237話 北の果てへの道程

 北の果てへの道中に関して、語るべきことはさほどない。


>>たびびとA「どうもこんにちは。 このさきには ”サイシュウ・チテン”と よばれるばしょが ある」

>>たびびとB「そこで ドリームキャッチャーを つかうのが きみの しめいだ」

>>たびびとC「”サイシュウ・チテン”で なにが ボーイたちを まちうけているか……。 これいじょうは なにも いえない!」

>>ドラゴン(※20)「おっときさまら そこまでだ! くいものを おいていけ!」

>>たびびとD「エラー:文章を入力して下さい」

>>ドラゴン「おっときさまら そこまでだ! くいものを おいていけ!」

>>ドラゴン「おっときさまら そこまでだ! くいものを おいていけ!」

>>たびびとE「このへん ドラゴンが うようよしてるけど。 ……ふつうに たびしてる われわれって なにものなんだ?」

>>ドラゴン「おっときさまら そこまでだ! くいものを おいていけ!」


 この調子で、三日。

 これまで”ベルトアース”を旅してきたが、今回が最も長旅となったという。

 移動に椅子は使えなかった。というのも、最後の旅は「馬車を使う」ことが選ばれしボーイの定めであるためだ。規定の手順を踏まなければ、透明の壁に阻まれて先へと進めなくなるのは、以前も触れたとおり。

 狂太郎たちは、シルバーラットが御する馬車の後ろに揺られながら、スマホを弄ったり(※21)、四人の姫君が差し入れてくれたトランプで遊んだりして時間を潰していたという。


 退屈ではあったが、――快適な旅だった。

 というのも、王国に与えられた馬車と食料が、どれを取っても最高級品であったためだ。

 それら物資の中に隠されるように、手紙が数枚、見つかっている。翻訳したところそれは、”選ばれしボーイ”に対する希望と応援のメッセージであった。


 結局、この世界の”社会人”たちも、”ベルトアース”の狂ったルールにはほとほと困り果てていたのだろう。


「……すごいな。苦情ばかりだ」


 どうやら、狂太郎たちが遭遇していないバグも、山ほどあるらしい。


「この世界の不調に関しては、書面にまとめてある。読むかい?」

「ああ。助かる」


 そうして手渡されたのは、

 ”アイテム増殖バグ”

 ”アイテム変化バグ”

 ”8回逃げると攻撃が必ず会心の一撃になる”

 ”敵消滅バグ”

 などなど、各種バグが記された巻物であった。


 狂太郎は、それらをざっと読み上げて。


「……見たところ、ちょっと便利そうな技もあるけど」

「す、全て、不要だ。――もし”神”に出会うことがあったら、必ずそう言って欲しい」

「ふーん……」


 狂太郎は、馬車の柔らかいクッションに寝転びながら、鼻を鳴らす。


――”ドリームキャッチャー”は、遙か北の大地で使われる、伝説の遺物。その力を使うことで、大いなる”ドリームウォッチャー”を呼び覚まし、この世界の真実、……そして、宇宙の真理を得られるらしい。

