226話 目的のための目的のための目的の……

 森の中にぽつんと建てられた、手作りの家。


「や、や、や、やあ……」


 その室内からのっそり現れたのは、蒼い目をした、すらりと背の高い男だ。

 男はどこかびくびくしていて、こちらの機嫌を伺うようでもある。

 その顔つきはそこそこ整っているものの、――歳は……どこか、つかみどころがない。老けた若者のようにも、若々しい中年のようにも見えた。

 なるほど狂太郎の見たところ、いかにもないじめられっ子気質の様相に思える。

 彼が件の、”ぶつぶつドジソン”だろう。

 ドジソンは、その異名の元となったと思しき、喉の奥で引っかかるような口調で、


「ど、ど、どど、どうも……」


 と、会釈。

 想定よりも遙かに低姿勢な彼に、狂太郎も思わず頭を下げて、


「あ、どうもです。お疲れ様で――っすぅー……」

「う、う、うん……お疲れ様」


 妙な距離感の会話になってしまった。


「も、もしよろしければ、その、……家に入って、私とおしゃべりしないかい。お茶が入ってる。豆入りのクッキーもあるよ」

「あ、いえ。そういう訳には。実はぼくたち、あんたと勝負しにきたんだよ」

「勝負?」


 ドジソンは、つるりとした顎を撫で撫で、


「え? なんで?」


 率直な質問に、狂太郎は苦笑する。なぜ、人と人は争うのだろうか? そんな、根源的な問いかけをされた気持ちになったためだ。

 と、そこで、シルバーラットがちょいちょいと狂太郎の袖を引っ張った。

 彼女、ちょっぴりメイスを宙で振っている。


――ああ、そうだ。彼と戦うには、悪者にならなければ。


「討伐依頼が出てる。ぼくたちはあんたを、捕まえに来た」


 そして、抜刀した剣を身構える。

 ドジソンはと言うと、狂太郎のショートソードを眩しそうに眺めて、


「わ、わ、私を捕らえに?」


 どもってはいるが、こちらに脅威を感じている様子はない。


「そうだ。いまからきみを、攻撃する」


 少し焦れた口調で、狂太郎はそう宣言した。

 一度でもその気になってもらえば、あとはこちらのものだ。

 例のあの、「○○が あらわれた!」のナレーションさえ響き渡れば……。

 あとは、《すばやさ》を起動して彼を無力化し、経験値をいただく。


 この世界においての戦闘力は、――全て、「武器スキルのレベル」として表現されている。

 これはつまり、どれほど高レベルの者であっても、武器を使わねば凡人とそう変わらないことを意味していた。

 この性質を利用すれば、狂太郎は簡単に敵を倒すことができる。


 しかしドジソンは、くっくっくと笑って、


「『いまから攻撃する』なんて、ずいぶん親切な襲撃者だな」


 と、もっともな感想を言う。


「それでは、わ、わ、私は……降参、するよ。きみと同行しよう」

「え」

「た、ただしその前に、お茶を一杯、飲んでからでいいかい? 今日はたくさんおしゃべりしたから、喉が渇いてしまってね」


 なんだか、面白くない方向に話しが進んでいる。

 狂太郎は眉をしかめた。


「しかし、あんたはそれでいいのかい。街の連中は明らかにその……あんたを、酷い目に遭わせようとしてる」


 タムタムの街の酷い光景を頭に思い描く。

 あの街の連中に、自分の身柄を好きにさせるなど、冗談ではない。

 それともこれが、レベル100京の余裕ということだろうか。


「私はその、……争いごとが好きじゃないんだよ。実のところ」

「嘘だ」


 狂太郎は断じた。


「争いごとが嫌いな奴が、そんな高レベルに到達する訳がない」

「わ、わ、私のレベルが高いのは……、旧い仕事のせいでね。さ、さ、山賊を捕まえる仕事をしていたんだよ。あっちこっちで悪者を捕まえて、牢屋に閉じ込めて……彼らが良い人になれるよう、手伝いをしていた」

