239話 この世界の真実
”サイシュウ・チテン”。
綺羅星に囲まれた幻想的な光景の中、狂太郎たちはカンテラ片手に、断崖へ向かう。
崖から下を覗き見たところ、そこにもまた、満天の星空が広がっていた。
あっと息を呑むほど美しい光景だが、――同時に、ひどく不安になる景色でもあった。
なにせこの世界、こうしてみると、本当に頼りない形状をしているのだ。
例えば、――《こうげき》持ちの殺音なんかが本気を出せばこんな世界、ワンパンで粉々に破砕してしまってもおかしくないだろう。
狂太郎たちが進む道は、ちょっと油断すれば滑り落ちてしまいそうな傾斜になっていて、馬車を使うことはできない。
これまで狂太郎たちをずっと導いてきた”あおむし道路”はすでに途切れていて、足元にはただ、岩だなが広がっているだけだ。
進むのは、シルバーラット、狂太郎、ドジソン、沙羅の順番であったという。
一同、その顔つきに緊張の色が見えた。
――普通のRPGのノリなら、ゲームのクライマックスに相当するラスボス戦があって、その後エンディングになる感じだろうか。
だが、この狂った世界でも同じ展開になるとは思えない。
「ね、ね、ねえ。狂太郎くん」
後ろに続くドジソンが、少し呼吸を乱しつつ、声をかけてきた。
「この世界の神様というのは、ど、ど、どういう人、なんだろうね?」
「さあ。たぶん人でなしだろう」
狂太郎は、かつて戦った”世界の神”を自称する敵のことを思い出している。
「私の解釈は、ちょっと違うな。たぶん、ごく普通の人、だと思う。……普通すぎて、世界の管理を持て余してしまったんだ……。それでいま、ちょっと仕事をお休みしてる。そういうことじゃないかな」
「そういうパターンも……あるかもな」
あるいはまるで、やりかけのゲームを放り出すように、この世界のことは忘れ去ってしまったのかもしれない。
――それならまあ、何とかなるかも知れない。
”神の力”とやらが、そう簡単に貸し借りできるようなものであるかは疑問だが、――単にやる気の問題ならば、話し合いで解決できるかもしれない。
もちろん、それで何もかも、期待通りにうまくいくとは思っていない、が。
今さらながら、以前この世界に来た”選ばれしボーイ”が逃げるようにここを去った理由が、わかった気がする。
彼はきっと、関わりたくなかったのだろう。
この、訳の分からない世界の、訳の分からない住人の人生と。
だがそんな彼も、ただ彼らを見捨ててしまうのは気が引けた。
だからこの世界の《ゲート・キー》を、ローシュに譲ったのだ。
後に続く誰かが、自分の代わりに世界を救ってくれると信じて。
――結局、巡り巡って、厄介ごとを押しつけられた形なのかもしれない。
もう、こうなってきたらその、《無》とやらが実在するかどうかも怪しく思えてくる。
何かの狂言の可能性もあった。
「さて。……いかにも荘厳なミュージックが流れてきそうな雰囲気だが……」
狂太郎たちが世界の果てへ辿り着くと、ポケットに突っ込んでいた”ドリームキャッチャー”が、淡い輝きを放つ。
「そういやこれ、どうやって使うんだろ」
とりあえずその、羽根飾りのついた装飾品を摘まむ。
「わ、わ、わからん。前の”ボーイ”は、たった一人で”サイシュウ・チテン”に向かった。目撃者はいない」
「ふむ……」
そしてそのまま、天高く掲げてみた。
”ドリームキャッチャー”の輝きが、より一層強くなる。
「それでいいんじゃない? この手の世界で”使う”って言ったら、頭の上に掲げてみるのが普通からね」
いつの間にか、すぐ隣には沙羅が立っていた。
彼女はその口元に薄い笑みを浮かべていて、――そして、狂太郎の手をぎゅっと握りしめる。手の甲が、ほかほかと温かい。
「言っとくけど、一応、だから。いつでも《無敵》を発動できるように」
「わかってる。ありがとう」
狂太郎たちの眼前には、かつてジャブジャブ温泉で見かけた石版を巨大化したようなものが浮かんでいる。
どうやらそれ、”ドリームキャッチャー”に反応しているらしく、淡い輝きを放っていた。