――一説には、”不壊の街”や、”崩壊病”、時として”社会人”たちを襲う、奇妙な現象。……それらの原因を知ることができるという。


 この世界がただ、まともになること。


 それが、かつてシルバーラットが語った、人々の願いだ。

 無論、その逆を願う人々もいるだろうが、――


――あんたのした行為は、全て”善”だ。この俺が保障する。


 レッドナイトが、最期を迎える前に言っていた言葉が蘇る。

 この数週間、ずっと脳裏に浮かんでは消えている、その言葉を。


 ことここに至ってはもう、それだけが狂太郎の心の支えになりつつあった。


 その言葉に甘えてはいけないことくらい、わかっていたのだが。



>>たびびとF「よくもまあ ここまできたもんだな。かわったやつだ」

>>たびびとG「ここまで くれば ”サイシュウ・チテン”まで はんぶんだ。がんばれよ」

>>たびびとH「まあ こっから モンスターが じごくみたいに でてくるけど(わらい)」

>>たびびとI「あと ドラゴンを ごひゃくひきくらい たおせば つぎにすすめるぞ。がんばれ!」

>>たびびとJ「がんばれ! がんばれ! がんばれ! がんばれ!」

>>たびびとK「がんばれ! がんばれ! がんばれ! がんばれ! ……てぬきじゃないよ(わらい)」


 ドジソンには、感謝しておかなくてはならない。

 彼の”ウル技”によって繧?≧縺励cスキルのレベルをカンストさせていなければ、数分間隔で襲い来るドラゴンの対処で心が折れていただろう。


 「ばか」とか。

 「あほ」とか。

 「なんか臭くね?」とか。

 ちょっと悪口を言っただけで、巨大な魔物がすごすごと引き下がっていく様は実にシュールだったが、お陰で血を見ずに済んでいる。


 ドジソンと狂太郎の関係は、――ちょっとした裏切りを経験したにもかかわらず、極めて良好であったらしい。

 彼は基本的に善人であったし、気遣いの人でもあった。


「た、た、他人のために行うことにこそ、価値があるんだ。それだけが人生の重要な秘訣のひとつなんだよ」


 というのが、彼の持論だ。


 彼が”神”へと望むものは、――単純である。

 この世界における、あらゆる異常性を消失させること。

 それだけだ。


 度を過ぎた願いは要らない。

 普通が良い。普通で良い。

 バグのない世界。な世界。それ以上は望まない。


 仲道狂太郎はその考えが気に入って、彼の同行を許している。



「一つ、疑問があるんだが」

「なにかね」

「きみは以前、この世界を通りがかった異世界人、――”選ばれしボーイ”と親しかったと言っていたな」

「うん」


 かつて狂太郎が、ローシュに聞かされた情報を思い出す。


――《無》に関する情報をくれた”救世主”は、かつて《みりょく》スキルの担当であった者である。


 と。


「そいつ、どんなやつだったんだい」

「き、”救世主”同士なんだろ。知り合いだと思ったんだが」

「彼とは面識がない。殉職したんだ。いま彼のスキルだったものは、別の者の手に渡ってる」

「……そ、そうか」


 するとドジソンは、しばし黙祷を捧げた後、


「だが、私はきっと、いずれそうなるだろうと思っていた」

「?」

「あのボーイは、――言ってはなんだが、善人ではなかったように、思う」

「ん。そうなのかい」

「うん。私が見たところ彼は、自我にしか興味がなかった」

「ふーん」

「と、といっても彼なりに、ある種の道義心は持ち合わせていたようだが、――ううむ。すこし、言語化するのが難しい、な。彼に関しては。決して悪人だという訳ではないのだが、……少なくとも、善人ではなかった」


 なんとなく、わからなくもない。その感じ。


「か、か、彼はたぶん、困っている人を、見捨てるようなやつじゃなかった。でも、……ほんの10%、いや、1%でも自分にリスクがある場合は、……手を、差し伸べないだろう」

「ふむ」

「彼はきっと、仕事帰りで疲れていたり、楽しみにしている劇を観に行く途中だったり……。その程度の理由で、目の前で倒れた老人を見捨ててしまうだろう。そういうタイプの人、だった」


 つまり、こういうことだ。

 かつて《みりょく》スキルを与えられた”救世主”は、あくまで「普通の人」だった、と。


 別に、異常なことではない。それが悪いこととも思えない。

 だが、そういうタイプの”救世主”が派遣された世界は、――きっと、たまったものではないだろう。


「だ、だ、だから私は……彼とは”仲間”、だったが……”友だち”にはなれなかったんだよ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※20)

 なんかこのドラゴン、普通にしゃべったらしい。たぶんバグってる。


(※21)

 私に送ってきたメールは、恐らくこの時期に送られたものだと思われる。


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