224話 奴隷の街

 シルバーラットに言わせれば、――ジャバウォック王国が、ならず者の住処であったのは、はるか昔のこと。

 追放騎士の巣窟であるという”ヴォーパル砦”ですら、いまや”社会人”たちによって運営される、形だけの”悪の砦”にすぎないという。


 そんな王国が、未だに南の人々に”悪の王国”呼ばわりされている理由は、――主にこの、タムタムの街が原因である。


 奴隷の街、タムタム。

 実を言うと狂太郎は、「奴隷」と呼ばれるインモラルな響きの人々と接した経験が、あまりない。『デモンズボード』のギンパツくんとか、ヨシワラで働いていた女郎たちがせいぜいだろうか。


 狂太郎たち”救世主”は、異世界の革命を目的とはしていない。あくまで彼らの仕事は”救済”、――終末を退けることであるのだ。

 そのためずっと、目を逸らしていた。

 人類の邪悪さ、不平等から。


 だからこそ、


「………………はあ」

「………………ふーん」


 その街の光景には、ある種のカルチャーギャップを感じられる。

 道路は、綺麗に舗装された箇所と汚泥がむき出しになっている箇所で綺麗に区分けされているらしい。どうやら、――奴隷身分の者とそうでない者で、歩いてよい道が違うようだ。


「すごいな。……不便な上、コストがかかるだけだろ。こんなことしても」

「教育の一環ってことよ。文字通り、『立場が違う』ってことを教えるためのね」

「ふむ……」


 その、”奴隷専用”の道路を、十数人の蒼白い顔の子供たちが、よろよろと横切っている。

 子供たちの耳にはちょうど、家畜がそうされるように、品番が書かれたタグが縫い付けられていた。

 タグの縫い付けはずいぶんと雑に行われるのが普通らしく、何人かの少年の耳たぶは完全に化膿していて、ドス黒い血がぽたぽたと滴っている者もいる。


 正直、もうその光景を見ただけで、――狂太郎のような者にとっては義憤に駆られる光景だ。このような光景を看過できるような人間は人間ではない。感情移入の能力のない人間は生きているべきではない。そこまで思った。


「いかんな。正直、またきみの手を握りたくなってきたよ」

「そう? 私は、普通だけど」


 沙羅は平然と振る舞って、言う。


「そんなふうに言えるってことは、――あなたの故郷はきっと、いいとこなんだろうね。自分が奴隷じゃないと信じられるくらいなんだから」

「……む」


 一度、どこかで聞いた台詞だ。

 確かあれは、――ヨシワラで、ローシュが言っていた言葉だったか。


――結局のとこ、人間はどこも一緒さ。使う人間、使われる人間。その二種類しかない。その二種類が、色んな名前で呼ばれてる。みんながみんな、それでも自分は、他よりマシだと信じ込まされて、ね。


「言っておくけど、私の世界ヨシワラだって人身売買は行われてるんだよ?」

「だが、ここの子供たちより、マシな待遇だ。前見たとき、ニンテンドースイッチで遊んでいるところを見たぜ」

「……ゲーム機のあるなしで幸せかどうか判断されても困るけど。……ま、それはそうね。たしかに、ここよりはまし」


 と、その時だった。

 狂太郎たちの目の前で、少年が一人、ぱたりと横になる。

 まるで、少し眠りにつく。そんな調子だ。同じ顔をしている誰も、彼を助け起こす様子はない。


「おい。大丈夫かい」


 慌てて手を差し伸べる。少年はすでに死んでいた。

 素早く、商人と思しき男が駆け寄ってきて、


「おい、旅人さん。死体も有料だよ。髪も皮も肉も骨も、まだ使えるからね」


 鋭く、甲高い声を上げる。

 狂太郎は頭を振って、


「いや。――なんでもない。こっちの勘違いだった」


 などと口の中でぶつぶつ言って、その場を離れた。


――もっと北方の恵まれない大地じゃ、こいつらの身ぐるみ剥いで、肉は喰らい、皮は服に加工するのが当たり前だって話だ。


 この世界のとんがり帽子は、こんなことを言っていた。どうやら、誇張でもなかったらしい。


「それにしても……家畜でももうちょっとマシな扱いされないか?」

「無理もないよ。”異世界バグ”で生み出される人間は、原価でいうと0円ってことでしょ。この世の中を、まるごとお金で割り切れば、――彼らの命は、家畜よりよっぽど安いってことになる」

