238話 善行

>>たびびとR「だんだん かくことも なくなってきたよ。ネタぎれって かんじ?」

>>たびびとS「はなまるうどん くいたい。つめたいうどんに はんじゅくたまごが のってるやつ」

>>たびびとT「このゲーム おくさんの バースディーに ささげます(わらい)」

>>たびびとU「かんせいまで スケベを がまんした やなおかくん こころゆくまで やってきてください」

>>たびびとV「デザイナー きじま ひとし。1960 アイチけん トヨカワし うまれ。26さい。××××なめてぇーよぉ。エッチする おんなのこが ほしい。××ちゃん ××ちゃん、スキ! スキ!」

>>たびびとW「もしも このメッセージを よんだひとは H! みたのは ないしょに してね!」

>>たびびとX「うける」

>>たびびとY「ここまできた あんたに このことばを おくろう。『えらいっ』」

>>たびびとZ「こんな げーむに まじに なっちゃって どうするの」


――もはや、世界観もくそもないな……。


 馬車はごとごとと音を立て、荒れ地を進んでいく。

 この期に及んで、”あおむし道路”は新品同様に整備されていた。

 だがもはや、その辺りにほとんど人気はない。


「それにしても、――凄い光景ね。私こんなの、みたことがないよ」

「ああ。ぼくもだ」


 沙羅の言うとおりだった。馬車から覗き見たところ、――数百メートルほど先に、……まるで後から取って付けたような宇宙が広がっているのだ。


「”ベルトアース”の外にも、宇宙空間が広がっているんだな」


 宇宙を漂う、帯状の星。それがこの、奇妙な世界の正体らしい。


「そんなに珍しいかい? 西と東の端っこにある”果て”は、この世界の住人なら一度は見るものなんだがね」

「ちなみにその、”果て”に落っこちると、どうなる?」

「さあ? 確か、どこぞの命知らずの”自由人”が調査したことがあるらしいが、命綱ごと持って行かれたって話だ」

「……ふーん」


 一行が北に向かうにつれて、東西の土地が徐々に狭まっているのがわかる。

 正直、すでに厭な予感がしていた。

 この感じどうも、ゲームの演出とは違う何かである気がしてきたのだ。

 狂太郎も、――かつてロールプレイングゲームを作った経験があるが故に、感覚的に分かるところがある。


――これは……


 だが彼は、決定的なその一言を口にできずに、押し黙るしかない。

 もう少しでお役目が終わると、上機嫌に鼻歌を歌うシルバーラットの前では。


「シルバーラット。きみは本当に、この先で何が起こるかは知らないんだな?」


 訊ねると、


「……ん。あんたが”ドリームキャッチャー”を使って、それでお仕舞いじゃないのかい?」


 全身鎧を身に纏った娘は、少し肩をすくめて見せた。


「俺の仕事は、あんたを”サイシュウ・チテン”に送り届けること、それだけだ。それ以上は何も聞かされてないんだよ」

「例の、古文書には?」

「特に……何か書かれてる訳じゃないな。あんたを北へ送り届けて、任務完了。みんな万々歳。ハッピーエンド。そんな感じだ」

「ふーむ」


 狂太郎が顔をしかめていると、


「そ、そこで君は、世界の父、――”ドリームウォッチャー”に出会う。『我が腕に来たれ、悦びのボーイ! おお芳晴らしき日よ! 花柳かな! 華麗かな!』といって歓迎されるらしい。歓迎されるというくらいだから、話し合いにも応じてくれるはずだと、お、思うよ」

