235話 死の結末

「……なんだと。レッドナイトが死ぬ?」


 思わず、顔をしかめる。


「そ、そ、そうだ。このイベントのあと、レッドナイトは王国に捕縛され、処刑される。その際、選ばれしボーイは、彼を助ける選択肢を選ぶこともできるが、――知ってるだろう? この世界は、残酷だ。君がどのような選択をしようと、結末は変わらない。結局彼は、死ぬ」

「しかしあんた、レベル上げを手伝ったのは、彼を殺さずに済むからだって……」

「『で殺さずに済む』と、言ったんだ。――もし、砦での決闘で彼を殺してしまった場合、このゲーム最大の”崩壊病”が発動して、……君はその場で進行不可能になっていた。。それがレッドナイト役に課せられた使命なのだよ」

「…………」


 しばらく言葉を失った後、やがて狂太郎は、こう言った。


「そのこと、――レッドナイトは、もちろん……」

「知ってるに決まってるだろ」


 立ちあがった紅い騎士は、嘆息混じりにそう応えた。


「だから俺みたいのでも、この役割をやれたってことだ。いくら”社会人”でも、確実に死ぬ羽目になる役割は、受けたくない」


 狂太郎は顔をしかめて、ドジソンを睨め付ける。


「……黙っていたのは、フェアじゃないな」

「わ、わ、わかってる。だが君たちはきっと、事実を知ったら引き返していただろう」

「そりゃあ……」

「それだと、ダメなんだ!」


 ドジソンは、突如癇癪を起こしたように、声を張り上げた。


「きみたちはきっと、来た道を引き返して、自分の世界に戻って……そして、この世界での出来事をきっと、丸ごと忘れてしまうだろう。記憶の箱の、奥の底。隅っこの方に片付けて、二度と思い出さないに違いない。か、かつて、この世界を歩いたアイツみたいにね。それだと、永遠にこの世界は狂ったままだ」

「だからといって、彼を犠牲にしていい理由にはならんだろう」


 なんだか無性に腹が立ってくる。

 ドジソンにペテンにかけられたこと、ではない。

 その程度のことも見抜けずに、手のひらの上で踊らされている自分に、だ。

 そして最早、――引き返すには遅すぎる。


「……いまからでも、レッドナイトを救う方法は」

「ない。そうするには残念ながら……条件が整いすぎているのだ」

「どういうことだ」

「以前君は、密書を運ぶ三人の男女を助けただろう。彼らが仕事をしたお陰で、ヴォーパル砦に騎士団が向かうフラグが立っている。そろそろこの辺りを通りがかって、彼を捕縛するだろう」


 なんということだろう。

 善意の行動が、こういう結果を生むとは。


「それなら、いますぐ逃がしてやれば……」


 そこでレッドナイトが、狂太郎の肩を叩いた。その顔には、『覚悟』の二文字が浮かんでいる。


「それをするには、俺が生きるために努力する必要がある、だろ? でも、俺には


 狂太郎は押し黙る。特攻志願兵と接するような気持ちだった。


「しかし……ううむ……くそっ」


 言いながら、自分でもわかっている。全て、気分の問題だ。

 これまでだって狂太郎は、数多くのものを犠牲にしてきた。異世界の救世は、きれい事だけで成し遂げられる仕事ではない。殺しに手を染めたことも、一度や二度ではなかった。だが狂太郎は、その全てを納得した上で行ってきた。