「なるほど」


 無限湧きする知的生命体ほど、有力な商材はなかろう。

 ある意味でこの街の住人は、もっとも「効率的な」生き方に特化した結果、こういう暮らしになっているのかもしれない。


「とりあえず、――酒場に向かおう。情報を得なければ」


 憂鬱な気持ちになりながら、狂太郎は仲間に、そう提案した。



・草履、縄、かつら、足拭きマットなどの人毛加工品店。

・歩くたびにちゃらちゃら音を立てる、人骨のアクセサリーを身に纏う人々。

・馬の代わりに馬車を引く、見覚えのある荒くれ者。

・屋根なしの囲い場で、ぼろ切れを身に纏う女性たち。

・時折、ふいに聞こえる、甲高い悲鳴のような音。

・糞と小便の鼻につく刺激臭と、街ゆく人々の強烈な香水の匂い。


 少し興味深かったのは、この街では人体を加工した水筒や革袋が、伝統的に作られているという点である。

 我々の世界において、人類が最初に作りだした”袋”は、動物の胃袋や膀胱を利用したものだった。自然界において、耐水性の高い容器というものは珍しい。

 この世界の住人の考える”水筒”はどうも、この街の水筒を指すようだ。実際、これまでに通り過ぎてきた街でも、この街で売られているような水筒や袋を何度も見かけてきた。


 これはすなわち、――家畜や魚を始めとする動物よりも、この街の”奴隷身分”の連中の方が価値が低い、ということで……。


――なんだかだんだん、頭が痛くなってきた。


 道中も、最悪な気持ちを加速させるものを山ほど観たが、もっとも気が滅入ったのは、辺りを行き交う奴隷たちのその、――顔つきであろうか。


――あの、何もかも諦めきったような目。人間の尊厳を、丸ごと踏みにじられてしまった者の目だ。未だに夢に見るよ。


 とは、帰還後の狂太郎の弁。


 酒場に辿り着くころには、流石の沙羅もすっかり気持ちが悪くなっていて、


「……あんまりここに長居してたら、――たぶん私、街に火を放ってしまうと思う」


 と、怖いことをいう始末だった。


「そうなる前に、ここを出よう。一刻も早く」

「……だね」


 だいたい、ここを焼いたところで、事態は解決しない。

 まずいのはどう考えても、この世界のルールそのものだ。



 タムタムの街に唯一存在するというその酒場は、蜂蜜酒とスパイスのきいた干し肉が名物らしいが、――とてもではないが、何か注文する気にはなれない。


 店内の雰囲気そのものは、随分と落ち着いていた。

 タムタムの街の住人は働き者が多いらしく、昼間は酒場の利用者が少ないらしい。


 カウンター奥では、奴隷身分の女性(確か名前は、”ハート”と言ったか)がグラスを磨いていて、狂太郎たちをどこか、胡散臭そうな顔つきで睨み付けている。


 狂太郎たちは、かつてご都合主義的に命を絶たれた彼女の顔を思い出しながら、努めて明るく声をかけた。


「ねえ、お姉さん。ちょっといいかい?」

「……何か?」


 ここに来るまでに見かけた奴隷と同じく、”ハート”の顔には、明らかに覇気がない。


「この辺で、レベルを上げ過ぎて追放された人の噂を聞いていないかい」


 四人の姫君の情報によると、タムタムの街でもっとも長生きしている”奴隷”が、目の前にいる”ハート”らしい。

 彼女に聞けば、この街における最新の情報を得られるという。


「何? なんであんた、そんなこと……」

「ちょっとしたツテで、あなたが事情通だって聞いたからさ」

「ああ、――他の奴隷から聞いたの?」


 そういう訳ではないし、あの四人をそのように表現することにも違和感があったが、――狂太郎は敢えて、頷いておく。


「ちょっと事情があってね。レベル上げがしたいんだ。もちろん、対価は支払う」

「対価、ねえ」


 ハートは、どこか嘲るように笑って、


「私ら奴隷にゃ、個人的な財産なんて認められてないんだよ。おおっぴらに受け取れる報酬なんてないんだが」

「では、後でこっそり手渡そう」


 狂太郎はこの時すでに、《すばやさ》を使って彼女のポケットに高価な宝石類を偲ばせている。最悪、身体の中に隠しておけるサイズのものだ。

 そうとも気づかぬ彼女は、渋い表情のまま、


「ふむ。……まあ、いいけど。ただし、私の情報がハズレだったり、その結果として死人がでたとしても、こちらは知らぬ存ぜぬで通すよ。それでいい?」

「ああ。迷惑を掛けるつもりはない」

「よし」


 言いながら彼女は、店の奥から数枚の手配書を取り出す。

 その内容は、以下のようなものであった。


『依頼名:”ぶつぶつドジソン”討伐

 罪状:キモい(笑)

 子供のころから、コツコツコツコツレベル上げばっかしてるキモい奴。レベルは100京とか、そんなん。きっしょ(笑)

 そんな奴が近所に住んでたらぶっちゃけ怖いので討伐依頼を出します。うける(笑)

 特徴:しゃべるときすげーどもる(笑) 話がぜんぜんおもしろくない。ってか空気読めない(爆笑)

 依頼人:タムタムの住人一同

 報奨金:――…………』


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