「以前ここを通ったボーイの時は、どうだったんだ?」

「わからない。誰も、”サイシュウ・チテン”の旅に同行しなかったからね。ただ彼は、さっさと自分の世界にもどってしまって、再びここを訪れることはなかった」

「ふーん……」

「だが、き、き、君は、戻ってきてくれることを、信じてる。――レッドナイトの遺志を、無駄にしないと、信じてる」

「……………」


 それには敢えて答えず、


「ご期待に添えるかどうかは不明だが。こっちには《ゲート・キー》があるからな。この世界との行き来そのものは、自由だ」


 事実だけを言う。

 その時、シルバーラットが緩やかに馬車を止めて、


「みんな。そろそろだぜ」


 と、進行方向を指し示した。

 傾斜の強い坂の向こうに、切り立った崖がある。

 その先には、……空中に浮かんでいる、巨大な石版のようなものも見えた。


「なんだあれ」

「とにかく、行ってみようぜ」


 シルバーラットがそう言った、次の瞬間である。


「ちょっと、そこ行く旅人よ」


 と、見覚えのある老人が、声をかけてきた。

 狂太郎が顔を覗かせると、――


「ああ、あんた、賢者スペード……だっけ。あれ? クローバー? ダイヤ? ハートは女性だったよな、……誰だっけ?」

「スペード」

「ああ、そっか」


 コーラと引き換えに”ドリームキャッチャー”をくれた、その人だ。

 なんだかもう、何年も前の出来事のように思えているが。

 狂太郎はそこでいったん馬車を降り、老人と目線を合わせる。賢者スペードは、どこか慈しむような表情でこちらを見て、


「元気そうじゃの」

「そっちこそ。久しぶりじゃないか。元気してたかい」

「うむ。――ずいぶんと久しぶりのお役目だったから、じっくり観察させてもらっていた」


 いまのセリフ、――”社会人”として定められたセリフではなく、彼本人の言葉のように思える。以前話した時のような、無理して作っている感じのテンションではないのだ。

 狂太郎は首を傾げて、


「何の用事だい」


 すると老人は、疲れた顔つきで笑って、


「知っての通り、わしには一応、姿を消す能力があるからな。だから影ながら、ずっとあんたを見守ってきたのよ」

「……そうだったのか」


 狂太郎は腕を組み、――


「この世界にいる途中、ちょくちょく裏で動いている奴がいる感じがしていたが。ひょっとして、あんたかい」

「半分はな」

「ほう。半分」


 狂太郎は一瞬、ドジソンを見る。

 彼ならその程度の陰謀に加担しかねない、そう思っていたためだ。

 だが、その答えは想定と違っていて、


「もう半分は、――恐らく、この世界に存在する分裂する生命。――あんたが助けた、四人の姫君も含めた、全ての者だよ」

「四人って、……あの、”けむんちゅ”とか?」

「ああ」


 老人は、悟りを得た賢者のように微笑んで、


「あんたらをタムタムの街へ向かわせたり、……ドジソンと出会わせたり。そしてあの、可哀想な”ハンプティ・ダンプティ”を見せるよう誘導したり、の」

「へえ、マジか」


 別に、怒りは湧いてこない。

 彼女たちのような弱い立場の人間にできる、唯一のことがある。――自身のおかれている惨状を知らせて、有力者の保護を得ることだ。

 彼らは、弱者なりに策を尽くしたにすぎない。


「うまく、ぼくたちを利用したってことか。あんたらは」

「……ああ。我々には、そうする他になかったからの」


 しかもここにきて、誠実にも全てを告白している。

 黙っていても、こちらがすべきことは変わらないだろうに。


 狂太郎は、鼻の頭を少し掻いて、


「他に何か、言っておきたいことは?」

「特にない。……ただ、あんたをずっと見守ってきて、わかることがある。我々は、――あの、道中に出くわす山賊も含めた我々は皆、あんたのことを……好ましく思っている、と」

「止めてくれ」


 狂太郎は一瞬、心底から苦い顔をして、視線を逸らした。


「ぼくが個人的な趣味でしたことだ」


 実際、彼は何か、善行を働いたつもりはない。

 ただあくまで、自分にとってそうするのが最良だから、そうしただけにすぎない。


 狂太郎だけではない、――”救世主”と呼ばれる者たちがみな、感覚的に理解していることがある。

 善意はやがて、品切れが訪れる。見返りを求めたくなる瞬間が訪れる。

 だから彼らは、”善行”のつもりで仕事はしない。


 しかし老人は、ゆっくりと首を横に振り、


「だが、それでも。――皆を代表して、感謝を言いたいのだ」


 狂太郎の手をとり、ぎゅっと握りしめるのであった。


「この先で待ち受けていることがなんなのか、我々には分からん。ひょっとすると、あんたの手に余る何かが起こるやもしれぬ。だが、あんたにならきっと、我々の未来を任せられる、と……」

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