232話 ひとしこのみの術

 砦の屋上、――剣道の試合場を思わせる、正方形の空間にて。


「戦う前に、ひとつ約束してくれ。無事、きみを打ち負かすことができたら、”ドリームキャッチャー”を返してくれる、と」


 レッドナイトは、仮面の奥で「ふん」と笑って、


「戦う前から、勝った時の心配か。――いいだろう」


 沙羅たちがいる方向へ鍵を一つ、投げる。


「俺の自室の鍵だ。ボーイから奪ったアイテムは全て、そこの宝箱の中に入れてある」

「そうか」


 思わず「ありがとう」と言いかけて、自分の人の良さに呆れる。どう考えてもそのタイミングではない。

 この感情は、――全て、決闘にぶつけることしよう。


>> レッドナイトが あらわれた!


 いつものようにナレーションが流れて、鎧の騎士はさっと”ひのきのぼう”を抜いた。彼は、フルフェイスの兜から覗く鋭い眼光をこちらに向けて、


「ドジソンに何を吹き込まれたかは知らんが、――負けるわけにはいかん。そういうお役目だからな」


 そんな彼を見据えつつ、狂太郎はショートソードを抜く。


――レッドナイトのような、ストーリーに大きく影響を及ぼす敵を、”ボスキャラクター”という。彼は、この世界のルールにおいて重要な立場にいる人物だ。その他の”追放騎士”たちと同様に、言葉の力で追い払うのは無理だろう。


 ドジソンから聞いた、”レッドナイト攻略法”を思い出す。


――彼との戦闘で、気をつけなければならないことがいくつかある。これは、彼にかつて教えた”ウル技”の一つなんだが、……”ひとしこのみの術”というものがあるんだ。


 ”ひとしこのみの術”というのは、――要するに、


1、ひのきのぼう

2、とがったいし

3、しけたクッキー

4、こげたにく

5、のみかけのコーラ

6、みどりいろのくさ


 これらのアイテム類を所有した状態でのみ発動する、”ウル技”の一種である。

 この現象に関して、簡単に説明するならば、


――攻撃が必ず”かいしんのいちげき”と呼ばれるものになる。

――攻撃は絶対に必中。適当に振ったとしても、因果が捻れて絶対に当たる。

――この方法によって倒した敵は、絶対に死なない。


 とのこと。


「……必ず当たる攻撃か」


 加えて彼は、”カウンター技”による強力な反撃を行う。

 ある意味ではこれは、”救世主”にも劣らぬ”チート級”の能力だと言えた。


――だから勝負は、お互いの判断ミスで決まるだろう。


 焦って先制攻撃をする訳にはいかない。敵の”カウンター技”は、問答無用・一撃必殺の威力を誇る。


 だからこそ、


「………………」

「………………」

「………………」

「………………」


>> ボーイは みをまもっている!

>> レッドナイトは みをまもっている!


 両者しばし、見合った状態で動かない展開となった。

 レッドナイトは”カウンター技”を使って一撃で決めたいし、狂太郎は敵の隙を見て、安全に《閃光刃》を当てたい。当然の流れだ。

 とはいえ、


――レッドナイトには、”レベル上げ”のウル技を教えていないからね。彼のレベルは、たかだか30京かそこら。君は100京。大きな差がある。……であるからして、君はいったん……、


 真っ向勝負を挑む。

 剣で攻撃を受ける限り、――狂太郎は、ほとんどダメージを受けないはずだから。

 それが、ドジソンの主張だ。


「…………………ちっ」


 先に動いたのは、レッドナイトだった。

 彼は、狂太郎に向かって数歩だけ歩み寄った後、何もない空間に向けて、棒を天高く振り上げる。


「――ッ」


 敵がこうした際にすべき対応はわかっていた。

 狂太郎は、《すばやさⅧ》を起動して敵の懐に潜り込み、……自らその攻撃を、受け止める。

 敵の攻撃が回避不可能なら、そのダメージを最小にして受けるしかない。

 ”ひのきのぼう”とショートソードが交差し、がつんと鈍い音を立てた。


>>レッドナイトの こうげき!


>>かいしんの いちげき!

>>ボーイに 8の ダメージ!


