったが、――全部自分の思い込みだったりして。
などと言いかけて、すぐさまそれが、完璧な杞憂であったことに気づかされる。
ちか、ちか、と、数度、星空が眩しく輝いて。
「な、な、何、――?」
沙羅が悲鳴を上げる。
何かがわからない。
わからないが、何かが起こっている実感がした。
――やはりトリガーは、……。
そう思った次の瞬間である。
狂太郎たちの意識が、ぐらりと暗転したのは。
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