225話 意外な関係
その後一行は、必要最低限の休息を取った後、手配書の示す方角へ向かう。
「この世界に来て、西側へ向かうのは初めてかもしれんな」
これまでの道程とは打って変わって、その辺りの地面はいかにも獣道、といったところ。
移動に掛かる時間は、舗装された道路に比べて二倍ほど、だろうか。
ところどころ、折れた木の根や石塊が邪魔をして、安心して歩を進めることもできない。
「やれやれ……これなら、ケツジャンプで来ればよかった」
すでにくたくたになりつつある足腰に、鞭を入れつつ。
あの、空を飛ぶ椅子を使わなかったのには理由がある。この辺りの地形は高木地帯になっており、森の奥地にひっそりと暮らしているという”ぶつぶつドジソン”の小屋を見逃してしまう可能性があったのだ。
思えば、こんな思いをするのは『デモンズボード』の世界以来かもしれない。普段は《すばやさ》を使うため、月面を跳ねるような感覚で移動しているためだ。
「シルバーラット。手配書によると、あとどれくらいになりそうなんだ」
「……狂太郎さん。その質問、つい五分前にもされたぜ。さっきの答えに、マイナス五分してくれ」
「情報は常に、最新の状態にしておきたくてね」
などと、屁理屈をこねる子供のような会話で間を持たすこと、数時間。
「お」
「あ」
「やっとかぁ」
遠目に、一軒の木小屋を発見する。手配書の地図とも一致する外見だ。
小屋は、暇を持て余した技術者が、マッチ棒で細かく作り上げたかのような、――「ずいぶんと可愛らしい」形の家だった。
「あそこに、”ぶつぶつドジソン”がいるのか」
ぼやくように言うシルバーラットは、明らかに気が進まない様子だ。
というのも、手配書の文面から、――多分、その世界の住人の感覚でしか分からない、「小馬鹿にしたような感じ」を受け取っていたためと思われる。
もっと端的に言うならば、……”イジメ”とか”村八分”とか、そういうものの匂いだ。
村社会において、その手の追放者の存在は珍しくない。彼のその一人だろう。
「まあ、ぼくたちは別に、彼を殺しに来たわけじゃないからさ」
「それはわかってる。……いま、俺が嫌な気持ちになってるのはたぶん、あの、タムタムの街の連中とか……そういう連中を放っておいてる、この世の中そのものとか。そういう、色々なことに対して、だから」
「ふーん。そうかね」
狂太郎は、敢えてそっけなく答える。沙羅も明後日の方向を見るばかりだ。
”救世主”にできるのは、異世界人に対する啓蒙活動ではない。この世界の住人に、自分たちの人権感覚を押しつける権利はない。
もちろん、――たっぷり時間があるならば、そうしてみたい気持ちもなくはないが。
そして一行は、その場からいったん離れて、トイレ休憩に五分、準備運動に五分、ストレッチに五分ほど掛け、体調を万全に整えた後に小屋へと向かう。
「手配書によると、レベル100京といったっけ」
「ああ。ちなみにこのレベルは、人類が到達できる限界値だ」
「……速攻で勝負を決めた方が良さそうだな」
そうして、シルバーラット、狂太郎の順番で並び立つ。
その少し離れた後ろに沙羅が控えていて、《無敵》の力で二人を防御している。
試行錯誤の末、この陣形が最も強敵との対決に都合が良い、ということになったのだ。
「気をつけてね。私の《無敵》は、効果範囲を指定するものよ。……私の目では、あなたの《すばやさ》を追いかけられない」
「わかってる」
今のところの唯一の成果は、彼女とのコンビネーションに磨きがかかってきた点だろうか。
「――。ちょっと、静かに。ドジソンの他に、誰かいるようです」
先を行くシルバーラットが、そう告げた。
狂太郎が耳をそばだてると、
「――……と、いうわけで」
「――……あ、あ、あ、……わ、わかったよ。ホントにいいんだな?」
「――……その件は……」
「――……うん。悪かった。いまさらだな」
確かに、室内から声が聞こえている。
「――……それでは」
そして、こつこつという足音。