そして、――ぽっ、と、蒼い光の文字が、石版に灯っていく。切り立った崖上は展望台のようになっていて、そこからなら十分に文字を判別することができた。
とはいえ、この世界の文字を見たところで、狂太郎はおおまかにしかその内容を理解することができないのだが。
四人が見守る前で、文字が、ひとつひとつ表示されていく。
たぶん、英語の変形文字の一種なのだろう。狂太郎は眉をひそめつつ、その内容をおおよそ読み取ってみた。
「ええと……でぃす いず ざ えんど おぶ ざ とらいある……?」
と、一文字一文字、丁寧に文章を読み取っていると、
「これが、――この世界の真理、なのか?」
いち早く文章を読み終えたシルバーラットが、素っ頓狂な声を上げる。
「どうした? なんて書いてある?」
「ええと……」
彼女の翻訳を待つまでもなかった。
以前、ジャブジャブ温泉で石版を見た時と同様に、――例のあの、男の声が聞こえてきたのである。
>> たいけんばんは ここまでです。
>> このものがたりの つづきは せいひんばんで おたのしみください。
それだけだった。
それ以上でも、それ以下でもなかった。
「…………………………………」
「…………………………………」
「…………………………………」
「…………………………………」
気まずい、――実に気まずい、沈黙が流れる。
そして四人はそのまま、進むことも戻ることも許されず……ただ、待ち続けた。
奇跡のような何かが起こることを信じて。
だがやがて、しびれを切らしたシルバーラットが、このように言った。
「まさかとは思うけど。……これだけ?」
聡い彼女は、そのおおよその意味を読み取ったのだろう。
「この世界は、……『たいけんばん』。……体験版。それって」
「み、み、未完成、ということだな」
押し殺したような口調で言ったのは、ドジソン。
これまでずっと、心のどこかでそうかもしれないと思っていたことが確定して、落ち込んでいる。そんな感じだ。
シルバーラットがそこで、がしゃんと音を立てて座り込んだ。
「冗談じゃない! ……これまでみんなの話、半分冗談みたいに思ってたけど……これ、マジかよ……」
ドジソンも、少し癇癪を起こしたように叫んで、
「し、し、信じられん……」
ぶつぶつと口の中で呟く。
狂太郎は、努めて冷静に訊ねた。
「そもそも、ここに来たら神に会えるというのは、どこから来た情報なんだ?」
「常識さ!」
「?」
「”選ばれしボーイ”が、北の果てで”ドリームキャッチャー”を使うことにより”ドリームウォッチャー”と邂逅する! ”ドリームウォッチャー”は、この世界を生み出した者! ……これは”ベルトアース”に住む、あらゆる住人の心に刻まれた情報なんだ。これはつまり、我らがそういう設定で生み出されたことを意味している。――そうだろう?」
その言葉に、シルバーラットも続いた。
「ほら。最初に会った時、俺、狂太郎さんに言ったじゃないか」
――”ドリームキャッチャー”は、遙か北の大地で使われる伝説の遺物。その力を使うことで、大いなる”ドリームウォッチャー”を呼び覚まし、この世界の真実、……そして、宇宙の真理を得られるらしい。
どうやらそれは、この世界において、誰一人疑わない”常識”なのだ、と。
そう言いたいらしい。
だが一点。
その”常識”が、根本からひっくり返る可能性がある。
要するにそれが今、彼らに突きつけられている情報。
この世界が「作りかけである」という事実だった。
なるほど、『ファイナル・ベルトアース』が、”結末のない物語”であるならば、彼らが信じた何もかもが虚構であってもおかしくはない。
「嘘…………」
さすがの沙羅も、言葉を失っている。
それでもなお、二人は手を握り合っていて、
「ねえ、狂太郎くん、――なんとか、ならないのかな?」
「ううむ。そう言われてもな……」
さすがの狂太郎も、打つ手なしに思われた。
このまま、何一つ成し遂げられないまま、一ヶ月もの時間を浪費して、仲間の元へ帰る。
そうする他にない、と。
あくまで、その時までは。
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