240話 フリーゲーム

>> たいけんばんは ここまでです。

>> このものがたりの つづきは せいひんばんで おたのしみください。


 ……という石版の前で、数時間。

 待てど暮らせど、何も起こらず。


「これは……いよいよ、本当に……」


 とはいえ、いつまでもその場でぼんやりしている訳にもいかない。

 狂太郎の目的は、《無》を手に入れることだ。

 この世界の正体がなんであれ、《無》が実在するなら、手に入れなければ。


――もし全部デマだったら、ローシュのやつに文句いってやる。


 内心、歯がみしつつ、


「ドジソン。そろそろ……」


 世界の果てでうなだれる、中年男の肩を叩く。


「い、い、いや。私は……もう少し……」


 さすがに、それを拒絶できるほど残酷ではない。


「しかたない。いったん馬車に戻って、テントの準備をしよう」


 それで何か、事態が進展するとは思えないが。

 やむを得ず一行は、しぶしぶながらも”サイシュウ・チテン”に背を向ける。


「それにしても、――結局、《無》ってどこにあるのかな?」


 沙羅が、シルバーラットとドジソンに聞こえないよう、小声で囁く。


「わからん。……一応、ぼくが考えていた展開は、ある。だがどうも、アテが外れたな」

「あ、そうなんだ。――具体的にそれ、どういうやつ?」

「実を言うとね。ぼくは、この手のゲームの正体について、思い当たる節があったんだよ」

「え、そうなんだ?」

「うん」


 そして狂太郎は、想定していた「このゲームのエンディング」について語り始める。


「ずーっと、この世界を進んできて、一つ気づいたことがあった。たぶんだが、この世界の元になったゲーム、『ファイナル・ベルトアース』だが、……恐らく、ゲーム制作会社によって作られたものじゃないと思うんだ」

「……げーむ……せいさく、……かいしゃ?」


 どうにもピンと来ていないらしい。『会社』あたりの用語がうまく翻訳されていないのかもしれない。


「プロの制作ではない、……アマチュア作品ということだ。きみらの用語でいうなら、花魁と夜鷹。あるいは公娼・私娼と言い換えてもいい」

「そこまで歩み寄ってもらわなくても、プロとアマでわかるわ。――なるほど。だから普通の世界より、”異世界バグ”がいっぱいなのね」

「そういうことだ。ぼくの世界では、その手のゲームが流行っていた時期があってね。学生時代が全盛だった。フリーゲーム、……フリゲ。ずいぶんとぼくも、遊んだものだったよ」


 狂太郎の脳裏にはその時、『青鬼』や『ib』、『ゆめにっき』など、かつて遊んだフリゲの想い出が閃光のように瞬いていた。


「正直この、『ファイナル・ベルトアース』は、その手の名作フリーゲームと比べるのもおこがましいレベルの駄作だが、――そういうゲームにおける”あるあるクリシェ”として、ゲームクリア後に、そのゲームの制作者に会える、というネタがあるんだ」

「……ふーん」

「小説における、後書きみたいなものでね。そこでは大抵の場合、キャラクターの裏設定、没アイテムやグラフィックの鑑賞、真エンディングのヒントなどを知ることが出来る。ぼくはその、ゲーム制作者的なやつと交渉して、《無》を手に入れるのだと思い込んでいた」