「ふむ」

「そんな風に過ごしてるうちにあの、タムタムの街というのが出来上がってしまって……それで、仕事を辞めてしまったが」

「……あんた、あの、タムタムの街の創始者の一人ということかい」


 気軽に言うと、


「じょ、じょ、冗談じゃない!」


 さすがにドジソンは気を悪くして、眉を怒らせた。

 ただ、彼が感情を猛らせたのはほんの一瞬のできごとで、すぐに声の調子を落として、


「ただ、『それは違う』と、はっきり否定もできない。た、た、タムタムの街の連中は、私が捕らえた山賊たちの面倒を見きれなくなって、……それで、有効活用を始めたんだ。更生よりも支配の方が、よっぽど楽だと気づいたんだな」

「――ふむ」


 良かれと思ってしたことが裏目に出るというようなことは、――”救世主”にとっては他人事ではない。

 この時点で彼がもう、殺し合いに応じてくれるようなことはないだろうと感じている。

 嘆息しつつ、その辺に放り投げていた鞘を拾い上げ、剣をそれに収めて、


「なら、仕方ないな。レベル上げは、別の人とすることにしよう」

「何? ――君の目的は、レベル上げなのかね」

「うん」

「なぜ?」

「そりゃ、まあ……」


 少し迷ったが、結局は正直に話すことにする。


「あんたの友だちの……レッドナイトを倒す必要があるんだ」

「レッドナイトを? なぜ?」

「彼を倒して、先に進むためだ。それとあと、盗られたアイテムをいくつか取り返さなくてはいけない」

「それは、なぜ?」

「北の果てに行き、ドリームウォッチャーと会うためだ」

「それは、なぜ?」

「ドリームウォッチャーに会えば、ぼくたちの目的である《無》というアイテムを手に入れることができる」

「それは、なんのために?」

「仕事に必要なんだ」


 話しながら狂太郎はいま、「目的のための目的のための目的のための目的のための目的のための……目的」を果たすべく行動していることに気づく。我ながら目が回るような想いだ。

 道草・寄り道・お使いは、ロールプレイングゲームの醍醐味ではあるが、いつもの狂太郎のやり方から考えれば、ずいぶんとのんびりしている。


「まあとにかく、ぼくたちの目的は、北だ。北に向かえば万事解決する。そのための障害を取り除くために頑張ってるんだ、ぼくたちは」

「ふーん」


 のっぽのドジソンは、興味深そうに狂太郎の顔を見下ろして、


「ちなみに、そっちの……尻尾のお嬢さんも、同じ立場かね?」


 沙羅に視線を移す。

 話しを振られると思っていなかったらしく、彼女はちょっぴり不思議そうな表情をした後、


「ん。そうだけど?」

「よし。――で、で、で。では、そっちの銀の鎧の女の子は? 君は、この世界の住人だよね」


 シルバーラットも、同じような間で、


「俺は、選ばれしボーイを導くためにいる」

「そ、そ、そ、それは、……”社会人”としての目的だろう? 君個人は、どうしてここにいるんだい」


 ドジソンは、優しい叔父さんが語りかけるような口調だ。

 問われたシルバーラットは少し迷っていたが、以前狂太郎に話した身の上話を繰り返す。


 もともとは自由人の孤児だったこと。

 ”社会人”の家に拾われて、”シルバーラット”を演じるための訓練を受けたこと。


「なるほどなるほど。――は、そういう感じになっているのか」


 ドジソンはしきりに頷いて、ごく自然な振る舞いで三人を自宅へ招き入れた。

 先ほど客を招き入れたばかりだろうか、かまどには火が入っていて、お茶が湧いている。

 ドジソンは、手際よく鍋に浮かんだ茶葉を避けて、恐らくは客人用の木のコップに人数分の紅茶を淹れた。

 狂太郎たちは、何故だか不思議とすっかり油断していて、その紅茶をそれぞれ、口に含む。美味い。


「それなら、それなら、それなら。……うん。実に都合が良い」


 ドジソンはにっこり笑って、


「私なら、君たちを手伝うことができる」

「手伝う?」

「うん。お、お、お互いの利益のためにも、――ぜったい、そうすべきだ」

「……………」


 話を聞きながら、狂太郎は渋い顔でいる。

 「目的のための目的のための目的のための目的のための目的のための目的」のための、さらなる目的を告げられそうな。

 そんな気がしていて。


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