231話 ヴォーパル砦の戦い
狂太郎たちがヴォーパル砦に到着すると、レッドナイトの親戚みたいな格好の騎士たちが100人、ずらりと砦前に整列しているのが見えてきた。
彼らは、こちらに気づくやいなや、
「どもーっす!」
と、気さくに挨拶してくる。
「あ、はい。ども」
狂太郎はちょっぴり会釈して、
「ええといま、どういう流れ?」
「我々、選ばれしボーイのために準備をしていたところです!」
「なんだそれ。――きみらずっとここで、ずらっと並んでいたのかい」
「もちろん! 我々の義務ですからな!」
「……そうなんだ」
呆れていると、先頭の男は快活に笑って、
「そんじゃ本日は、よろしくお願いしまーす♪」
それに、総勢100名の「「「おなしゃーす!」」」が続く。
「あ、はい……。よろしく」
なんだか社会人向けのスポーツ会に参加したような感じだ。彼らの表情に敵意はなく、あくまで”神の意志”に従っているだけだということが窺える。
「――――――――ナッ! …………ガッ! …………ヲ!」
ふと、どこからか声が聞こえてるなと思っていると、石造りの砦の天辺付近、――物見台のところに、レッドナイトの姿が見えた。
「…………デッ! ――――――――ダッ! …………カラ! …………ダ!」
彼はそこから”ひのきの棒”をふりふり、何ごとか叫んでいるようだ。
恐らくは”社会人”として定められた台詞を読み上げているのだろうが、距離が離れすぎて何を言っているかはわからない。
――字幕が欲しくなるな。こうなってくると。
やがてレッドナイトが、ぽいっと球形のものを投げる。何かと思ってみると、それは生首だった。
恐らくは、ハンプティ・ダンプティの父親だろう。彼はシナリオの展開上、必ず生首を転がされることになっているらしい。
もはや狂太郎たちは、それを見てもなんの感情を抱くこともなく、――ただそれが、”不壊のオブジェクト”でできた一種のマネキンであることを確認して、
「なあ、シルバーラット。ここの連中は、その、一応、無法者設定なんだよな?」
「え? まあ、そうだけど」
「その割には、ずいぶん堂々としているように見える。――この国の治安維持組織はどうしてる。働いていないのかい」
するとシルバーラットは、肩をすくめて、
「”社会人”はみんな、先祖代々伝わるお役目を果たしているだけだからなぁ。だいたい、彼らは別に、悪事を働いている訳じゃあないんだ。”追放騎士”ってのも結局、名前だけでね。休日は普通に、王国で買い物とかしてるよ」
「……ふーん」
狂太郎が、どういう顔をすれば良いかわからないでいると、
「…………ッ! …………ッ! ――――――――ッ! トイウワケデッ」
どうやら、レッドナイトのセリフが終わったらしい。
それをきっかけに、”追放騎士”たちがそれぞれ剣を抜き、自分の足元にそっと鞘を置く。
そして、抜き身の剣を構えた100人が、ざっざっ、と、狂太郎たちに歩み寄った。
「いざ! いざいざいざ! 勝負だ! 選ばれしボーイ!」
先頭の者が叫ぶと、
>> ついほうきし1が あらわれた!
というナレーション。
どうやらこれから、百人の騎士たちを順番に相手しなくてはならないらしい。
その対策については、――すでにドジソンから教わっている。
先ほどカンストさせた、繧?≧縺励cスキルを使うのだ。
「ええと……ごほん」
敵を目の前に、しばし考え込んで。
「おまえのかーちゃん、でべそ」
試しに、そう言ってやる。
するとどうだろう。”ついほうきし1”は、
「え……」
すぐさま顔色を青くした。
「いま……なんて……?」
「お前の母親は、でべそだ」
「なんであんた……そんなこと、知って……?」
「うふふ。それは秘密さ」
「馬鹿な……」
そして”ついほうきし1”は、無力に剣を取り落とす。
狂太郎はそんな彼に対して、畳みかけるようにトドメの一言を浴びせた。
「お前の母親は肥満を原因とする、へそヘルニアだ。いますぐ医者に診てもらった方がいい」
「やめ……やめ……ヤメロォオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
そういったきり、”追放騎士1”は脱兎の如く逃げ出してしまう。
>> ついほうきし1を たおした!