「なるほど。……北の果てで”神”と会い、そして世界の真理を知る。――この世界の言い伝えとも符合するわねー」

「だろ」


 だが、違った。


「まさか、この世界そのものが体験版とは……まったく、馬鹿にしてる。”造物主”も、なんでそんなゲームの世界を創ったんだ」

「わかんない」


 沙羅は首を傾げて、


「それ言い始めたら、なんでまた、電子ゲームを元にした創世を繰り返しているのかも意味不明だし。たぶん、意味なんて何もないよ」

「そうかな……」


 狂太郎は眉をしかめて、大きくため息を吐く。


「つまり我々の仕事は、ここで振り出しに戻るわけだ」

「困ったなー。本社には、必ず《無》を取得するって約束でこっちにいるのに」

「……今さらだが、なんかそっちで使えるスキルで、この辺の調査に役立つやつはいないのか」

「そんなのいたら、こっちから提案してるよぉ。ローシュだってバカじゃないんだから、まずそっちに声をかけるでしょ」


 それはそうか。

 ……と、その時であった。

 ”サイシュウ・チテン”に座り込んだままでいたドジソンが、突如として、


「わが神、わが神、どうして私を見捨てられたのですか!」


 と、大空の向けて、劇的なセリフを叫んだのは。

 見ていると、今にも星空輝く方角へダイブしてしまいそうだ。

 狂太郎は、そんな彼をいたたまれない気持ちで眺めて、――そして一応、《すばやさ》を起動する。

 加速された時の中。

 もう一度、自分一人で何か、ヒントがないかを模索するためだ。


――考えろ。


 これまでのことを、全て最初から、精査する。


 ”スタート・チテン”で、四人の姫君と出会った時を。

 ラビット城、廃坑のダンジョン、トーブの街に、温泉街を。

 ”チュウカン・チテン”に、そしてあの、忌むべきタムタムの街や、ヴォーパル砦を。

 ”サイシュウ・チテン”へと到着するまでの、長い長い道のりを。


 この世界の異常性に心揺さぶられ、感覚が鈍っている。

 何となく、――違和感はあるのだ。

 いつもなら、もうとっくにその正体に気づいていそうな何か。その違和感を。


――まずこういう時は、一つずつ解決した方がいいか。


 狂太郎は《すばやさ》を解除して、前を進むシルバーラットに声をかける。


「なあ、シルバーラット。――ちなみにこの場所、……”サイシュウ・チテン”というのは、どうやって決まった地名だ? ”不壊のオブジェクト”のように、最初からこの世界にあった名前か……それとも、ラビット城やジャバウォック王国みたいに、あらかじめ決まっていた名前か」

「えっと。――ちょっと待ってくれ」


 そして彼女は、古文書を紐解く。


「ええと……うんと……そうだなー。ちょっとその辺は……よく、わからない、かも。あ、でもたぶん、最初からあった名前かもしれない」

「たぶんじゃ困る。なんでだ?」

「だってこの”サイシュウ・チテン”っていうの、我々の世界の言葉にはない響きなんだもの。ラビット城とか、ヴォーパル砦とか。ジャバウォック王国とかもそうですけど、まるで意味のない言葉なんだ」

「……ほう」


 狂太郎は腕を組み、考え込む。


――そうか。色んな固有名詞に紛れて気づかなかったが……。


 この世界の住人には、”サイシュウ・チテン”という言葉の意味が分からないらしい。

 別にこれは、珍しいことではなかった。

 狂太郎たち”救世主”はみな、《バベル語(上級)》というスキルを与えられる。

 このスキルは、異世界の言語を自動翻訳する能力だ。ただしこの翻訳にはちょっとした欠点、――というか癖があって、固有名詞はそのままの意味で狂太郎の耳に聞こえてしまう。

 今回もそのご多分に漏れず、この世界の住人にとって”サイシュウ・チテン”は、「無意味な言葉の羅列」に聞こえているらしい。


 つまり、今のこの状況。

 仲道狂太郎にしか、気づける人間はいなかった訳で。


――危なかった。騙されるところだった。中途半端な出来のゲームに、”最終地点”なんて名前の土地が出てくるわけないじゃないか。


 狂太郎は慌てて、ドジソンの元へ引き返す。

 その顔色の変化に、シルバーラットと沙羅は目を白黒させて、


「どーしたんだ、狂太郎さん? 引き返したりして……」

「わかったんだ」

「え?」

「この世界は、体験版なんかじゃない。全部、意図的に創られていたんだ。……メタフィクションなんだよ。『ファイナル・ベルトアース』というゲームは」


 早口で叫ぶ狂太郎に、二人の少女は、


「????」


 首を傾げるばかり。

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