 びり、びりと。手のひらに衝撃が伝わる。

 だが……我慢できないほどではない。作戦は一応のところ、成功していた。


――8のダメージ。案外たいしたことないな。


 そう思ったが、そもそも狂太郎は、体力の上限がいくつかは知らない。自分を鼓舞しているだけだ。


「――《閃光刃》!」


 すかさず狂太郎は、温泉で覚えた《必殺剣Ⅰ》を繰り出す。

 刃渡り60センチほどのそれが金色の光に包まれて、――レッドナイトの胸部を斬りつけた。

 当たった! そう思った次の瞬間、レッドナイトは背後に向かって、ごろりとローリングしてみせる。するとどうだろう。男の身体を、剣がするりと通り抜けていくではないか。


――ローリング回避による無敵時間を利用したのか。


 咄嗟に狂太郎がそう思うのと、不完全な体勢で”ひのきのぼう”が振られるのは、ほぼ同時だ。


 攻撃は必中。

 適当に振ったとしても、因果が捻れて絶対に当たる。


「――ッ!」


 狂太郎は咄嗟に、剣を構えた。

 同時に、狂太郎の身体と”ひのきのぼう”が、磁石のように引き寄せられて、


>> レッドナイトの こうげき!


>> かいしんの いちげき!

>> ボーイに 10の ダメージ!


 構えた剣に、強烈な衝撃が走った。思わず剣を取り落としそうになる。


「いっ……てぇ!」


 この世の理不尽に怒鳴りつけつつ、体勢を立て直し、――もう一度必殺剣Ⅰ

 今度こそ、がつんとレッドナイトの胸部に剣が当たった。


「ぐ……ッ!」


 鋼鉄の胸当てが吹き飛び、明後日の方向でがしゃんと転がる。


「……まだだ!」


 レッドナイトはそう叫び、猛然と木の棒を振った。すかさず狂太郎はそれを受け止め、今度の反撃で、彼の兜を真っ二つにたたき割る。


「が……はっ!」


 露わになったのは、男の顔だ。

 歳は、十台後半ほど。二十歳には達していないだろう。

 少し意外なほど若く、端正な顔つきに、狂太郎は一瞬だけ武器を振るう手を止める。

 その容貌に、――どこか、見覚えがある気がしたせいかもしれない。


「問答無用ッ」


 レッドナイトはそう叫び、再び棒を振るった。

 棒と鉄剣が交差し、がつ、がつという暴力的な音が、砦の屋上に鈍く響く。


「『 一、二! 一、二! 貫きて尚も貫く! ヴォーパルの砦にて舞い踊る!』……うんうん。古文書の通りだ!」

「がんばれ~。おうえんしてるぞ~」


 女二人の声援を耳にして、歯を食いしばる。


「チックショーおまえ、モテるなあ!」


 レッドナイトの軽口には、百万の言葉でもって反論してやりたい。

 もちろん今は、それどころではなかった。

 豪快にも、レッドナイトがショートソードの刃部を掴み取ったためである。


「――おい、危ないぞッ!」


 思わず、そう言ってしまう。無理もなかった。彼の指先は、革の手袋で保護されているだけだ。狂太郎が思いきり刃を引けば、もれなく指が落ちるだろう。


「――くッ」


 そこまでわかっているからこそ……狂太郎には、それができなかった。

 その時だ。にやりと笑うレッドナイトと、目が合ったのは。


「甘いな、選ばれしボーイ!」


――まずい。


 そう思った次の瞬間、交差していた”ひのきのぼう”が、つるりと滑るように離れて、――刹那、獣が飛びかかるように跳ねた。


「うっ……!」


 ぴっと顔面に痛みが走って、頬に違和感。

 反射的に距離を取り、手の甲で頬を撫でると、――べったり血が付いている。


「くそ……ッ!」


 狂太郎の心の奥底から、燃えるような殺意が湧き上がった。まとわりつく虻を叩く時のような、本能的な激情である。


――こうなったら、無理矢理にでも始末をつけるか? ……いや。


 こういう時、狂太郎はいつも、《すばやさ》を起動して、一旦思考を冷めさせることにしている。そうすることで、見つかる筋道もある。


――いまの一撃。本気で当ててこなかった。


 ”カウンター技”による逆転を狙っているのか。


 狂太郎はいったん剣を下ろし、懐から取りだした薬草を、ぺたんと頬に貼り付けた。

 以前、レッドナイトにやられた時にも使ったものだ。気休めである。


――それにしても、この男。


 出会った時からそうだったが、明らかにこちらの戦術を熟知している感じだ。

 これはいったい、どういうことだろう。

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