レベルアップによりその効果を増幅させた狂太郎の”悪口”は、ただそれだけで戦意を喪失させるらしい。
その、あまりにもシュールな光景に、
「あのスキルにこんな効果があるなんて……!」
シルバーラットも驚きを禁じ得ないようだ。
▼
その後は、――あまりにも一方的な展開となる。
「ところできみ、松の木におじやぶつけたような顔してるよな」
「ってかこの辺なんか、馬糞みたいな臭いしない? ……って、きみだったわ」
「えっ、あ、ごめん。なんかいった? 聞いてなかったよ、声小さすぎてさ。もっとはっきりしゃべれよ」
>> ついほうきし21を たおした!
>> ついほうきし22を たおした!
>> ついほうきし23を たおした!
エトセトラ、エトセトラ。
「あ~、コミュニケーション能力のないやつと話すの疲れるわ~、あ、こっちの話な」
「きみ、友だちいないだろ。……いたとしても、きみの友だちはきみのこと友だちだとは思ってないだろうけど」
「みなさーん、ここに天才チンパンジーが逃げ込んでまーす! 動物園に連れてってー!」
>> ついほうきし56を たおした!
>> ついほうきし57を たおした!
>> ついほうきし58を たおした!
うんぬん、かんぬん。
「えっと、なんなのその剣の構え(笑) お母さんに習ったの?」
「なんできみ、話す時、無駄に声、甲高くなるの?」
「この前、きみの友だちがきみの悪口言ってるとこ見かけたんだけどさ。ねえ、いまどんな気持ち? いまどんな気持ち?」
「おいそこの、からあげにレモンかけそうな奴。つまんねーからもう、しゃべるな」
>> ついほうきし78を たおした!
>> ついほうきし79を たおした!
>> ついほうきし80を たおした!
>> ついほうきし81を たおした!
など、など。
「うんこ!」
「わるもの!」
「休みの日はラーメンばっかり食べてる!」
「ザラブ星人!」
「マッチョ! ……は、悪口じゃない場合もあるか……のうたりん!」
「あほ!」
「あだ名が子供のころからずっとゴリ!」
「あと、ええと……バー――――――――――――――――――――――――――――――カ!」
後半になるにつれ、だんだん雑になっていく自分に気づきつつ。
なんだか、敵を倒せば倒すほど、こっちの心が荒んでいく気がするのは気のせいだろうか。
そんなこんなで、
「びええええええええええええええええええええええええええええええええええええん」
>> ついほうきし100を たおした!
全ての敵を撃退し、ホッと一息。
がらんと人気のなくなったヴォーパル砦にて、狂太郎はレッドナイトを指さす。
――次はきみの番だ。
そういうメッセージを込めたつもりだったが、
「――――――――ッ! ウースッ」
彼の方はわりと、気さくに応えた。
レッドナイトには一度殺されかけているが、狂太郎はそれほど気にしていない。むしろ感謝しているくらいだった。彼がうまく仕事をしてくれたからこそ、狂太郎たちは無事、ここまで来られている。
一行はその後、砦内部にあるらせん状の階段を昇っていき、――やがて、屋上にまで辿り着いた。
そこでは、びゅうびゅうと風が吹き荒れる中で一人、レッドナイトがマントをなびかせている。
彼は、鉄靴をコツコツと鳴らしながら狂太郎に歩み寄り、
「よくぞ、再び参った! 選ばれしボーイ!」
と、彼自身に与えられた台詞を叫んだ。
「その勇気に免じて、――貴様がかねてより望んでいた一対一の決闘、受けてやろう!」
「……ぼく、別に望んだ覚え、ないけども」
それに、味方が全滅した後で”一対一”を望むって、――わりと格好悪い気がするのだが。
とはいえもはや、ツッコミを入れるだけ時間の無駄だ。狂太郎はただ、心を殺して先へ進み続ける他にない。
>> レッドナイトは けっとうを のぞんでいる!
>> もうしでを うけますか?
>> ⇒はい いいえ
こちらに選択権のない、空虚な二択。
これもいつもの通りである。
「……はい」
深く深く、嘆息をして。
「やろう。正々堂々、――勝負だ」
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