234話 レッドナイトとの決闘
「ボーイ。俺の顔に見覚えがあるかい。ふふふ。そうだろうな!」
8のダメージ。
「わからないか? ……そう。俺の正体は、ハートの病弱な弟だっ!」
8のダメージ。
「……なんだその、『へー。そうだったんだ』って感じの顔は! まさかお前、薬をダイヤにやったのか!? ……どおりで……。この、とんでもないやつめ!」
8のダメージ。
「そんなお前に、教えてやろう! 実はあの薬は……――俺にやろうが、ダイヤにくれてやろうが、どちらにせよみんな死ぬ運命だったのさ!」
7のダメージ。
「あんたはこれまで、幾度か”神”を自称する何者かに、選択を強いられることがあっただろう。だが、全ては無駄だったんだ! あんたが何を選ぼうと、……必ず、ふざけた結末になるようにな! この世界は、そういう定めなんだ!」
7のダメージ。
「俺はドジソンに助けられ、病を癒やす薬を与えられ、救われた! だからこの年まで生きられた! 全てはここで、――レッドナイトとして、あんたを見定めるために!」
6のダメージ。
「ボーイ。あんたにわかるか。……この、狂った世界に生まれ落ちた、哀しさを。苦痛を」
6のダメージ。
「この世界の連中は、二種類の人間しかいない。狂った世界のルールを悪用する外道か、そんな世界を受け入れる殉教者か」
5のダメージ。
「あんたもここに来るまで、そういう連中を山ほど観てきたはずだ」
5のダメージ。
「それもそのはずさ。俺たちはみんな、産まれながらに知っている。俺たちの世界は……神の悪ふざけの産物だって! この世界で起こっているあらゆる悲劇は、……ぜんぶぜんぶ、なんの意味もないってことをな!」
5のダメージ。
「……冗談じゃない! ”神”とやらは、なぜそんな真似をしやがるッ? なんの権利があってそんな、……残酷な真似ができる!?」
4のダメージ。
「愛してくれないならば! 道ばたに放り捨ててしまうなら! なぜ俺たちを産んだ! 憎むより、無関心を貫かれる方が……よっぽど残酷だッ! 俺たちはみんな、進むことも、戻ることもできないんだからなッ」
4のダメージ。
「こんな風に、不完全なまま放置するくらいなら……!」
4のダメージ。
「いっそ、何もかも全て、
4のダメージ。
「わかるか、ボーイ。俺も、ドジソンと同じ気持ちなんだ。……世界をまともにする。そのためなら、命を投げ出したっていい」
3のダメージ。
「あんたが北の果てで待ち受けている試練はきっと……俺の想像もつかないものだろう。だから……」
2のダメージ。
「あんたには、半端な覚悟でいられたら、困るんだよ……!」
1のダメージ。
そうしてようやく、レッドナイトは黙り込む。
そこで狂太郎は、彼の膝に両足を乗せ、組み体操のような格好でしがみついた。
少々格好悪いが、こうでもしないと、彼と話し合いができなかったためだ。
「もう、――十分話したか?」
宙空を平行移動しながら、狂太郎はそう訊ねる。
「ああ」
レッドナイトは、素直に頷いた。
いつの間にか、――彼の持っている”ひのきのぼう”が、ぼろぼろに破損している。というのも、先ほどから狂太郎は、レッドナイト本人ではなく、彼が持つ武器に対して攻撃を加えていたのだ。
鉄は、木よりも堅い。
この世界は、根っこのところから完全に狂ってしまっているが、そういう基本的なところは、我々の世界と変わらない。
狂太郎の装備していた安物のショートソードは、ほとんど鉄の棒と変わらない切れ味であったが、――最終的には、予定通りの結果となった。
「………………いや。まだだ」
レッドナイト、――ハートの弟を自称する男が、そういう。
「まだ、終わらない!」
「何を……?」
狂太郎は眉を段違いにする。
バグ技というのは、便利なようでいて条件が繊細なことも多い。”ひとしこのみの術”は強力だが、特定の順番、特定の装備を強要されてしまう。
そのため彼は、予備に使うアイテムすら持てていないはずだった。
――これ以上、奥の手はない。
ならば、彼のやりたいことは、一つ。
最後の一撃で、――覚悟を示せ、ということだろう。
「さあ、……来いッ!」
