233話 スーパースライド

 ぴりぴりと、肌を刺すような緊張が二人の間に流れている。

 そのまま両者、見合ったままで十数秒。


「おーい。観てて退屈だぞー。なんかしろー」


 沙羅の野次を聞き流しつつ。


 狂太郎は、つっ……と、切っ先を泳がせた。

 すると、レッドナイトも剣を降ろして、


「剣の腕そのものは素人に毛が生えたようなものなのに、その威力。――赤ん坊に刃物だな」


 ”カウンター技”の構えを、解いているように見える。

 だが、見せかけの可能性もあった。

 レッドナイトの”カウンター技”が発動しているかどうかは、ほとんど本人にしか見分けられないレベルのものだ。迂闊に手を出すわけにはいかない。


 やるなら、――やはり、敵が攻撃を繰り出した、その瞬間。

 ナレーションが、


>>レッドナイトの こうげき!


 と、宣言するのを待ってからだ。

 その時ばかりはこの男も、無防備な姿をさらさずにはいられない。

 そこに《必殺剣Ⅰ》を叩き込む。

 これが狂太郎の、もっとも単純にして堅実な勝ち筋であった。


 小さく、長い嘆息を吐いて。


「正直に、言ってもいいかい」

「ん」

「ぼくはもう、うんざりしているんだ。どっちが強いとか、弱いとか、そういうしょうもないことを競うような真似は」

「……………」

「もう、辞めにしないか。……わかってるだろ。こちらはもう、”カウンター技”に引っかかりはしない。――きみはもう、勝つことはないんだ。今すぐ降参しろ」


 論理的に、この勝負の決着を目指す。

 とはいえ、


「言葉ひとつで降参するような男は、――武人とは呼ばないな」


 その返答は冷たい。


「そうなると、――きみの仲間はみんな、武人ではないということになるが」

「やつらは、俺とは全く関係がない。大した覚悟もなく集まってきた”社会人”に過ぎない」

「ふむ。……きみは、連中とは違う、と?」

「そうだ」


 これは実際、異世界人には良くあることである。

 理屈よりも、自分の命よりも、――己の信念を優先すること。

 だらだらと生きる行為を疎み、華々しく散って歴史に名を残すことが美徳とされた時代があった。レッドナイトもどうやら、そういう考えの一人、らしい。


「なら、どうする。ここで一生、にらみ合っているかい」

「そりゃゴメンだな。やるなら俺だって、さっさと決着を付けたい。――そこで、俺に一つ、提案がある」

「――?」


 狂太郎がくっきりと眉間に皺を寄せる。

 なんだか、嫌な予感がしていた。


「俺はいまから、奥の手を繰り出す。あんたがそれを、見事切り抜けることができたら、……素直に負けを認めよう」

「ほう」


 こちらが対策を練っていたのと同様に、レッドナイトもまた、狂太郎を始末する作戦を考えていた訳だ。


――わざわざ、敵の土俵で戦う必要はない。


 とも思ったが、そうでもしなければこの男、永遠に屈服してくれない気もする。

 この男を殺さず終わらせるには、その他に選択肢はない。あんまり長引いて、おしっこ行きたくなったりしても困るし。


 やがて狂太郎は、真顔で頷く。


「良いだろう。男と男の約束だ」


 レッドナイトのような男はなんとなく、そういう言葉に弱い気がした。

 彼は思惑通り、完爾と笑って、


「よし。……では、いくぞ」


 と、くぐもった声で呟く。

 その後、レッドナイトが高らかに叫んだ台詞は、以下のようなもの。


「まず! 目の前に爆弾を配置ッ!

 そして! 防御姿勢を取ったまま前転ローリング回避ッ!