 しかし今回の場合、――明らかにこれまでと意味合いが異なる。

 これまでは、仕事の一環で異世界に来ていた。

 だが、今度の場合は、そうではない。

 これは狂太郎にとって、非常に大きな差異であるように思えている。


「あんただってあの、――ハンプティ・ダンプティと名付けられた男は観ただろう。……ああいうことが起こる世界は、存在するべきじゃないんだよ」

「……………」

「そんな、険しい顔をしないでくれ。あんたのした行為は、全て”善”だ。この俺が保障する」


 そういう問題ではない。

 これで狂太郎は、意地でもこの世界の革命に関わらずにはいられなくなってしまった。

 進歩は大多数の幸福を生むかもしれないが、時代に取り残されていった人々の犠牲を強いることになる。

 狂太郎にとってそれは、本意ではない。


 とはいえもちろん、――あの、”リスポーントラップ”を見てしまった以上、半端なところで引き返すつもりはなかったが。


 その時だ。


「おまたせー♪」


 という脳天気な台詞とともに、椅子にまたがった沙羅とシルバーラットが到着する。

 これから、――二人に事情を説明するのが、ひどく億劫だった。



【エンディング攻略チャート】

●”あおむし道路”を北へ向かうと、道中、ジャバウォック王国騎士団と出くわす。

 この際、レッドナイトを引き渡すかどうかの選択を迫られる。


⇒レッドナイトを引き渡す場合

 騎士団に歓待され、王国内を案内されることに。

 その後、レッドナイトは市中引き回しの末、車裂きの刑に処される。

 そんな彼をみんなで鑑賞しつつ、王族を招いた夕食会に参加することになる。

※その際、”神の声”=ナレーションに、

 「良い趣味してるな。腐れ外道(笑)」

 「人殺しで食う飯はうまいか?」

 などと、たっぷり嫌味を言われる。


⇒レッドナイトを引き渡さない場合

 ジャバウォック王国の法に背いたとして、この先の関所が通行不可になる。

 その後、一週間ほど足止めを喰らうことに。

 なお、レッドナイトは「情け無用」とのことで、その場で服毒自殺をする。

※その際、”神の声”=ナレーションに、

 「おまえのしたこと、偽善って言うんだよ(笑)」

 「人殺しは法で裁かれるべきなのだ」

 などと、たっぷり嫌味を言われる。


●いずれにせよ選ばれしボーイはイベント後、北の果てへ向かうことに。

 あとは”サイシュウ・チテン”にて”ドリームキャッチャー”を使えば、そのままゲーム終了となる。



「……ふーん。そっか」


 そう、沙羅が短く答える。


「それじゃ、――しゃーないね。彼には犠牲になってもらおっか」


 実に彼女らしい、というか。

 渋い顔のままの狂太郎に、


「諦めな。誰かの犠牲の上に善いモノが生まれることもある。そーでしょ」

「しかし」

「小説の主人公だからって、良い子ちゃんに拘ってちゃダメよ」

「……いや、流石にそういうつもりはないのだが」


 嘆息していると、ドジソンの予告通り、視線の先に騎士団一行が現れる。

 彼らは、こちらに気づくやいなや駆け足になって、


「やややっ。あなた様は……なんたる偶然!」


 と、声をかけてきた。服を着替えているため一瞬気づかなかったが、どうやら騎士団を先導していたのは、以前”不壊のオブジェクト”の橋の前で死にかけていた三人らしい。

 三人は、ちょうど沙羅から手渡されたばかりの”ドリームキャッチャー”を見て、


「おお! まさかまさか、あなたが選ばれしボーイだとは!」

「ああ……まあな」

「そして、そこにいるのは、――おったまげた! 大罪人、レッドナイトではないか!」

「……そうだな」


 社会人たちのこの、”役に入っている”感じ。慣れない。


 その時であった。

 その場に、お馴染みナレーションが響き渡る。


>> さて えらばれしボーイ。

>> レッドナイトを かれらに ひきわたすか どうか えらんでほしい。


 その言葉に続くように、使者の一人が、こう訊ねた。


「それではさっそく、レッドナイトを引き渡していただけますか?」

「…………」

「それではさっそく、レッドナイトを引き渡していただけますか?」

「…………」

「それではさっそく、レッドナイトを引き渡していただけますか?」

「…………むむ」

「それではさっそく、レッドナイトを引き渡していただけますか?」

「…………むむむむむむ……」


 狂太郎は、渋い表情で押し黙り、レッドナイトに振り向く。

 彼はただ、肩をすくめるだけだ。

 まるで、他人事みたいに。


 狂太郎は眉間を揉んで、


――せめて苦しまないのは、……後者か。


 結局、こう応えた。


「……断る」


 その後の流れは、あまり覚えていない。


 騎士団の面々が、なんだか真顔のまま、それぞれ抜刀したこと。

 レッドナイトが、ポケットから小瓶を取り出したこと。

 そのまま、それを口に含んだこと。


 ばたり、と、赤き鎧の騎士が、その場で倒れたこと。

 たぶん死ぬ直前、「助かる。痛いのは苦手だから。ありがとな」みたいに言われたこと。


 騎士団が、何ごとかこちらに文句を言った後、引き返していったこと。


 すべて、記憶がぼんやりしているという。


>> レッドナイトは そうぜつな しを とげた。

>> しかも ボーイの めいせいは ちに おち

>> おうこくの でいりは いっしょう ゆるされない だろう。

>> ちなみに おうこくには げーむちゅう さいきょうの ぶきと ぼうぐが うっていたぞ。

>> おろかな!

>> ボーイは まちがった せんたくを したのだ!


 仲道狂太郎は、自分でもげっそりするほどに無力であった。

 ただそれだけは、はっきりと覚えている。

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