同時に、レッドナイトが狂太郎の身体を押しのける、――すかさず、棒きれと化した”ひのきのぼう”を振るった。攻撃は必中。因果がねじ曲がる。狂太郎の身体が、ヨーヨー遊びのように引き寄せられる。
同時に、狂太郎は叫んだ。
「――《閃光刃》!」
《必殺剣Ⅰ》。
ただし、あくまで狙いは、――
「…………くッ!」
二つの武器が交差した、その瞬間。
ほとんど使い物にならなくなった”ひのきのぼう”が半ばほどから折れ、くるくると回転して地面へと落下していった。
同時に、レッドナイトの直立姿勢が崩れる。
”スーパースライド”の構えが解かれたのだ。
すると二人の身体が、突如重力の存在を思い出したかのように落下。
狂太郎は、慌てず騒がず《すばやさ》を起動し、これまでさんざん山賊たちの捕縛に使ったロープを投げ縄の形に結んで、……適当な木枝に投げた。
あとは慎重に、重力と反対に力を込めて、落下エネルギーを打ち消すだけ。
かつて殺音と空中戦を繰り広げて以降、訓練に訓練を重ねた技術の一つだ。
「……ふう」
彼の空いた手は、――もちろん、レッドナイトを掴んでいた。
ぶらんと二人、ロープにぶら下がって。
「降参、してくれるか」
訊ねる。
そこでようやく、
「……わかった。俺の、負けだ」
>> レッドナイトを たおした!
というアナウンス。
ホッと安堵する。
これでひとまず、課題はクリア、だ。
▼
終わってみれば、スポーツの試合のように清々しい。そんな決闘だった。
お互い、――根っこのところに殺意がなかったから、そう思えるのかもしれない。
青い煉瓦道の真ん中に、大の字になったレッドナイトがいる。
「あー……くそー」
見上げると、遙か道の先に、沙羅とシルバーラットが見えた。
椅子に遠目にもその手には、懐かしいコートが握られている。
――取り返したか。
そう思っていると、
「や、や、やあ。やったじゃないか。狂太郎くん」
傍らに、いつの間にかドジソンが立っていた。
「……なんだ。もう来たのか」
一応、ここで彼と合流するのは予定通りではある。
「うん。――じ、じ、事前に、彼から作戦を聞いていたからね。この辺に落ちてくるんじゃないかと思ってたんだ」
――だったら、教えてくれても良かったのに。
そう思ったが、敢えて口には出さない。
――試されている。
それが、わかっていたためだ。気持ちはわかる。自分たちの世界の命運を、この程度のイレギュラーにも対応出来ない人間に任せるわけにはいかないから。
「なあ、レッドナイト。どうだった? 我らが”
「んー。……そうだな。あんたが推すだけはあるよ。大した奴だ」
「そうか。きみも、そう言ってくれるか」
そしてドジソンは、倒れているレッドナイトに手を差し伸べて、立ちあがらせた。
彼は、その頭をぽんぽんと撫でてやって、「よくやったね」と、我が子のように抱きしめる。ごつい鎧を身に纏った青年は、抵抗せずにそれを受け入れた。
どうやらこの二人、狂太郎が思っていたよりもよっぽど親しい仲らしい。
「ドジソン、ひとついいかい」
「なんだい」
「この後に起こる、イベントのことなのだが」
実を言うと狂太郎は、その話をまだ聞かされていない。
先ほど話した時は、「順番に片付けた方が良い」とはぐらかされてしまったのだ。
「……じ、実を言うとね。君たちがこの後、”サイシュウ・チテン”に到達するまでに見なければならないイベントは……たった一つだけ、なんだ」
「え」
――そうなの?
今後の道程が意外なほどに短くて、狂太郎は少し、拍子抜けする。
ジャバウォック王国はただ通り過ぎるだけだという情報は聞いていたが、――それでも、この世界のことだ。なんだかんだで足止めを喰らう気がしていたのだ。
「うん。……だがその前に、……こ、こ、この事実を黙っていたことを、謝らせてもらう」
「謝る? どういうことだ?」
厭な予感がして、眉間に皺を寄せる。
あるいはこの、一見お人好しに見える男に、一杯食わされたかもしれない。
そんな気がしていて。
「次に君たちが観るのは、――レッドナイトの死に纏わるイベント、なんだよ」
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