 そのまま! わざと爆発に巻き込まれるッ!」


 叫びつつ彼は、台詞同様の奇怪な動作を行っている。

 まず、こぶし大の爆弾を投擲。

 すかさずレッドナイトは、そちらに身を投じて見せた。


 耳を打つ強烈な破裂音が、ヴォーパル砦屋上に響き渡った。


「何してるッ? 頭大丈夫かお前……ッ!?」


 読んで字の通りの自爆行為を目の当たりにした狂太郎は、その次の瞬間、信じられないものを目の当たりにする。


「するとッ! その爆発エネルギーを利用することにより――――――――――――――トナルッ!」


 レッドナイトの身体が、地面と平行に滑走していくのだ。

 完全に物理法則に反した動作であった。レッドナイトの身体は、ちょうど無重力空間を浮遊するように、明後日の方角へ飛んで行ってしまったのである。その速度たるやすさまじく、時速2、30キロほどだろうか。鎧男の姿はほとんど一瞬にして砦の屋上を飛び越えて、遙か彼方へと向かっていく。


「これは……ッ」


 狂った物理演算を利用した、ある種の移動術。

 椅子を使った移動法と、同種の現象(※19)だ。


 ただ、この瞬間まで狂太郎は、レッドナイトが使うこの技の、真の恐ろしさに気づいていない。

 真っ先に注意を促したのは、――相棒の、沙羅であった。


「……狂太郎くん! 攻撃に備えて! 武器を手放さないで!」

「ん?」


 その、次の瞬間である。

 狂太郎の身体が、レッドナイトのいる方角へ引きつけられていることに気づいたのは。

 それはまるで、磁石同士が引き合うような……目に見えぬ違和感であった。

 狂太郎の脳裏に、かつてのドジソンの台詞が蘇っている。


――攻撃は絶対に必中。適当に振ったとしても、因果が捻れて絶対に当たる。


 必中。因果が捻れる。

 一応、警戒はしていたつもりだった。

 だが、このような事態は想定外であったのだ。


「う、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お…………ッ!」


 瞬間、狂太郎は宙空を異常な速度で引っ張られながら、ぐんぐんレッドナイトへと接近していく。


「歯ァ、食いしばれ! 選ばれしボーイ!」


 赤鎧の騎士はそう叫びつつ、”ひのきのぼう”を振り下ろした。


>>レッドナイトの こうげき!


>>かいしんの いちげき!


 沙羅の警告のお陰で助かった。狂太郎は敵の攻撃を、辛うじて受け止めることができたのである。


>>ボーイに 8の ダメージ!


 握りしめていたショートソードに衝撃が走る。ダメージは最小限度だ。


「――ッ!」


 同時に、重力に引かれて大地に叩き付けられる……かと思うと、再び”ひのきのぼう”に引き寄せられて、一撃。

 自由落下。”ひのきのぼう”に引き寄せられて、一撃。

 自由落下。”ひのきのぼう”に引き寄せられて、一撃。

 自由落下。”ひのきのぼう”に引き寄せられて、一撃。


 片や、直立姿勢で地面と平行に空中浮遊するレッドナイト。

 片や、そんなレッドナイトの思うまま、その身を振り回される狂太郎。


 異常な光景だった。人間の直感に反する光景であった。


「ぐ」「が」「ぎ」「げ」


 何か、台詞めいた言葉を吐いている余裕は、ない。

 狂太郎はただひたすらに、レッドナイトの攻撃を受け続けるしかなかったのである。


――反撃しなくては。


 そう思いつつも、現状維持が精一杯だ。とはいえ、これでも十分、よくやっている方だとも言える。戦闘訓練を受けたわけでもないただのおっさんが、よくここまで、若い力に対抗できたものだ。

 まるで、巨人に首根っこを掴まれて、ぶんぶんと振り回されているかのような感じだった。


 ただ一点、”ひのきのぼう”の振り方がワンパターンなのには救われている。

 レッドナイトの攻撃は常に、大上段から打ち下ろす一撃。その他にはなかった。

 どうも、レッドナイトはこの状態を維持するために、現在の体勢のままでいる必要があるらしい。故に、狂太郎にとって攻撃のタイミングを読むことは容易かった。


「『降参しろ』は、――こっちの台詞になったな! ボーイ!」


 奇怪なポーズのまま、不敵に叫ぶレッドナイト。


 このまま、狂太郎の体力が途切れるか。

 はたまた、レッドナイトの技を破るか。


 道理の壊れた異世界で、二人の男が空中戦を繰り広げている。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※19)

 のちのち確認したところこれは、”スーパースライド”と呼ばれる現象らしい。


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