もはや、引き下がれない。狂太郎とシルバーラットは武器を構えたまま、扉の前に立ち塞がる。
扉が、がしゃがしゃと揺れた。
「んっ、おっと……ったく。なあ、ドジソン。まだ建て付けが悪いぞ、この扉。ちゃんと油をさしたのか?」
「わ、わ、悪い、ね。こんど直しておくよ」
「まったく……――今度なんて言っても……」
などという会話の後、現れたのは、――
紅い鎧を身に纏った騎士。
レッドナイトだった。
「……おや?」
こちらに、準備をする時間があったのには助けられた。
狂太郎は、相手が身構える前に《すばやさⅨ》を起動。音速となって、すでに構えていたショートソードを振るった。
「必殺、――《閃光刃》ッ!」
自分で考えた超カッコいい必殺技名と共に、金色に輝く剣がレッドナイトをばさりと袈裟懸けに斬りつける。
だが、
「――ッ! くそ」
半ば予想していたが、……せっかく覚えた奥義の技は、レッドナイトの胴体の表面をわずかに削っただけに終わった。
内心、苦い表情になる。このまま奥義を連発したとしても、エネルギー不足で倒れるのはこちらだ。やはり、いまの狂太郎のレベルでは勝ち目は薄い。
――可能な限り情報を収集して、一時撤退。それしかないな。
狂太郎は距離をとり、いったん《すばやさ》を解除する。
「うわッ……と! お、おまえたち、”選ばれしボーイ”か? こんなところで何してるッ!?」
「それはこっちの台詞だ」
シルバーラットと沙羅に下がるように指示して、狂太郎は会話を試みる。
「我々は、ドジソンさんに……会いに来た」
「なんだ。なんでだ? こんなところ、用はないはずだろ。意味が分からん」
どうも、レッドナイトの口調、以前に会った時に比べて少し砕けているように思う。
いまはゲームのイベントとは無関係のところにいるようだから、恐らくこっちの方が地なのだろう。
「だってあんた……どう間違っても、こんなところに寄るようなストーリー展開にはならないはずじゃ……。それに討伐書は、もうとっくに……、んーっ? 何がどうなってる」
男は、武器すら構えず腕を組み、思案に耽っている。
「ええとこれひょっとして、あれか? 誰かの差し金か? うーん」
「誰か? ――どういうことだ?」
噛み合わない会話に、切っ先が大地に向く。どうも、闘争の雰囲気ではない。
しかし、その後狂太郎がなんとか事情を聞き出そうとしても、レッドナイトは頑として答えなかった。
かろうじて聞き出せたのは、
「――っていうかお前、砦にいるべきキャラクターじゃないのか。持ち場を離れて良いのか」
「ボス敵が年がら年中、同じ場所に引っ込んでる訳ないだろ。たまに出かけることもある」
という情報くらい。
「…………?」
狂太郎は眉をしかめる。
いまのメタフィクショナルな発言に、違和感を覚えたのだ。
「きみ、ひょっとして……」
問いかける前に、
「ああ、くそ! お陰で予定が狂った! 俺はもう、帰るからな! あばよ!」
そして彼は、ごろんごろんと前転ローリングを繰り返しながら、もの凄い勢いで逃げ去ってしまう。
「――え?」
強者の振る舞いとしては、あまりにもふさわしくない。
狂太郎は目を丸くして、その後ろ姿を眺めていた。
「――……一体全体、どういうことだ?」
残されて一人、その場に立ちすくむ。
遅れて、少し離れた位置にいた沙羅、シルバーラットが戻ってきて、
「なんか彼、ものすっごいころころ転がって逃げちゃったけど。どうなってるの?」
「さあ。わからん」
「っていうかレッドナイトのやつ、”ぶつぶつドジソン”と関係があるのかな?」
「さあ。わからん」
「もしそうなら、二人はどういう関係なのかな? 仲良しなのかな?」
「……さあ。わからん」
もしそうだとしたら、ずいぶんあっさりと逃げ去ってしまったが。
三人は揃って、開けっぱなしで放置されている扉に視線をやる。
その奥では、――なんだか、渋い表情をした一人の白人が、ひょっこりとこちらを覗き込んでいた。
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